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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第七章

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61 卒業式典

 卒業式典当日、アルドーが手配した馬車でクリスは学園へと向かった。

 タウンハウスから学園へ直接馬車で乗り込むのはほとんど無く、ましてや制服ではなくこうして着飾って行くだけで非日常だ。

 馬車の中で拳を握りしめ、緊張に耐えている。


 アルドーから贈られたドレス一式は、侍女のロミとマダム・オルタンスから派遣された付き人によって整えられた。

 二人の笑顔に送られ、こうして馬車に揺られている。


 学園に到着し、招待状を提示すると控室に案内された。

 現在会場では卒業生とその家族が、卒業式典に臨んでいる。この後のパーティにのみ出席する者は控室で待機だ。


 案内人は扉の前でしばし待つようクリスに合図し、部屋の中を伺った。どうやら相部屋であるらしい。

 クリスは居住まいを正し、扉が開くのを待った。




「入るがいい」中から男性の声がした。少し聞き覚えのある声だ。

 開かれた扉の向こうには、男性がソファで寛いでいた。窓から射し込む陽を浴びて、キラキラと輝く金の髪が印象的だ。

 一瞬息をのむクリス。

 ──クレプスクルム王太子殿下。


 音を立てず歩み、できる限りの優雅さでカーテシーをする。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます。お初にお目にかかります。クローステール男爵が長女、クリス・アンバーブロウと申します」


「⋯⋯うむ。顔を上げよ」


 クリスは顔を上げ、クレプスクルムに対面した。陽に透ける金の髪、透明なアイスブルーの瞳。アルドーよりも厳つさを感じる風貌だ。


「アルドーが選んだ娘だな? 小さいな。見目は悪くないが。大きな青紫の瞳はなかなかいいな。吸い寄せられるようだ」


 クレプスクルムは立ち上がり、クリスを覗き見た。クリスは動揺したが、失礼のないようじっと我慢をする。


「女に興味のない弟が気に入った娘だ。よく尽くしてくれ」少し居丈高に聞こえるが、王族ならば仕方あるまい。


「勿体なき御言葉、肝に銘じます」




 そんなやりとりの後、案内人が式典の終了を告げた。

 控室で待つ二人のもとへ、式典を終えたアルドーとセーレナが現れた。一般生徒が婚約者と共に会場入りした後に、王族の二人が入場する事になっている。


 いつもと違い髪を緩く結い上げたセーレナは、匂い立つ様な美しさだ。クレプスクルムと並ぶ姿に、クリスは感嘆を禁じ得ない。




「うん。とても可愛い」


 セーレナに見惚れるクリスに、アルドーは開口一番そう言った。


 マグノリア王国での男性のフォーマルな装いは、少し緩めのスリーピースのダークスーツ。制服とも、『部門別発表会』に着用したコルデラ侯爵領の民族衣装とも違う装いに、クリスは目を奪われた。


「アルドー様は、スタイルがよろしいですから、何でもお似合いになりますね。そういえば、初代国王陛下は大変な美丈夫だったそうですね」


「肖像画を見た事があるけれど、私より父や兄の方が似ていると思うな。瞳の色は⋯⋯、君の方が近いね。暁色、と言われていたそうだよ」


 クリスの菫色は暁よりも宵に近く、アルドーの紺色はそれよりさらに濃く夜闇のようだ。

 アルドーもクレプスクルムも、やけに瞳の色にこだわっている気がした。


「聖女ソフィア様と同じなのですね。きっと並んだお姿はとても目映かったのではないでしょうか」


「聖女ソフィアは未来を見通す力があったというが、今の我が国の姿も見えていたのだろうか。書物を紐解いても、胡乱な存在なのだよ。実はね、初代国王に比べて記述が少ないんだ。それに第二代国王は、側室のエピ公爵の娘の子だ。聖女ソフィアに子供はいない。何だか謎めいた存在でね⋯⋯」


「そうなんですか。⋯⋯美しい神話のような存在が欲しかったのかも知れませんね。移住して希望が持てるような」


 アルドーは不意にクリスの右手を掬い上げ、くちびるを寄せる。


「私にとっての希望の持てる存在は君、だけれどね」




 アルドーに手を引かれ式典会場に入る。

 一斉に視線が集まったが、直ぐに王太子とセーレナの来場を告げる声が上がった。アルドーとクリスは会場の前方の端に移動し、二人を待つ。

 クレプスクルムとセーレナはゆったりと中央を歩み、階の前まで来ると振り返り並んだ。クレプスクルムは手を振った。


「待っている間に兄から何か言われた?」アルドーが心配げにクリスの手を取る。

「⋯⋯いいえ」瞳の色の事はきっと気のせいだ、とクリスは飲み込んだ。


 その後、国王が祝辞を贈り、大人たちが杯を掲げ祝いあった。

 三々五々歓談し、アルドーのもとには婚約者候補の決定の祝いの言葉が寄せられた。噂のおかげもあって不穏な空気になる事もなく、全てが順調に進んだ。

 閉会を迎える頃にはすっかり消耗しきっていたが、クリスは一切それを見せることなく無事に勤め上げた。




 閉会後、アルドーに導かれてテラスへ出た。冬の初めの冷たい空気が上気した頬を刺す。

 仰ぎ見ると澄んだ空気に星が瞬いている。


「ねえ、クリス。知っている? 我々マグノリア王国の全ては、あの星空の向こうからやって来たのだよ。建国縁起の『黒き海』はあの星空、古代機械はその当時の技術なんだ」


「そうなのですか? 知りませんでした」


「何故こんなにも忘れてしまっているのだろうね。そんな技術力があったのに、今では馬車でしか移動出来ないなんて不思議でならない」


 アルドーは停車場の混雑が解消されるまで待つらしい。何処からともなくチェルニーが進み出て二人に厚手のマントを羽織らせ、再び闇に消えた。


「お疲れ様。素晴らしい淑女ぶりだったよ。実は母上から、少しずつ慣れさせろと言われていてね。いや、私もなんだが。あまり社交が得意でなくて⋯⋯」


「そんな風には見えないのですけれど⋯⋯?」女性のドレスコードは知らないようだが、場に溶け込んでいた。


「だとしたら、上手く誤魔化せているって事だね。⋯⋯それにしても、とうとう学園を卒業してしまった。春になり成年式を迎えれば、王族の公務に参加しなければならない。苦手などと言ってもいられなくなってしまう」


 ふう、とアルドーは溜息をつく。


「君とも毎日会えなくなる。とても悲しい。⋯⋯けれど、君の努力に見合うだけ、私も努力せねばね。セーレナのブレスレット、君が作ったのだろう? 光を纏ってゆれる姿が美しかったよ」


「お気づきでしたか? 嬉しいです。でも、まだ未熟なようです」眉を寄せるクリス。

「お互いまだまだのようだね」クリスの頭に手を乗せ、撫でる。

 そのまま抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。


「手紙を待っているよ。君の美しい字が大好きなんだ。きっと見ているだけで幸せになれそうな気がする」


 クリスはゆっくり体を離し、アルドーを見上げる。


「アルドー様も書いてくださいますか? きっと貴方を近くに感じられて幸せになるでしょう」


「もちろん。約束するよ」




 マグノリア王国第二王子、アルドー・ルカ・マグノリアは学園を卒業し、成年王族への道を歩みだした。

 卒業式典のパーティでエスコートされたクローステール男爵令嬢、クリス・アンバーブロウは暗黙の了解で婚約者と認識される事となった。

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