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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
幕間

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〈幕間8〉 エミリオとフリア

 北の山間部から王都に吹きすさぶ風は徐々に冷たさを増し、木の葉をもて遊ぶ。

 人々は薄手のコートでは肌寒く、毛を織った厚手の外套を羽織るようになった。あと二月もすれば貴族たちは領地へと帰り、王都の人通りは少なくなるだろう。




 ヴィート・ガルシアはマールム公爵家のタウンハウスへ馬車を走らせていた。

 彼はジュゼッペ・ガルシアの弟であり、じきに甥にかわりマールム公爵となる。すでに老境に入った身であるにも関わらず、公爵位を継がねばならない事がいささか苦痛でもある。

 しかし、兄が王家に対して企てた謀反の数々の処理を思えば、自分の息子にさせる方が余程気分が悪い。ただでさえその息子に宰相の座が回って来て、多忙を極めているのだから。


 甥のレオナルドはジュゼッペを止められなかった咎で宰相から降ろされ、しかも準男爵にまで落とされる事が決定した。

 虐待され育ったレオナルドなどより、弟の自分の方が罪が重いのではないかとも思うが、国王と元老院の決定とあっては異論など唱えられるはずもない。




「叔父上、ご足労ありがとうございます」


 マールム公爵邸応接室へ通されたヴィートは、憔悴したレオナルドの応対を受ける。

 レオナルドとその弟リカルドは、子供の頃からジュゼッペに度を越して厳しく躾けられていた。ヴィートはそれを知っていながら、見て見ぬ振りをしていた。

 その結果がこれだ。後味の悪さは計り知れない。


「顔色が悪いな。大丈夫か?」


 いつ見ても二人の甥は顔色が悪かった。特にリカルドは枕が上がらない状態が多かった。今もレオナルドは「引き継ぎ作業に追われて、休む暇がない」と言っている。

『内務』の下位貴族がここぞとばかりにレオナルドを攻撃しているのだろう。さほどジュゼッペの被害を受けてもいないというのに。


「ここと領主館の引越しは春までに済ませてくれれば構わない。急な事でこちらも簡単にいかないからな」


「助かります」レオナルドは眉を下げる。


「ところで、エミリオの事なんだが。今いるかね?」




 騒動の後レオナルドの処分が決まり、エミリオは学園を休学している。自分の立場が宙に浮いた状態なのと、周りに混乱を起こさない為だ。

 エミリオは少し達観したような表情で部屋に現れた。そつなくヴィートに挨拶し、勧められるまま席についた。


「実はラマート子爵の孫のダニエレが継承権を放棄すると言っていてな。⋯⋯兵士になるから、と。リカルドも放棄するそうだ。同居はするそうだが。そこで、エミリオに子爵家に養子に入ってもらうのはどうかと」


「⋯⋯え?」レオナルドもエミリオも、話が飲み込めないようだ。


「『医療』のバストン侯爵から婚約の打診があるのだろう? 準男爵のいわく付きの婿より、子爵家の方が外聞が良かろう」


「そういう事ですか。しかし、エミリオも子爵家を出る事になりますが」


「いずれマールム公爵預かりにすればいい。ラマート子爵も承諾した」


 ラマート子爵パウルは既に老体だ。妻と娘にも先立たれている。孫が継承権を放棄すると言うなら、いずれにせよ消滅の未来しかない。

 それならば、ジュゼッペの件で全く関与していないエミリオの婿入りの為に、体裁を整えても良いのではないかとヴィートは思う。


「⋯⋯それに、今回の『部門別発表会』だが、フォルフェクス男爵の息子ブルーノの扇動で、生徒たちは一切作業をしなかったと言うじゃないか。馬鹿どもが。その馬鹿どもは、私がエミリオを養子にするのは反対だとぬかす。ジュゼッペの孫だから、と。だが、私はせめて学費だけでも持ちたい」


 しかも、王家に寝返って情報を漏らしたフォルフェクス男爵ヌンツィオを、英雄と持ち上げている。




「ありがたいお話ですが⋯⋯。確かに子爵の養子になるのは婚約者として申し分ないと思いますが、バストン侯爵令嬢はダニエレに危害を加えられたのですよ。フォンターナと姓を変えれば『医療』で心象が悪いのでは⋯⋯」


「ああ⋯⋯、確かにそうかも知れんな」ヴィートとレオナルドと顔を合わせ、眉をしかめた。


「あの、発言しても?」エミリオがヴィートを見る。「僕はこのまま準男爵の息子で構いません。⋯⋯学費を都合していただけるのは、とてもありがたいです。通学も寮に入れてもらえると助かります」


「いや、しかし」ヴィートは腕を組み渋面を作る。


「準男爵のまま、『内務』の文官の科目で上位に入ります。全体の成績も。三学年で全て修了して、その後、『医療』の上位学校へ行くつもりです。⋯⋯生徒会役員も目指します。そうフリア嬢と決めました」


 強い眼差しを受けて、ヴィートは少したじろぐ。

 今年度は第二王子アルドーと、王太子の婚約者セーレナが生徒会役員になっている。

 その為、二学年で首席はセーレナの弟ロレンツォ、二位はエピ公爵の次男でアルドーの従弟レオン・バーレイが役員に選出されなかった。『平等であれ』の縛りで同じ血筋で固めない、という理由だ。


「だが、お前は今の順位では入れなかろう?」


「そうですね。だから、彼らを抜いて僕は自分の有用性を知らしめます。自分の為であり、何よりフリア嬢の相手として不足のない事を体現しなければなりません。マイナスからのスタートです。が、僕は彼女の期待に応えたい。⋯⋯『国家の損失』って言うんですよ、フリアは」


 ははは、と頭を掻きながらエミリオは笑った。


「ふ、ははは。面白いお嬢さんだ。わかった。学費は出す。そのくらいしか出来なくてすまん。『内務』の、マールム公爵の、そしてガルシアの落ちた信用を取り戻してくれ。お前は第二王子、王太子の婚約者、『医療』と『商務』の嫡子、迷惑をかけたにも関わらず『芸術』の令嬢の協力も得た。これはエミリオの人望が厚い証だ。我々にはない強みだ」


「いいのか? エミリオ。バストン侯爵はすぐにでも『医療』の子爵家の養子に、という話を持ってきているが」


「はい。僕は生徒会のみんなから色々な事を教えられました。それを生かしていきたい。下から這い上がってこそです。⋯⋯それに、あいつ等に味わわせてやりたいんですよ。僕という損失がどんなものか。『部門別発表会』の内容は、なかなか良くできたと自負してます。ざまあみろだ」


 ヴィートとレオナルドは目を丸くする。ジュゼッペの血が、間違いなく孫に受け継がれている事に戸惑う。

 吉と出るか、凶と出るか。


「このくらい強気でいないと駄目そうなんです。春からずっと、自分の駄目さ加減を知らされっぱなしでしたから。⋯⋯大丈夫、僕はフリア嬢に頭が上がらないですし」


「そんなに気の強い娘なのか?」ヴィートはフリアを知らない。


「いいえ、むしろおとなしいですよ。ただ、思い込んだら突っ走るきらいがあって」


 柔らかく微笑むエミリオを見て、ヴィートは相当絆されていると感じた。このままフリアに手綱を引いてもらうのが一番だと内心思う。


「わかった。当面その様にしよう。だが、あまり自分を追い込むなよ。無理をしていい事はない。寮に入るというが、レオナルド、お前には引き継ぎが終わった後、どこか勤務地の希望はあるか?」


「国王陛下から国と『医療』、『科学』の間で、国営の医療施設の建設に関する調整役を賜りました。これから先は王都に住むことになります」


「そうか、ならいい。エミリオ、寮に入っても定期的にレオナルドに会いなさい。お互い無理をせず、労り合いなさい」




 話し合いの後、ヴィートはエミリオと学園に赴き入寮の手続きをした。

 学年末まで残りふた月もないが、父が準男爵となり馬車移動が出来ない身になるエミリオの為には必要な事だ。


 学園長へ挨拶を済ませ、扉を開くと来園を聞きつけたフリアがそこにいた。エミリオの両手を包む。


「フリア、授業は?」


「もう放課後ですよ。復学されるんですね? 私、待ってます!」


 ヴィートは「これなら安心」そう呟き、眩しそうに目を細めた。

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