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手負の子供を保護したら、大きくなり過ぎました

掲載日:2025/11/06

その日は朝から父と兄と共に、我が家が経営する商会へ訪れていた。

父は、後継である兄にも妹の私にも、そしてまだ幼い弟にも等しく教育を与えている。

その日は商会の経営に関わる会議の日で、12歳のイザベルも三才上の兄のライナスと共に出席していた。

商会では様々な珍しい魔道具も扱っていて、見ているだけで面白く、イザベルはいつか自分で新しい魔道具を開発し、この商会で扱うのを夢見ていた。

この世界には魔力が溢れていて、様々な魔道具が存在する。

魔力を流すだけで付く明かりや、魔力を帯びた手で触れるだけで火を灯せる道具、魔力を流す間中、水が出続ける水差し等は平民の間でも当たり前のように流通している。


この世界で魔力が無い者はほとんどいない。動物や植物でさえ、多少の魔力を持っている。

魔力が無ければ生きていくのさえ難しいだろう。


会議が終わり、父と兄が商会長と話し込んでいたため、イザベルは先に商会を出て、何とはなしにブラブラとしていた。

商会の裏手には美しい森が広がっていて、沢山の鳥たちの囀りが聞こえる。


その時、何とはなしに、ふと気が向いてイザベルは森に足を踏み入れた。

一応、この辺りは魔獣が出ない安全な地域のため、近くにいた護衛にはついてこなくていいと合図をする。


5分ほど歩くと、大きくて立派な大木がある。

小さい時は秘密基地だなんて言って、兄と共に根元にあるウロに毛布やお菓子などを持ち込んだなと思い出す。

懐かしさに近付いた時、そこに横たわる何かに気付いた。


小さな…男の子…?

サイズの合っていないボロボロの服を纏っている。気を失っているのかグッタリとした様子で目を閉じていて、顔色は真っ青だ。

「あなた、大丈夫…?」


そっと近づいて顔に触れると、一応息をしていることが分かってホッとする。

あちこちに傷があり、どこからか逃げてきたのか、足は裸足で血だらけだ。

ジッと見つめていると、うっすらと目を開いた。

わ…。綺麗な赤い瞳…。

魔力が相当高くないとこれほど深く美しい赤い瞳にはならないはず…。

でも、不思議なことにこの子からは魔力を一切感じない。


「…だ、誰だ…!!」

目が合った瞬間、ビクリと体を揺らしてキッと睨みつけた少年に、安心させるようにニコリと笑う。

「こんにちは。私はイザベル。あなたのお名前は?沢山怪我をしているみたいだけど、どこから来たの?」


「…ここは…?」

警戒するようにイザベルを睨みつけたまま、素早く周囲を確認する様子に、この小さな子供が何か大変なことに巻き込まれていることを悟った。


「ちょっと、ごめんね。」

そういうと、イザベルは抱きしめるようにその少年を抱き上げた。

「は…?なにを……。は、離せ!!」

「じっとしなさい。足のケガが酷いの。治療するから移動するわよ。」

普段から兄の剣の訓練に共に参加しているイザベルは普通の令嬢よりも力も体力もある。五才下の弟の面倒を日ごろから見ているため、小さい子供の世話にも慣れている。

やめろ、離せと騒ぐその少年の抵抗をものともせず、イザベルはスタスタと来た道を少年を抱き上げたまま戻る。森を出たところで護衛騎士のアインがイザベルを見てギョッとした顔をした後、慌てて駆け寄ってきた。

「イザベルお嬢様、その少年は?」

「離せ!」

「フフ…拾ったの。ケガをしているみたいだから、商会へ運ぶわ。」

「では私が代りに。」

そういうと、アインは暴れる少年を担ぐようにイザベルから受け取り持ち上げた。

さすがに体も大きい大人の男性相手には抵抗することも出来ず、少年は静かになった。気付かなかったが、少年は背中にも怪我をしていたのか、イザベルの手が赤く染まっている。


少年を商会へ運びこむと、アインと同じようなギョッとした顔でこちらを見た父と兄に簡単に説明した後、薬箱を持って来て少年のケガの様子を確認する。


どれだけ必死に走ったのだろう。

小指の爪は剝がれているし、足の裏は皮がベロリと剥けていて痛々しい。

サイズの合っていない服をアインに手伝ってもらって無理やり脱がせると、背中に浅いが大きな切り傷を確認する。既に血は固まっているが、かなり出血をしたのが、脱がせた服の背中側には血がベットリと染みこんでいる。

これ…剣で切られた傷かしら…。こんな小さな子供に…酷い…。

熱をもった背中の傷に素早く消毒液をかけて薬を塗った後、止血するようにきつめに清布で押さえて固定する。相当痛いはずなのに、黙ったままイザベルを睨みつけている少年に感心する。

足にも包帯を巻き、様子を見ていた父を振り返るとイザベルはニッコリ笑った。


「お父様。この子、連れて帰ります。」

「は?」

思わず声を上げた少年と、ため息をついた父と兄に、もう一度宣言する。

「連れて帰ります!」



あれから五年。

イザベルは17歳になった。

当時は弟よりも小さく5~6歳の少年だったフェルは今も相変わらず小さいままだ。

あの後、父は拾ったなら最後まで責任を持って面倒を見なさいと、動物を飼うような感想を言った後、お前らしいと笑った。

イザベルは商会の経営で裕福になった元平民であった父が、商売を広げるため、男爵位をお金で買った新興貴族の娘だ。

父はよくあるプライドの高い貴族とは考え方が違う、独特な考え方の持ち主であり、その父にそっくりに育った三人の子供達もとても柔軟な思考をしていた。

イザベルの兄であるライナスも、

「妹が拾ったのだから、兄の俺にとっても責任がある。」

と、これまたよくわからない理屈で、フィルと名付けた少年を可愛がった。

もちろん、弟のニコルもだ。同じくらいの年齢のためか、二人はとても仲が良かった。


最初は警戒心も露にイザベル達を威嚇していたフィルも、諦めた様にバルトール男爵家に馴染んでいった。


「ねえ、フィル。貴方を見てくれた治癒士が言うには、貴方は呪いにかかっているそうよ。その手首の魔道具が、あなたの魔力を奪い、魔法を使うための回路をボロボロにしている。でも、その魔道具さえ外すことが出来たら、あなたの魔力は戻り、回路も修復出来るって。あなたはこれからどうしたい?」


イザベルがフィルの目を真っすぐに見つめて問う。

「…俺は自分の居場所を取り戻したい…。」

「わかった。じゃあ、私も協力するわ。」

当たり前のように笑ったイザベルにフィルが心底困ったような顔を見せる。


「…どうして俺を助けてくれたんだ…?」


「どうしてって…。助けるって決めたから。私、フィルの美しいそのルビーのような瞳が好きよ。それに魔道具を使って小さい子供に酷い事する奴なんて許せないもの。魔道具は人々を幸せにするためにあるべきよ。お父様が扱う魔道具はそんな素敵なものばかりだもの。」


フィルはイザベルの言葉を疑うように眉間をよせた。

「フィル。貴方には辛いことが沢山あって、これからもあるかもしれない。でも、私はこの先一生貴方の味方よ。生まれを変えることなんて出来ないし、過去も変えられない。でも、未来は自分次第で変えられる。そりゃどうしても変えられないものってあるけど、でもそんなのとても些細なものよ。父は平民だったけど今は男爵。勉強して信頼を勝ち取り、商売も上手くいってお金もたくさん稼いでる。私は魔力が少ないの。少ない魔力を増やすことは出来ないけど、私は魔道具を研究することが好き。魔力が無くても色んな事が出来る魔道具を作るわ。あなたのその呪いの腕輪を外す研究もする。もし出来たら、フィルと同じような理不尽な目に遭った人もこの先救えるしね。だから、私の夢の為に、そしてフィルの未来のために協力してくれる?」


フィルは赤く輝く瞳にイザベルを映すと、小さく頷いた。

イザベルにはそれで充分だった。


魔力が空っぽのフィルは魔力をうまく体に巡らせられないため、よく体調を崩したし、魔力を流して使う魔道具を使用することも出来ないため、生活し辛いはずだったが、様々なことを自分で出来るようになった。

フィルと出会って3年経ったときに、イザベルが開発した魔力が無くても使える魔道具の試作品を完成させ、王国魔道具研究所から誘いを受けるまでになった。

魔力が無い者はほとんどいないが、魔力を使うと疲労が伴うので、魔力の少ない人にとっては魔力を使う魔道具の使用は負担なのだ。

それが自身の魔力を使わずに使用できるイザベルが開発した魔道具は、大気の魔力を勝手に吸収する事で動かせる、まさに夢の道具だった。

フィルはイザベルの補佐として常に近くでイザベルを手伝いながら、自身も時間の許す限り勉強し、剣の腕も磨いた。魔法についてもかなり高度な知識を学び、出会いから五年。イザベルとフェルは腕輪の呪いを消失させるための魔道具を完成させた。


「フィルの腕輪の呪いはかなり強力で、フィルの成長が止まったままなのはそのせいだわ。この腕輪が外れたらきっと、フィルの体は急激に成長するはずだから、負担のないよう、様子を見ながら進める必要があるわ。」

「わかってる…。でも俺は早く成長したい。でないと、研究所のジュリアスや、商会長のドラ息子に今の俺じゃ太刀打ちできない。」


「…え?ジュリアスや商会のケイシクと、何を競っているの?」

「ベル。」

「ん?なあに?」

「…いや、いい。それより、それ、早速試したい。」


何を言っているのかしらと不思議そうに目を瞬くイザベルに、この五年の間によく見せるようになった気の抜けた穏やかな顔でフィルが笑う。


「わかったわ。でも、何かあっては困るから、研究所へ移動するわよ。」


フィルが心配だからと父や兄のライナス、弟のニコルも共に研究所へ向かう。

成長した時のために、父はどれくらい成長しているかわからないからと、ライナスのサイズとニコルのサイズの着替えも準備させる。

さすがにお兄様ほどは大きくならないでしょうと笑ったが、フィルはなぜか護衛のアインにアインと同じサイズの着替え一式をお願いした。アインは20代半ばの大人で、かなり体格がいい。

アインも困ったように笑いながら了承する。


そして…


「嘘…。フィル…なの…?」

「まさか…。」


研究所の人達や、イザベル家族に見守られながら魔道具を使用して呪いを解除し、腕輪を外したフィルは急激に大人になった。


そこには色気を纏う美しい男性がいた。

アインよりも背が高く、子供の体で鍛えても華奢だった体は均整のとれた美しい筋肉がついていて、自分の体を確かめるように手を握ったり広げたりしている。


口をあんぐり開けたままだったアインが慌てて自分のマントを彼にかけて体を隠すと、持って来ていた着替えを渡す。


彼はサッと服を着るとゆっくり振り返る。


「ベル。ありがとう、元の体に戻れた。」

フワリと笑うその笑顔は周りにいた研究所の女性たちも悲鳴を上げるほどの麗しさで、思わずイザベルも顔を赤く染めた。


「フィル…お前…幾つだ…?」


驚きで目を見開いたままのライナスが問うと、ニヤリと笑う。

「俺はもうすぐ20だ。成人を迎える前に元の体に戻れて良かった。これで奪われたものを取り返せる。」

「俺と同じ年だったのか…。それにしても俺よりデカいなんて…。」


「待って…フィルは私より年上だったの…?」

イザベルの言葉にフィルは笑って頷く。


「だ…だって…私…フィルが小さいから…体調が悪い時やよく悪夢を見て目を覚ますのを心配して…何度も一緒に…。」


思い出して真っ赤になるイザベルの前に近付くと、その場に膝をついてイザベルの手をとる。

小さかったその手は大人の男性の大きな手で、イザベルは戸惑うように傍にいる父を見上げた。

さっきまで一緒に驚いていたはずの父はニヤニヤと笑いながら親指を立てている。

ニコルはかっこいい!最高!とはしゃいでいるし、ライナス兄様は自分の方が背が低いことに落ち込んでいる。


「ベル。貴方は命の恩人だ。あの日、貴方に森で見つけてもらわなければきっと俺は死んでいた。俺は…いや、私の本当の名はフィリップ・リベル・アンダーソン。アンダーソン公爵家の三男だ。」

「アンダーソン公爵家って…膨大な魔力で王家を支える魔道貴族の筆頭じゃないか…。」

研究所の者として立ち会っていたジュリアスが呆然と呟く。


「私の家は代々魔力が一番高い者が後継となることが決まっている。一番上の兄は生まれた時から魔力が高く、自分が後継になることを確信していた。二番目の兄は魔力がそこまで高くなかったため、早いうちに騎士として身をたてると決めた。だが、三男として生まれた私はこの通り、高位魔力の証、紅玉の瞳を持って生まれた。兄は私が憎くて仕方なかったのだろう。ことあるごとに命を狙われた。そしてある日、薬で眠らされている間に魔法を使えないようこの呪いの腕輪をはめられた。魔力を失うとともに、私の体は急激に子供の体に変化し、魔力回路をやられたことで逃げることしか出来なかった。」


「そんな…ひどい…。」


震えるようにイザベルは呟く。


「でも、貴方に助けられた。あれほど怪しく、厄介事としか思えない私を、バルトール男爵家の人達は普通に受け入れ守ってくれた。教育を与え、やりたいことをやらせてくれた。無礼な態度の私を、当たり前のように受け入れ、認めてくれた。ベル…貴方は私に何がしたいか聞いて、助けになると…一生味方だと言ってくれた。それがどれほど嬉しかったか…支えになったかわかるかい…?」


イザベルの指の先に口付けると、乞うように見上げる。

その美しいルビーの様に輝く瞳は真っすぐにイザベルを見つめている。


「ベルを愛している。ずっと子供の体で貴方の傍にいるのは幸せなのに辛かった。…私は家に戻り、兄と決着をつけてくる。全てを取り戻したら、今度こそフィリップとして君に求婚をしに戻るから…待っていて欲しい。」


今の今まで、守るべき弟のように可愛がっていたフィルが、急に成長して魅力的な男の人として愛を乞われても頭が追い付かない。

グルグルする思考をあーとかうーとか意味のない言葉で落ち着かせていると、フッと子供のフィルがよく見せていた、からかいを含んだような甘い笑顔で笑った。


…あぁ、やっぱりフィルなのね。


そうだ。フィルは変わっていない。

ただ、成長して…かっこよくなったけど…かっこよくなりすぎだけど…でも中身は変わっていない。ぶっきらぼうなのに心配性で、努力家で無茶ばかりする、でもとても優しい。

私の可愛いフィル。


「わ…わかったわ。待ってる。でもちゃんと、無事で戻ってきてね。」

「もちろん。」

微笑みあったまま甘い雰囲気を出す二人に、ジュリアスが声を上げる。

「ず、ずるいぞ、フィル!こんな隠し玉持っていたなんて…。」


この声にフィルがいつもジュリアスに見せる、含んだような悪い笑顔でニヤリと笑う。

「これからは正々堂々といくから。ま、今までこんなにアドバンテージがあったのに何も進展してないんだから、俺の勝ちは決まってるけど。負ける気もないし。」

「く…、わ、わからないだろう!」


いつものように、言いあう二人に、やっぱり何も変わってないと安心するとともに、胸がドキドキしていることにも気づいていた。

ところで二人は何を競っているんだろう…。


不思議そうに二人を見つめるイザベルに、鈍感…と小さく呟いたアインを振り返る。

「何か言った…?」

「いいえ。お二人とも苦労するなと思っただけです。」

「…?」


この裏表のない気持ちの良い方達ばかりのバルトール男爵家に仕えることが出来た自分は幸運だと、幸せな光景に、アインは目を細めた。


そしてそれからしばらくして、社交界を賑わす事件が起きた。

行方不明だった名門アンダーソン公爵家のフィリップ様が見つかったと。

犯人は長男であるペトロフ様で、生まれた時から膨大な魔力を持つ弟を畏怖し、何度も暗殺を企てていたこと、そして実の弟に侍女を使って呪いの腕輪をはめて魔力を奪ったうえで殺そうとしたことが表沙汰になった。父親である現公爵は、フィリップ様が見つかる事を諦められず、正式に後継を決めるのをフィリップ様の成人の儀まで引き延ばしていたそうだ。


罪が公になったペトロフ様は、廃嫡された。罰として魔塔で一生研究のために魔力を供給することが決まり、すでに結婚していたため、妻子は公爵家から除籍され、実家に戻された。罪のない妻子には罰則を求めなかったフィリップ様の温情だった。

成人の儀の折に、フィリップ様は正式にアンダーソン公爵家の後継に決まった。


「ねえ、王都ではフィルは大人気で、あなたの妻になりたい令嬢が列をなしているって聞いたわ。」

「あ~…らしいね…。」

研究所で新たな魔道具を開発中のイザベルの背中に抱き着くようにべったりと張り付いたまま、匂いを嗅ぐように鼻を首筋に押し付けるフィリップにイザベルが体を揺らす。

「もう、フィル!じゃ、ま!!」


二の腕でグイっとフィルのお腹を攻撃するが、一向に効いている様子もなく甘えるようにくっついたままだ。

「無理…やっと会えたのに…ベルは仕事だし…。」

「やっとって…この前来た時から1週間もあいてないでしょう?」

ぐりぐりと顔を押し付けるフィルの頭を呆れたように後ろ手にポンポンと撫でる。


「だって…今までずっと一緒に生活していたのに…夜は別々だし…。」

「ちょっと!誤解を与える言い方しないで。もともと一緒に住んでいた時も夜は別々でしょ。」

「…一緒にベッドで寝た事なんていっぱいあるけど…。」

「な…!」

途端に思い出して真っ赤になるイザベルと、鬼の様な顔で目を見開くジュリアスにフィリップがニヤリと笑う。

「そ、それは…だって、フィルが体調悪くて安静ってお医者様に言われても、すぐに抜け出そうとしたり…、悪夢で夜寝れなかったりしたから…ち、小さかったし!」

「中身はベルより年上だったよ。可愛いベルの寝顔を見ても我慢した俺の鋼の理性に感謝して欲しいくらいだ。」

「な…!」


もう、知らないっ!!と拗ねた様に別室へ逃げて行ったイザベルの後姿を見ながら、フィリップは決意する。

絶対にベルを手に入れる。



…「私はイザベル。あなたの名前は…?」


あの日、全てを失い、命さえも危うい状態で逃げ込んだ森で、澄んだ瞳の可愛い少女が俺を真っすぐに見つめて笑いかけた。


サラサラの金色の髪。夏の木々のような大きな新緑の瞳。

王都で周りにいた淑女然とした令嬢と違う、くるくると動く表情と輝くような笑顔、細い身体のどこにこんな力があるのかと驚くほど、小さくなった俺の体をひょいと持ち上げた。

その温かさと甘い香りに眩暈がした。

慣れた様に傷を消毒し、迷いなく連れて帰ると宣言した。


驚いたのはその少女の言葉に誰も反対をしなかったことだ。

今迄自分の周りにいた嘘や偽りだらけの人間たちと違う、疑うのも馬鹿らしくなるほど真っすぐで気持ちの良いバルトール男爵家の人達。

一度決めたのなら最後まで面倒を見るんだよと言う男爵。

妹が決めた事は兄の責任でもあるから僕も一緒に面倒を見るというライナス。

家族が増えたと純粋に喜ぶ男爵夫人とニコル。

そして、警戒する俺に裏表のない、真っすぐで眩しいほど綺麗な笑顔で、一生味方だと言ってくれたベル。


魔力を奪われ魔力回路をボロボロにされてすぐに熱を出してしまう俺の手を握り、看病し、不安で眠れないときは温かい身体で抱きしめて眠ってくれた。

その温かさに包まれて…自分が誰かの体温を…愛情を感じて生きてこなかったと気付いた。

毎日生きるために、誰も信じず、警戒し、常に気を張って生きる日々。

夢とか希望とか…そんなことよりもただ、毎日生きるために必死だった。

バルトール男爵家の人達は呆れるくらいにお人好しだった。

魔力を奪い、反抗出来ないようにしたうえで殺そうとしてきた兄が、逃げた俺をそのままで放置するはずがない。

事情も言えず、ただただ厄介事であろうと思われる存在の子供の俺を、何も言わず、何も知らせずに守ってくれていたことを知っている。

夜中、俺が起きていることを知らないで、彼らが話していたことを聞いた。

「腕輪をした手負いの子供を探している連中がいるらしい。」

「まぁ…。では何としても隠して守りましょう、あなた。」

「では、俺は偽情報の噂を広めます。」

「いち早く情報を得られる様にしましょう。お父様、この先、フィルは絶対に一人にはしないわ。」

「もちろんだ。あの子はもう、我々の家族だ。皆で守るぞ。使用人たちには彼の事は遠い親戚の子供と伝えているが、いつ来たか、どのような状態だったかは固く口を閉ざすように徹底しろ。なに、元は平民の我らだ。遠い親戚の子供が一人増えたところで誰も不思議には思わん。」


何も話さない…生意気な赤の他人の子供に…。

文字通り…言葉を失った。

自分の目から流れるものが…苦しい時や悲しい時以外にも溢れるものだと初めて教えられた…。

バルトール男爵家の人達を大切に思うのに時間はかからなかった。


そして、本当にベルは…どんな時も傍にいてくれた。

意見を聞き、一緒に考え、共に笑い、苦しい時ほど傍にいてくれた。

愛さない方が無理だった。

日々愛おしさで溢れそうな気持ちを抑えることが、苦しいのに幸せで、こんな厄介な感情を植え付けたこの少女を絶対に一生離さないと決めた。


なにがなんでも元の体に戻って、ベルを手に入れる。


子供の体は厄介で、誰も俺を脅威に思わない。

商会長の息子のケイシクはいつも熱い目でベルを見つめている。何度も父親にベルに結婚を申し込んでくれと頼んでいたことを知っている。

魔道具研究所のジュリアスは伯爵家子息だ。

こいつが一番厄介だ。

顔もいいし、穏やかで優しい性格だから研究所でもモテるし、魔道具研究に関しては知識が抜きんでている。ベルがジュリアスを尊敬していることも知っている。

そしてジュリアスは一途だった。遊び人ならよかったが、真面目で人当たりも良く、おまけに伯爵家子息。今の俺には何もない。

「生まれを変えることなんて出来ないし、過去も変えられない。でも、未来は自分次第で変えられる。そりゃ変えられないものってあるけど、でもそんなのとても些細なものよ。」

ベルが俺に言ってくれた言葉は、希望だったし、自分に決意をさせるきっかけでもあった。

まっすぐなベルは努力を厭わない。

こうなりたいと思う未来があれば、なれるかなれないかではなく、そうなれるよういかに努力するかを考える人だ。


ベルは魔力が少ない、でも魔道具が好きだ。研究が好きだから魔力が無くても使える魔道具を作るんだと、出会ってからたった三年でそれを成し遂げた天才だ。

もともとあるものに重きを置いていないのだ。

ベルは自分の手で切り開いていく。


自分より年下の少女が、これほど眩しく見えるなんて。

俺は一緒に魔道具を研究し、呪いの解除方法をベルと共に見つけた。

全てを取り戻すんだと思っていた希望は、今ではベルを手に入れるための布石でしかなくなっている。元の体に戻り、地位を手にし、ベルの隣にいる権利を公明正大に手に入れるのだと。


俺をこんな体にした兄に正直感謝したいくらいだ。

ベルと出逢えた奇跡。

俺の人生で最も素晴らしい出来事は、ベルとの出会いだ。


成長と共にどんどん綺麗になるベルに、触れたい気持ちを抑えるのがどんどん難しくなってくる。抱きしめてキスして、一生離さない。

俺がいないとダメになってほしい。俺がそうだから。


ようやくスタートラインに立てたのだ。

ベルがまだ、俺に恋をしているわけでないことは知っている。

きっと弟のように思っていた俺が急に成長して戸惑っているのだろう。だけど、愛情がなくなるわけではない。間違いなくこの子供の体だった5年の間、ベルは俺を家族のように愛してくれていた。

それをこれからは男として愛してもらえるように努力するだけだ。


ベルが教えてくれたんだ。

未来は自分の手で掴むんだと。

努力は嫌いじゃない。ベルを得るための努力なんてなおさらだ。一生をかける価値がある。


「フィル、お前、いつまで研究所で仕事の邪魔するつもりだよ?」

ふてくされたようなジュリアスの表情に、余裕の顔を見せる。


「あ、言ってなかったっけ?俺は、来週から正式にこの魔道具研究所の所長として赴任するんだ。これからよろしく頼むよ、ジュリアス殿。」

「は…?はー!?」


後ろで叫ぶジュリアスを残して、逃げたベルを追う。

この五年、ただ側にいたんじゃない。公爵家に戻った時のための知識は身につけた。

戻った魔力は膨大で、魔法では無双出来るほどだ。陛下は魔塔の魔術師として重用したかったようだが、俺は魔道具の知識も豊富だ。正式に公爵家の後継となった俺は、まずは力を武器に陛下へ自分の望みを伝えた。


この先、自分の持つ魔力や魔法をこの国のために使うことを誓う代わりに、婚姻については口を挟まない事と魔道具研究所に在籍させることを願い出た。

もともとアンダーソン公爵家の者は魔力が膨大であるため、王家や王家に属する家が婚家に選ばれる。

既に結婚して子供を持っていた廃嫡された兄も、今は実家に戻されたが、現国王の妹が降嫁した侯爵家の令嬢と結婚していた。

そして国王には適齢期の王女殿下がいる。

18歳で未だ婚約者の決まっていない我儘な王女殿下が。


戻って家のゴタゴタが落ち着いてすぐに王城へ呼ばれ、婚約の打診をされた。

魔力を奪われる前からずっと、令嬢達からは容姿と家の爵位や魔力量から熱の籠った目で見られることが多かったし、我儘王女殿下にも会って何度か誘われたことがある。

子供のころから家の中でも気の抜けない生活をしていた俺に、裏と打算だらけの令嬢は、嫌悪の対象だった。

ベルだけだった。

打算のない素直な笑顔をむけてくれたのは。

立場を得た自分に対しても相変わらず態度は同じ。

それが嬉しくもあり、今は少し歯がゆくもある。

ベルを得るためなら、自分の容姿も地位も全てを武器にするつもりだ。


「ベル、ごめん。仕事手伝うから、怒らないで。」

見つけたベルに近付いて、子供のフィルの時の困った顔で謝ると、仕方ないわね、といった風に笑ってとんでもないくらいの大量の仕事を与えてくれた。

地味で細かい作業をしながら、となりに座るベルを見つめる。


真剣な顔で魔道具に向き合う真摯な顔が可愛い。

いつだってベルは最高に可愛い。


「なぁに?」

ふと視線に気付いたベルが顔を上げる。

「いや…好きだなって思って。早くベルが俺を男として好きになってくれないかな~って。」

ニコリと笑うと口を開けたままのベルの顔が真っ赤になる。


「ほんと…フィル、あなたわかっててそれ、やってるでしょ。」

「何を?」

「それ、自分がカッコいいってわかってて…!」

「え?ベル、俺の事カッコいいいって思ってくれてるの?」

「な…!!お、思ってるわよ!!ほんと、質が悪い!」

「思ってるんだ…。」

その言葉にジワジワと嬉しさと照れで赤くなるフィルに、ベルが眉を下げて呆れた顔で笑う。


「なんであんなに好き好き言えるのに、褒められただけで照れるのよ…。」

そういうとこが可愛いのよね…

小さく呟いた声はフィルには届かなかったが、ベルは愛情のこもった目でフィルを見つめた。


「私は爵位をお金で買った、新興男爵家の娘で元は平民よ。王家筆頭の魔道公爵の妻にはふさわしくないわ。」

「いや、それは…っ!」

「だから、返事はもう少し待ってくれる?高位貴族の令嬢達が文句言えないくらいの実績を積んで、爵位は無理でも認められるように努力するし、必要な所作とか礼儀作法とか公爵夫人に必要な知識とか身に付けるのに時間がかかるから…。」

「…え…。」

「時間はかかるかもしれないけど、待っててくれる?」

真っ直ぐにフィルを見つめる新緑の瞳に捕らわれる。


「ベル…それって…。」


あぁ、だから…こういうとこだよ。

これ以上俺をどうしたいんだ。

好きだと思う最高を毎分毎秒更新させていく…。


「ま、待つよ!!一生待つ!死んでも待つ!!」


思わず叫んだ情けない俺の真っ赤な表情に、噴き出すように、死ぬまでは待たせないようにするわと可愛らしい声を上げてベルが笑った。







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― 新着の感想 ―
何て前向きで温かくて素敵なお話なんでしょう。 努力家で常に一生懸命のベルのことだからあっという間にフィルに相応しい地位の女性になるのでしょうね。人格的には誰よりも既に素晴らしい人間ですけど、笑 読んで…
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