〈幕間7〉 一大決心
フリア・ロペスの中でちょっとした変化があった。
本人の意識には上らなかったので、その時が訪れた瞬間、とんでもない衝撃が起きた。
「お父様! 私、結婚したい方がおります!」
そう叫んだ瞬間がそれだった。
『部門別発表会』の準備に明け暮れる毎日。
生徒会役員であるが、同時に『医療』バストン侯爵令嬢である為に、フリアは多忙であった。
本来『部門別発表会』は二学年の生徒が中心になって成果物を取り纏める。だが、『医療
』の二学年の生徒たちは、主家の嫡女であるからと一学年のフリアに頼りきりだ。
生徒会の庶務の仕事はイベントがあれば、その都度借り出されることが多い。全くもって手が回らなかった。
ただでさえそんな状況だというのに、二学年の庶務担当は『内務』のマールム公爵嫡子、エミリオ・ガルシアだった。
彼の祖父、ジュゼッペ・ガルシアが王家に謀叛の意思を持ち、『内務』内でかなりの迷惑をかけていた。故に孫のエミリオに対して非協力的だった。
エミリオは『部門別発表会』で、『内務』が発表する成果物の展示物を一人でやっているという。そんな具合ではとても生徒会の仕事をする余裕などなかった。
生徒会役員たちは一人で奮闘するエミリオの為に、何かと手伝いをする様になった。
初めは恐縮しきりのエミリオだったが、どうにも回らない事態に有り難く受け入れた。
文書作成はエミリオ本人が書き、パネルのデザインをクリスが起こす。悪筆のエミリオに代わり活字化する商会をイシャーンが手配し、出来上がったものをデザイン通りにエミリオが貼り付けた。
手書きの資料をペールが書き、フリアを含め全員、その時々手の空いている者が複写された物を綴じた。
そんな状況をフリアは大層腹立たしく思った。
そもそもジュゼッペが悪事を働いたとしても、エミリオは知らずに育ったのだ。それなのに『内務』の生徒は全員でエミリオを吊るし上げている。
親が迷惑を被っているのだろう。それを見た子供は、当然『主家の人間は全て悪』と思っても仕方が無い。
──でも! ガルシア先輩は頑張ってる。何でわからないの!?
フリアはとにかく頭に来ていた。
その上ジュゼッペが捕えられれば、エミリオの父マールム公爵レオナルドは公爵位を降ろされると言われている。息子のエミリオも付随する事になる。
下手をすれば奪爵され平民落ちだ。
フリアはそれが許せない。
歴代宰相を務めた家柄だ。エミリオも能力が高い。⋯⋯字は汚いが。
初めて会った頃は尊大な態度であったが、今では物腰も柔らかくなった。
そんなエミリオが学園に通えなくなるのは、『この国の損失だ』ぐらいの勢いでフリアは考えていた。大袈裟すぎるが本気だ。
モヤモヤはどんどん肥大し、とうとう父親のバストン侯爵マルティン・ロペスに言い放ってしまった。
「お父様! 私、結婚したい方がおります!」
マルティンは目を剥いた。
大人しく、引っ込み思案の娘が大声で宣言している。一大事だ。
「⋯⋯一体誰なのか聞いてもいいか?」
フリアは口に出した自分に驚愕した。
──え、私、何を?
「⋯⋯マールム公爵令息、エミリオ・ガルシア様です」急に意気消沈して小声になる。
「同情か?」
マルティンはかつて国家転覆に合意しないかと、ジュゼッペに迫られた事がある。故にある程度『内務』の事情を知っていた。
心優しいフリアが、エミリオの境遇に同情しているのではないかと危惧した。
「ガルシア先輩は、とても能力の高い方です。先代マールム公爵が捕らえられれば、平民落ちする可能性もあると先輩はおっしゃってました。それは、損失です。国家の」
「⋯⋯大きく出たなあ」マルティンは少し呆れ気味だ。
「でっ、ですので、その優秀な頭脳を『医療』に取り込みたいのです! 学園で私がすることの一つは、結婚相手を見つける事だった筈です」
フリアはちょっと盛り返してきた。
──そう、優秀な頭脳! それなの!
「まだあと二年も残っているのに、か? これからもっと良いのと出会うかも知れないぞ?」
──待って、ええと。そうじゃなくて。
「ガルシア先輩が良いんです!」顔を真っ赤にして叫ぶ。
「⋯⋯マールム公爵に使いを出そう」
三日後、マールム公爵邸で当人同士と両親の六人が顔を合わせた。
マールム公爵のタウンハウスは、ミニュスクール公爵邸と王都の大街道を対称に位置する。
ミニュスクール公爵邸と同じく、ワンブロック丸ごとだ。景観を鑑みて左右対称に造られている。
「我が家の状況はご存じなんですよ⋯⋯ね?」
マルティンからエミリオをフリアの婚約者として迎えたい。と、聞いたマールム公爵レオナルド・ガルシアは困惑しきりだ。勿論、隣に座るサラもエミリオも然りだ。
「だからこそだ。エミリオ君の頭脳を我が『医療』に迎えたい。フリアたっての願いだ、宰相殿」
唐突に話を振られ、びくりと肩を跳ね上げるフリア。顔に熱が集まり、上を向いていられなくなった。
「突然のお話で申し訳ございません。ぜひ、私と婚約をお願いしたく⋯⋯」小声になるフリア。
「あの、少し向こうで二人で話し合って宜しいでしょうか?」エミリオが立ち上がり、フリアに左手を差し出す。
「よく話してくれ」マルティンは鷹揚に応え、レオナルドも頷いた。
フリアは中庭の小さな温室へエミリオに手を引かれてやって来た。
すっかり秋の気配が濃くなり風も冷たくなったが、温室の中はとても暖かい。南に自生する背の低い常緑樹や、花々が植えられている。
「ロペス嬢、この前の僕の話で可哀想になった?」エミリオが悲しさと、少しの悔しさで眉をしかめた。
「ち、違います。ガルシア先輩は能力の高い方です。その優秀さを失うのは国家の損失です!」拳を握りしめ力説するフリア。
「⋯⋯大きく出たなあ」エミリオは呆れた声を出した。
──お父様と同じだ。なんだか嬉しい。
「⋯⋯もう、フリアと呼んでくださらないんですか? す、凄く嬉しかったんですけど」
「え?」エミリオは覚えがないようで、首を傾けた。
「フォンターナ様に腕を掴まれた時に、フリアって」
「⋯⋯! あっ。あれは、その咄嗟に」
二人とも顔を真っ赤にして、沈黙する。
「僕は、大罪人の孫だよ? そんなのを引き入れたら『医療』一門が黙っていないと思うけど。それに散々アンバーブロウ嬢に言い寄ってる。悪評だらけだ」
「それなら、それを払拭してください。ガルシア先輩なら出来ると信じています」
「ははっ。期待値が大きい上に、注文がでかいなあ」エミリオは苦笑した。
「⋯⋯私はエミリオ・ガルシア様に懸想しているようなんです。どうしても貴方と結婚したいのです!」
フリアの精一杯の告白。一瞬、呆気にとられたエミリオは、のろのろと空いた右手を口に当ててフリアを見る。
「しているようなんです。って、何それ。面白いなあ、フリアは」フリアが物凄い勢いでエミリオの顔を見上げた。
「僕でいいなら、死ぬ程頑張るよ。医療の事もこれからちゃんと身につけると約束する。だから、僕の気持ちは結果が出るまで言わないでおいていい? フリア」
エミリオはずっと手に取ったままのフリアの右手にくちづけた。
「はい。ガルシア先輩!」
「エミリオ。僕ばかり名前呼びにさせるつもりか?」
フリアは満面の笑みで応える。
「エミリオ様。よろしくお願いします」




