08 調査書
「アルドー様、鵜呑みにしてはいけませんよ」
ふいにセーレナからアルドーは声をかけられた。振り返ると生徒会室の隣、資料室の扉の陰にセーレナが立っていた。
「君、知っていたの?」
「先日アルドー様がクリス様のお話をされた後に調べさせていただきました。⋯⋯珍しくアルドー様が女性を気にしてらしたので」
アルドーの顔が瞬時に赤く染まった。
本来なら教師から推薦の話が出てきた時点で調査すべきだったのだ。当然、他の生徒会役員候補者もすべて。
「結論から申し上げますと、大変素晴らしい女性です。ですが、不可解な事柄にご両親が巻き込まれています」
「ああ、やっぱり私はそういうの気にしないといけないんだよね⋯⋯」
「いつも情報収集されるのに、何故か今回は全然その気配が見当たらなかったので。⋯⋯⋯よっぽどお気に召されたんですね。うふふふふ。お会いしましたら、本当に可愛らしい方!」
アルドーは両手で顔を覆うがなかなか顔に集まる熱が冷めない。
扇を広げて視線を外しつつ肩を小刻みに揺らしているセーレナに気付き、さらに耳まで赤くしたアルドーだが冷静を装う。
「詳細を教えてくれるかい?」
「承知しました。こちらをご覧になって」
セーレナは鞄から大きな封筒を取り出しアルドーに手渡した。
中の書類を軽くあらためアルドーは眉を顰める。
「⋯⋯これは、もう少し調査する必要があるね。この後は私が手配するよ。ミニュスクール公爵家では踏み込めない所もあるだろう」
「ありがとう存じます」
セーレナは美しいカーティシーを披露して生徒会室から去って行った。
アルドーは学園に入って二年間、あまり広く生徒たちと繋がりを持とうとしなかった自分を悔いた。本ばかりでなく人と接して得られる知識の収拾をするべきだった。
自分は王族としての意識が低かったのではないか。
王太子を支えるつもりでいたが、未来の王太子妃に余計な気を遣わせて、むしろ足を引っ張っているのでは無いだろうか。
あれこれ考えるだけではどうにもならないのは分かっている。一歩踏み出さなければ何も変わらない。
あのガーデンパーティで見た、耳に光るとんぼ玉のイヤリングより輝いていた笑顔が曇るのは許せない。
一つ大きくため息をついて、ドアの外にいる護衛を伴い帰宅の途についた。
アルドーは王城の自室でセーレナから託された調査書を広げていると、ドアのノックとともに黒髪の少年が現れた。
「せめて返事を聞いてから入ってはどうだい?」
「隠すような事してたんですか?」
長い艷やかな黒髪、黒曜石の様な瞳。『教育』フルーメン伯爵令息 フラッハ・フェン。
学園の三学年で成績は三位。何でも卒なくこなす優秀な少年だ。
アルドーが図書館ごもりしていた二年間、同じく本に埋もれていた少年だ。意気投合して親交を深め、次男である身軽さから現在アルドーの侍従になる為に修行中だ。
「侍従になるなら当然待つだろう?」
「ああ、友達気分が抜けていませんでした。次から気をつけまーす。それはそうと、何ですか? それ」
次からっていつからだ。全然図々しさが直っていない。本人はニッコリ爽やかに微笑んでいるつもりだろうが、アルドーから見ればからかっているようにしか見えない。
「クリス・アンバーブロウ嬢の身辺調査だ。セーレナ嬢がミニュスクール公爵家の手のもので調査した」
「やっぱりラティオ様はしっかりしてますね」
「言うな。すでに反省しているから」
「明らかに浮かれてましたよねー。初恋ですかー?」
「頼む、至極真面目な話なんだ。茶化さないでくれ。いや、気付いてたなら言ってくれれば⋯⋯」
おどけた調子に閉口しつつ、自分の非を棚に上げるアルドーだったが、それを聞いたフラッハがわざとらしい思案顔をした。
「実は私なりに考えて侍従長に指示を仰いだんです。ですが王妃陛下から、自力で何とかするまで手を出すなとお達しがあって、私も傍観しておりました」
「うっ。また失敗したか」
『農務』出身の王妃はおっとりと庭弄りの好きな女性に見えるが、実は結構なやり手だ。成人前に嫁いですぐに、老獪な元老院の老人たち相手に立ち回らなければならなかったからだ。
子供の教育は時折アドバイスを入れるが、常に実践主義である。まず体で覚える王太子には案外合った教育方針だが、アルドーは出だしが遅れがちだ。
「まあ、侍従長には止められましたが、学生が出来る範囲で調べる事はしましたよ。アンバーブロウ家の王都の店に行ってくるとかそのくらいは。アンバーブロウ嬢がとっても良い子くらいしかわかりませんでしたが」
「⋯⋯ありがとう。それだけでも助かるよ。将来の侍従は私が足りない所を補ってくれそうで安心したよ。ともあれ、アンバーブロウ家の話だからあまり広めたくはないが、私とセーレナ嬢だけでは手に余る。君の知恵も貸してくれないか」
アルドーに促されフラッハは広げられた調査書をすくい上げた。
クリス・アンバーブロウは領地の、特に工房からの評判も良い。努力家で学業はもとより、ガラス細工について良く学んでいるようだ。
父ノア・アンバーブロウと母キアラ・マリーノの出会いから離婚へ至る経緯が記されていた。また現在キアラは王妃付きの書記官として王城に出仕中との記述もある。
アンバーブロウ家とマリーノ家で婚姻時に問題は見当たらない。二人は学園で出会い、恋に落ち結婚した。お互いの家は男爵位であり、どちらも婚約者はいなかった。
部門を越えた婚姻など特に珍しくもない。むしろ他部門で優秀な人材があれば進んで縁を結ぶ。
クローステール男爵領でのキアラの評判は悪くはない。明るく勤勉で職人たちからも歓迎されていたと書かれている。
離婚はあくまでも『内務』の事情。先代マールム公爵は最初からキアラの能力を買っていて、何かあれば離縁させて連れ戻すつもりだった。高位貴族が相手ならばそんな事はしなかっただろう。
だが、アンバーブロウ家は男爵位だ。下位貴族なら何をしてもいいと思っているのが透けて見える。
さらに先代マールム公爵は「子供を産ませてやっただけ有り難いと思え。低俗な『芸術』には勿体無いわ」と豪語しているのを周りに聞かれている。
王妃付きの書記官として内定していた子爵家の女性が病気を患い、出仕できなくなった。病死した子爵令嬢の代わりとする為に、キアラを連れ戻した。
さらにクローステール男爵家側から手出し出来ぬように、公爵家次男が婿入りしていたその子爵家に、キアラを後妻として縁付かせた。
報告書を一通り目を通せば、疑問がいくつか浮かぶ。
元々『内務』の人材として手元に置いておきたかったキアラの他部門への輿入れを見過ごし、クローステール男爵家の後継を産ませた上で戻したのは何故か。さらにキアラを戻した後に悪評を親族内に広めたのは何の意図があるのか。
王妃にキアラについて直接尋ねるべきか悩むところだ。だが、たかが生徒会役員の問題に王族が口を挟むのは如何なものかと指摘されるのではと躊躇する。
そんな悪評がついて回る人物を生徒会役員にするのは妥当なのか、と詰められる可能性もある。王族が生徒会長として存在するならば、将来の側近候補と見なされてしまうものだ。
「エミリオのアンバーブロウ嬢への当たりがおかしい。口汚く彼女の母を貶めている。兄上の為にエミリオの頭脳は必要だ。それにアンバーブロウ嬢の能力は生徒会の手元に置きたい。どちらかを捨てるのは難しい」
「⋯⋯殿下、これはもっと深く調べた方が良いのでは?」
ハンドルコールベルを鳴らし侍従を呼ぶ。
「調べたいことがある。顔の知れていない、なるべく奥まで潜れるものを」
「承知しました。しばらくお待ち下さい」
侍従は一度退出し、数分の後に「これをお使いください」と、年の頃が判別しにくい凡庸な顔の男を残していった。
アルドーは男に封筒を渡し、読み終わった頃を見計らって言った。
「ミニュスクール公爵家での調査だ。マールム公爵家の内情が知りたい。お前から見た疑問点はあるか?」
「──能力を買っていながら一度は手放し、また戻したのは何故か。誰の思惑でこの無駄な行為をしたのか」
「私も同意見だ。それと、現在マールム公爵令息にマダム・キアラは『男を誑かす女』呼ばわりされている。理由が知りたい」
「承知しました。期限はございますか?」
「出来る限り早く。すぐかかりなさい」
アルドーは男が一礼し去るのを見届けた。
フラッハは今のところ侍従見習いですが、アルドーが将来サピエンティア公爵になる時に、家令になるべく頑張っています。




