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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第一章

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09 建国祭の前に

「生徒会が発足したばかりですまないが、建国祭での『お披露目』の準備に取り掛かる」


 生徒会二日目、生徒会役員各自の前に資料が配られた。


 春の到来とともにマグノリア王国で開催される、建国祭。

 一月程前から準備が開始され、清貧を美徳とするマグノリア王国で国民が唯一羽目を外して良い期間だ。普段ならば咎められるような派手な色の服やアクセサリーを身に付け、大いに呑み、食べ、そして踊る。


 学園でも王族や他部門への新入生披露パーティが行われる。簡素な立食パーティであるが、会場の設営、食事の手配など全て生徒会が運営する。


 パーティの目玉は『聖女コンテスト』。

 【王国マグノリア縁起】に登場する聖女ソフィアを讃え、聖女の格好をさせて誰が一番美しいかを競うコンテストである。

 出場者は元老院各部門が選出した女子生徒一人。生徒会でも役員の中から一人コンテストに出場させるのが慣例だ。


 聖女ソフィアと言えば透けるような淡い金髪に暁の瞳、白いマグノリアの花。

 今年の生徒会でピンクがかっているとはいえ、金髪の持ち主はクリスのみであった。故にクリスを聖女に、セーレナがバックアップとして参加することとなった。

 クリスの瞳の色は菫色だが、流石に瞳の色まで同じと言うのは限定的過ぎるので不問とされている。各部門、一族の中でどうしても金髪の女子生徒がその年にいなければ、かつらで良いとしている。かなりいい加減な決まりだ。

 裏を返せば普段諍いを禁じられている元老院の年寄りによる、見栄の張り合いだ。




 聖女の衣装は白いエンパイアスタイルのシュミーズ・ドレスに、マグノリアの花のコサージュかブーケを持たせる。

 マグノリアの花は生花以外で表現した物を製作する。これが加点の要素の一つでもある。


「マグノリアはどういたしましょう? 毎年『芸術』の皆様は虹の蜘蛛の糸で、それはそれは美しいものを手に添えていらっしゃいますけれど」


 セーレナはその気になれば金に糸目をつけず、公爵家に出入りする外商に手配することも出来るだろう。しかし、クリスは折角自分が聖女に扮する機会を得たのなら、挑戦したい。


「今年もそうなるのではないでしょうか。あの、もし良ければグラスビーズで作ってみたいのですが」


「ご自身で?」


「はい。デザインをおこすのも楽しいのですが、ひとつひとつ針を刺していくその時間が何より好きなのです」


 ついビーズ愛が溢れてしまって少し恥ずかしくなって口の前で手を合わせ俯いた。

 チラリと上目遣いでセーレナを見上げると、何やらグッと口を引き結んで扇を握りしめていた。不思議に思ったが、すぐにいつも通り落ち着いた笑顔に戻った。


「少し重くなるのではなくて?」


「最近開発された極小のビーズなんです。コサージュ程度ではそれ程重くはならないと思います」


「そう、何か作品があったら拝見したいわ」


 セーレナとフリアが期待の目を寄越すので、クリスは嬉しく思って書記の席に置いた鞄から取り出した。


「実は⋯⋯、参考にと思って小物を持ってまいりました」


 木箱に収められたものを丁寧に中央のテーブルに広げる。シャラシャラと軽い音を立てて置かれたそれは、幾何学模様が織られたループタイの金具とブレスレットだった。

 役員全員がテーブルに集まり目を凝らす。


「この幾何学模様のシートはビーズ織りで、ブレスレットはビーズステッチです。ペヨーテステッチと言うのですけど」


「ああ、一列まっすぐなのが織りで、互い違いになってるのがステッチなんだね」


 気になって手に取ったアルドーが感心しながら見比べる。セーレナに手渡し、さらにフリア、イシャーンに続く。


「シートを何枚か織って立体的な花の形に縫い合わせます」


「素敵ですわ。他にどんなものが作れるかしら」


 セーレナの言葉にフリアも頷く。


「シートを二枚織って縫い合わせると小さなバッグも作れます。ただ複雑な模様を入れようとすると時間がかかりますし、ビーズの色の種類が沢山必要になります。まだ色のバリエーションが少ないので自由な図案は難しいです。それにレース糸と一緒に編み込む事もできます」


 好きなもの故にどんどん早口になっている事に気付いて少し恥ずかしくなったが、みな笑顔で話を聞いていて安心する。


「そう、色々と出来るのね。ドレスはわたくしが手配致しますので、そちらはお願いしますわね」


「はい!」




「へえぇ、そうやって華美な物を渡して気を引くんだな。さすが男を誑かす女の娘」


 エミリオは強い悪意を持った表情で、テーブルに置かれたブレスレットを目の前まで摘むように持ち上げた。


「エミリオ、いい加減にしないか」


「殿下、この前注意しましたよね。この女に気を付けろって。こんなつまらない物持って来てどうするつもりだよ?」


 言葉とともに床に投げつけた。クリスは驚愕のあまり棒立ちになり動けなかった。フリアは自分の足元に転がったそれを大事そうに拾い上げた。


「お黙りなさい、エミリオ・ガルシア! 『内務』の勝手な事情で侮辱するのは許されませんよ」


「丁度いい、話し合いの場を設けようと思っていた」


 アルドーがイシャーンに目配せすると、イシャーンは心配そうに振り返るフリアを伴って生徒会室を出て行った。

 涙が溢れそうになるのを必死に堪えるクリスを、セーレナは部屋にしつらえた二人掛けのソファに誘った。ソファテーブルを囲み一人掛けにアルドー、クリスとセーレナの対面にエミリオが着席した。


「エミリオ、私とセーレナ嬢はある程度経緯は知っている。これを二人とも読んで欲しい」


 セーレナの持ち込んだ調査書をエミリオに手渡すとアルドーはクリスに向き直った。


「アンバーブロウ嬢、君の身辺調査をした事をまず謝らせてくれ」


「いいえ、殿下の側でお使えするのですもの。当然の事です」


 エミリオは読み進めるうちに薄笑いが消えていく。読み終えると乱暴にクリスに手渡した。クリスはゆっくりと一文字一文字を食い入るように読み込んだ。


「私が今までに見聞きした通りです。⋯⋯⋯あの日の夜、突然怒声とお母様の悲鳴が聞こえて、私と弟も匿われました。怖かった。⋯⋯怖かったんです! 静かになった時にはお母様はもういませんでした」


 レポートを握りしめ、震えながらとめどなく涙を流すクリスをセーレナは優しく包んだ。


「ええ、辛かったわね。エミリオ様、何かおっしゃることはない?」


 セーレナからの冷たい瞳と声音にエミリオの肩は跳ねた。


「これは嘘だ! 父と祖父から聞いたものとは違う!」


「この調査書はミニュスクール公爵家で手配した者が作成した物です。わたくしが依頼しましたが、わたくしの主観によるものではありません」


「エミリオ・ガルシア」


 王族のよく通る威圧を込めた声を使い、アルドーが名を呼ぶ。エミリオは抗えぬ威光に姿勢を正した。


「君が家族から聞いた話を聞かせたまえ。何故マダム・キアラを離婚させ連れ戻したのかを」


 クリスはセーレナの腕の中から離れ、初めて見る王家の圧倒的存在感におののいた。出会ってからずっと甘く優しげな口調と態度しか知らなかったが、効果的に威圧を使えば自然と平伏してしまうものなのだと実感した。


「キアラ・フォンターナは私の叔父リカルド・フォンターナに言い寄り、後妻に入ったと聞きました。祖父と父に」


「だとしたら、アンバーブロウ邸から連れ去られたという事実と齟齬が生じる。リカルド氏自身は?」


「何も」


「マダム・キアラに会った事は?」


「あります。⋯⋯祖父と父に詰られているのを見ました。それを事実だと思っても仕方ないでしょう? 僕にとって二人は絶対的な存在なのですから」


「そうだね、子供というものは年長者の言葉を疑わないものだ。彼らがそう言っているのには何か意図があるのか何なのか、それが知りたい。エミリオ、真実が知りたくはないか?」


「それは命令なんですか?」


「命令もお願いも何もしないよ。ただ、生徒会活動に支障が出るような言動はやめてもらいたい。君とクリスが私に協力してくれればそれでいい。どちらも欠けて欲しくない」


「⋯⋯」


「エミリオ様、わたくし、期待しているのですよ? 王太子殿下の為にやってくださるわよね?」


 扇に隠れて入るが、アルドーより氷のような笑顔を真横から見る事になったクリスは背筋を凍らせた。しかし、クリスにはそれさえも美しく見えた。


「母との間に何かあったのでしょうが、だからといってガルシア様には関係のない事だと思っています。ですから何の悪意や恐れを抱く事はありません。ただ生徒会役員として仕事を全うするだけです」


「⋯⋯⋯わかりました。悪意を持って接するのはやめます。でも、それだけです」


「いいだろう。その言葉を信じるよ。では、これで終わりだ。明日からは本格的に『お披露目』の準備に取り掛かるからそのつもりで」


 その言葉を聞いた途端に背を向け、エミリオは出て行った。

ビーズの大きさはおよそ2ミリ程度です。

ビーズ織りは織り機を使って、ペヨーテステッチは一粒ずつ針を通して製作するので、途轍もなく肩と首が痛くなります。

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