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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
幕間

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〈幕間10〉 融解

 ラマート子爵パウル・フォンターナにはこれといった処分は無かった。

 どちらかと言えば被害者だからだ。

 娘は意に添わぬ結婚を強要され、孫は脅されて未遂だが暴力事件を起こした。




 荒涼とした墓地に束の間の暖かい陽射しが降りそそぐ。

 娘の墓に、義理の息子夫婦と孫で祈りを捧げる。ジュゼッペ・ガルシアの脅威が去った事を報告する為だ。

 一番沈痛な面持ちでいるのは、義理の息子のリカルドだ。

 彼はジュゼッペの実の息子だが、公爵家の息子として虐待同然に育てられた。パウルの娘アンナとはジュゼッペの命令で結婚した。

 アンナは何か思うところがあったのか、リカルドに親身に寄り添い、ダニエレという子をもうける事ができた。

 リカルドは子が出来たことに安堵して、その後は病の中に閉じこもってしまった。そんな自分が赦せないのだろう、長い間祈り続けている。




 孫のダニエレはそんなリカルドの後ろ姿をずっと見ていた。

 今更なんなのだ。と、思っているに違いない。仕方が無い。ダニエレは合わない薬で高揚したリカルドの姿ばかり見ていたのだから。


 その二人の後ろ姿を、パウルとキアラが並んで見つめている。


「しばらく振りだが、顔色が良くなったな」パウルはキアラを見る事なく言う。

「はい、おかげさまで。王妃陛下には随分良くして頂きました。すみません、私だけ⋯⋯」キアラはパウルを見上げた。


「何を言う。そもそも誘拐されて来たんだ。悪く思う事などない」


「ありがとう存じます。リカルド様はだいぶ見違えましたね」


 パウルは王城から大神殿に移送された後に何があったか話した。

 以前は症状に合わない薬を飲んでいた事、パウルが親代わりとなり心を通わせた事など。


「お義父さん、あとは私から話します」リカルドが立ち上がり、振り返った。

 リカルドはパウル、ダニエレ、最後にキアラの順に顔を向けた。


「父も捕らえられ、貴方がたは解放されました。本当に申し訳ございませんでした。私も薬が合わなかったとはいえ、酷い態度を取り続けたことを謝罪します。⋯⋯キアラ、貴女を巻き込んですまないと思っています。私の意志の弱さのせいです」リカルドはキアラに深く頭を下げた。


「結婚を解消しましょう。貴女は自由です」


 涙がキアラの頬を伝った。

 何も言えず立ち竦んでいるようだ。


 パウルはキアラの肩に手を置き「アンバーブロウ家へお帰り。今までありがとう。幼かったダニエレの世話をしてくれて感謝しているよ」優しく労る。


「キアラさん、俺からも。母が亡くなって寂しかった俺に、優しくしてくれてありがとうございました。アンバーブロウ嬢は貴女に会いたがっていた。きっと喜ぶと思う」




 キアラは先にアンナの墓前を去った。リカルドの署名の入った書類を手にして。

 ダニエレは未だ憮然とした表情で「寮に帰る」と、軍の訓練校へ帰って行った。


「私らも帰るか」パウルはそう言ってリカルドを促した。

「本当に良いんですか?」リカルドは不安げに訊く。


「お前さんは私の息子だ。何を遠慮する?」


「⋯⋯でも」


「ここで放り投げても寝覚めが悪い。ダニエレは子爵家を継ぐ意思が無い、と私に言った。新しいマールム公爵からお前さんの甥を、と話があったが本人が断ったそうだ。で、お前さんはどうだ?」苦笑しながらパウルは言う。


「私に出来ると思いますか? 領地の経営や文官の仕事は学園で習いましたが、もう遠い昔ですよ。頭を使っていなかった時間が長すぎて、使い物になりませんよ」


「嫁をもらうか?」


 心を通わせてみると気は弱いが根はしっかりしているようなので、パウルはリカルドを気に入っていた。マールム公爵家の血を受け継いでいるのがわかる。

 いずれ誰もラマート子爵家を継がずに、マールム公爵に返すというのならリカルドでも良いのではないだろうか。そんな思いがパウルにはある。


「何言ってるんですか。あの人(・・・)の実の息子で、何の役にも立たない私と結婚してくれる女性などいるわけ無いでしょう。何とか自立できるように努力しますよ」


「残念だな。まあ、私もまだやっていけそうだし気長にいくか。まずは大神殿に行く前に、家令以外の使用人を辞めさせてしまったからな。料理人を雇い入れんとならん」


「ああ、私たち、料理だけは上達しませんでしたね」


 神殿長は神殿長だけの食事方法があるとかで、三人が顔を合わせて食事する事はなかった。提供された部屋に厨房はなく、神殿長が毎回食事を運んでくれたが、見たことも無いえも言われぬ流動食のようなものばかりだった。


「美味い骨付きの肉の煮込みと香味の効いたバゲットが食べたいな」ぼそり、とパウルが呟く。

「僕はもう長い間、スープしか食べてなかった気がしますよ。肉かぁ。胃がもつかな」リカルドは肩を竦める。


「途中、屋台で何か買っていくか」


 手招きするパウルにリカルドが笑う。

 少年のような笑顔にパウルは口元が緩んだ。


 妻と娘は先に逝き、孫も家を出てしまった。

 手元に残ったのは何故か血の繋がらない息子だが、まあ、いい。不思議と自分を大事に思ってくれそうな気がする。

 時間が経てば孫とも和解できるかもしれない。その日まで見守り続けよう。 




 キアラは手にした書類をゆっくりと開いた。

 離婚の誓約書だ。


 宣誓文、リカルドのサイン、証人パウルのサイン。

 そして自分が記入すべき、空欄。


 訪れた貴族専用の役所でペンを借りる。一文字一文字丁寧に書き込んだ。

 綴る毎に、重ねた月日を思い出す。

 じわり、と涙が浮かんだ。


 息をのみ込み、窓口へ向かう。

「承ります」

 書類の名を見て職員は顔を上げた。


「宜しゅうございましたね」


 職員は『内務』の人間だ。何らかの情報を持っているのだろう。気遣うような笑顔を向けてきた。

 キアラは苦笑してその場を離れた。




 翌日、クリスが学園にいる間にクローステール男爵のタウンハウスへ赴いた。

 すでに先触れをしていたので、待ちきれずにいたノアが玄関で迎え入れた。

 二人ともおずおずと手を伸ばし、指先が触れた瞬間に強く抱擁を交わした。




「籍は戻さない?」


「クリスとエリオットが結婚するまでは、その方がいいと思うの。両陛下は私に罪は無いとおっしゃるけれど、銃を持ち込んだのは事実だわ」


 ノアはすぐにでも復縁を願った。だが、キアラは子供たちの結婚に支障が出るのでは、と危惧している。


「クリスは順調にいけば、アルドー第二王子と縁付くでしょう? エリオットも『芸術』内で探すとなると、諍いを持ち込んだ私がいるのは心象も良くないのでは⋯⋯?」


「今回の事は『芸術』内では周知の事実だ。君がどうして連れ去られたのかも、みな知っている。他部門に君の事は公表されていない筈だ。気に病む事など何もない」


 ノアが必死に説得するが、キアラはどうにも納得出来ない。眉間に皺を寄せたままでいると、ノアがキアラの首元に手を伸ばした。


「これ、糸を通し直したの?」グラスホルダーに指を絡めた。

「ええ、貴方から貰ったものだから⋯⋯」


「この前これを目にしてとても嬉しかったよ。クリスは少し前から、とんぼ玉を自分で作り始めてね。君にプレゼントする気でいるよ。楽しみに待っていて。⋯⋯君があの子達の事を気にするなら、それでいい」


 グラスホルダーを伝って、ノアの手のひらがキアラの頬を包む。キアラはその手に顔を寄せる。


「私と同じ場所に居てくれるなら、今までよりずっといい」


 キアラの涙がひとしずく、ノアの指に流れた。 

母娘してよく泣く。

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