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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第七章

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59 美しきひと

 クリスには幼い頃からの夢がある。


『王妃様を輝かせたい』


 初めは王城で働く母に会う為だった。

 それが未来の王妃、ミニュスクール公爵令嬢セーレナ・ラティオに出会い、その凛とした姿に憧れ、さらに美しく輝かせたいと思った。

 そして今は、第二王子の横に立つに相応しい女性になる為に、己の実績としてセーレナを輝かせる事に全力で取り組まねばならない。


 だが、それはどちらかと言うと自分の中心ではなく、それだけが心のすべてを占めるものではない。アルドーと共に生きていきたいのは真実だ。彼から受ける愛情と同じものを返したいと思う。


 セーレナを輝かせる事と、アルドーへの想いは同じ高さ、同じ大きさでクリスの中に存在する。


 母は、もうすぐ自分たち家族のもとに帰って来る。

 ひとつ目のそれは、クリスの意図しない大きな流れの中で達成されてしまった。

 だから強く想う。




「わたくしは、セーレナ様を輝かせたい」


 改めて声に、音に、気持ちを風に乗せる。


 艷やかな栗色の髪に。

 髪の一筋一筋が流れる白いうなじに。

 青から緑へ移りゆく瞳に。

 長く流麗な線を描き伸びる指に。


「わたくしは、未来の王妃様、セーレナ様を輝かせたい」




 学年末の試験に不備は無い。

 だが、不安は無くもない。

 入学時の成績は三位だった。教師の推薦があったから生徒会役員になれた。

 一位は『司法』リーブラ公爵令息フィン・リヒター。二位は『医療』バストン侯爵令嬢フリア・ロペス。

 フィンは生徒会に入る事を辞退した。二学年も辞退するとは限らない。

 フリアはエミリオが生徒会長か副会長を目指すならば、自分も目指すに違いない。


 どちらにも勝たなくては、堂々と生徒会役員になれないのだ。

 アルドーの隣に並ぶには生徒会役員で居続けなければならないと、セーレナに厳命されている。

 ──負けられない。


 一学年目は言語や歴史、地理、数学などの基礎学習の試験が行われる。

 淑女教育の傍ら、セーレナに覚えるべき箇所は教えられている。上位貴族の立場で覚えるべき事と、学生として覚えるべき事は必ずしも一致しない。


 だが、セーレナは学生の部分から派生した事柄を、飲み込みやすいよう噛み砕いてクリスに教えた。

 地理ひとつで、幾重にも広がる情報。セーレナはクリスを飽きさせずに、緩急つけて語った。


 そしてセーレナは『財務』の主家の令嬢だ。数字にも強かった。

 クリスはどちらかと言えば、感覚で物事を考えるたちだ。少し数字に弱い部分がある。それをセーレナは一つ一つ、解りやすく目の付け所を教えた。数式を丸暗記するのではなく、関連性を説明した。


 セーレナは努力の結晶で出来ていた。

 それを惜しみなくクリスに手渡した。


 この恩をどうやって返せば良いのだろう。

 セーレナをどうして輝かせずにいられるだろう。


 クリスは強く誓った。

 ──必ず、と。




 学年末試験は二日に渡って行われた。

 その間生徒会活動は休みだが、何故か全員揃っている。

 誰が合図した訳でもないが、鍵を開けて待つアルドーのもとに集う。


 クリスにはもう護衛は必要ないのだが、ペールは今でもクリスの腕に絡まる事がしばしばある。兄のフラッハはアルドーの脚がすっかり治ったというのに、ずっと側にいる。

 兄妹揃って一度護ると決めたら、ずっと離れがたくなってしまう性分のようだ。


 それぞれが初日の成果を語り合い、時間が許す限り二日目の見直しをした。

 学びあうその空間はとても穏やかで、温かな空間だった。

 クリスはもうじきこの空間に終わりが来るかと思うと、寂寥感に苛まれた。


 ふと目をやるとアルドーと目が合い、同じように考えていたのか少し淋しげな笑顔を見せた。

 アルドーは立ち上がり、クリスのもとへ歩を進める。


「何か解らない事はある?」流れるように、クリスの空いた左手に触れる。


「いいえ、セーレナ様がとても丁寧に指導して下さったので」


 アルドーの手に目をやり、顔を上げるとアルドーの後ろにセーレナが音もなく佇んでいた。


「そう、彼女は教え上手だよね。本当は私などより、余程生徒会長に向いているのにね」


「自分を卑下するのはおよしになって。はい、アルドー様。勉強の邪魔をしてはいけませんわ。私たちは卒業するだけですけれど、クリス様はまだあと二年もあるんですのよ」


 セーレナはアルドーを連れて席に戻り、卒業式典について話し始めた。

 素敵な女性だ。と、そう改めて思う。

 気後れせず強い意志を持つのに、可愛いものに目が無い。

『リスエルン祈念』の小さなランタンを贈った時に見せた、嬉しそうに目を細めた様が忘れられない。

 クリスは誓いも新たにペンを走らせた。




 二日の日程を終え、休日を挟んだ三日の試験休みの(のち)に、結果が貼り出された。

 三学年の上位は、首席アルドー、二位セーレナ、三位フラッハといつも通りの並び。

 二学年は首席セーレナの弟ロレンツォ・ラティオ、僅差で二位エミリオ・ガルシア、三位エピ公爵令息レオン・バーレイだ。


「くそう、二位か」エミリオは悔しそうに呟く。フリアが隣に並び、エミリオの手を握る。

「フリアは?」エミリオは一学年の掲示に目を向けた。


 一学年は同点一位でクリス・アンバーブロウ、リーブラ公爵令息フィン・リヒター、三位フリア・ロペス。


「負けてしまいました」首を傾げ、エミリオを見る。「でも、クリス様、とても頑張ってらしたもの」




 二人に遅れてやって来たクリスとアルドーは周りの歓喜に満ちた視線の中、結果を見る。


「クリス、おめでとう。よく頑張ったね」


 愛おしげにクリスの手を取り、顔を覗き込む姿に周囲がさざめき合う。

 アルドーの視線も周りの声もクリスには届かず、クリスはただひたすらに自分の名前を見続けた。


「まずは、ひとつ」


 クリスの口からこぼれる。


「──わたくしは、近づきました。セーレナ様」


 目の隅にセーレナの姿を認めた。

 クリスはアルドーの手を離れ、駆け寄った。


「わたくしは、貴女をきっと輝かせてみせます!」


 クリスはセーレナの手をいただき、膝を折り誓った。

 セーレナは慈愛に満ちた笑顔でそれを受け入れる。


「ああ、振られてしまったな⋯⋯」 


 アルドーは肩を竦めて笑った。

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