53 霧雨
夜半から降り始めた雨は、大きく広がる雨具で身を隠すのに丁度良いとジュゼッペはほくそ笑んだ。
いよいよあの女に鉄槌を下してやる。
この日の為に用意させた杖を手に、ジュゼッペはそぼ降る雨の中に身を投じた。
例年であるならば学園の式典広間で行われるはずの『部門別発表会』開会式は、学園からの移動時間が一刻程かかる為に王城の聖堂で行われる事となった。
聖堂の身廊の両脇の席の前方左側には、国王、王妃が座り、一列空けて『内務』『科学』『芸術』の主家、右側には八部門の主家が三列に渡って着席した。
それ以降は招待状が送られた貴族が着席する。
内情を知る者は口を噤んでいたが、招待された者たちはそこにいるのが『内務』と『科学』の貴族のみである事を不審に思った。
釣り上げる側の『芸術』も含まれるが、『内務』と『科学』以外の部門の主家には、おおよその事情が説明されている。事が起こり次第、彼らは神殿関係者に偽装した軍によって護られる。
控室で『芸術』コルデラ侯爵領の民族衣装を纏ったクリスは、大きなヘッドドレスとその中に被った防弾キャップに苦慮していた。
小柄なクリスには少しばかり重い。
そのうち慣れるだろうと渋面を作っていると、アルドーがやって来た。
「重い? でも、とても似合っていて可愛らしいよ」
緊張感に包まれた中で何を言っているんだろうと思わないでもなかったが、褒められた事が単純に嬉しくもあった。
アルドーも民族衣装に身を包み、いつもと違った様子に目を奪われる。
「わたくしたちの衣装を着ていらっしゃるなんて、とても不思議。夏にも思いましたけれど、帽子もお似合いになるんですね」
「ありがとう。クリス、お互い無理はしないように心掛けよう。大神殿の技術と、⋯⋯軍を信じよう」
少々間が気になるが、同じ意見なので仕方が無い。クリスは頷き、服の下に着込んだベストと、ヘッドドレスの位置を確認した。
アルドーはクリスの右手を掬い上げ、司会の位置に向かう。途中、席に座る国王と王妃に目礼し、入り口付近で立つノアに目をやった。
ノアと二人頷き合い、そしてアルドーの横顔を盗み見た。
アルドーは無表情だが口を引き結び、緊張している様子が窺えた。クリスはアルドーの緊張を和らげようと、エスコートされている手に軽く力を込めた。
アルドーは一度長く瞬きし、小さく息を吐いた。
王族らしい笑顔で位置につき、クリスの手を離す。
「これより『部門別発表会』、『芸術』による楽奏をお楽しみください」
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『マグノリアの聖なる指針』
風に靡く 金糸の髪を抱き、
それこそが 暁の瞳なる 聖女ソフィア。
光を纏い、彼方を見つめ、
その手は マグノリアの 咲き誇る大地を指す。
気高く、優しく、迷いなき御姿。
指さす先に、新しき 命の息吹。
見よ、そここそ 栄えよと 約された地、
祝福の根を 深く張るべき 故郷。
金の髪は 豊穣を唄い、
暁の瞳は 真実を映す。
聖女の導きに従い進め、
この地に 常しえの光を灯せ。
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ハープが静かに、そしてきらめくようなアルペジオを奏で始めた。
生徒たちの清らかな歌声は聖堂の中を風のように流れ、ハープの音と交じり合う。
黒いフード付きの雨よけのマントを羽織ったジュゼッペは、王都で落ち合った兵士に促され王城の主城門を抜けた。副隊長という肩書を持つ兵士ならば、咎める者もいない。『部門別発表会』に遅れた貴族だと言えば、門番は何も言わなかった。
そのまま何の障害もなく聖堂の二階へと移る。彼らは手摺りの柱に身を隠し、階下の標的を見据えた。
「ふふん」とジュゼッペが小さく笑う。
副隊長は肩を竦め、ハープの音色に染まった周囲に意識を向けた。
ガブリエル・ギルランドは雨に濡れて息子に手を引かれ、聖堂への道を重い足を引きずり進んだ。
息子の目は爛々と開かれ、うわ言のように「クリス」と呟き続けている。
聖堂まであと少し。命令とは言え、このまま息子を行かせれば身の破滅だ。
だが息子の力は強く、押し留める事が出来ない。
聖堂から聞こえる清らかな歌声が、ガブリエルの身を撫でるように包む。
「ああ、やめてくれ」
「クリス! 愛してる! 今解放するよ!」
開かれた扉からジュールが叫ぶ。
それを合図に、生徒が、兵士が、事情を知った貴族が動く。
慌てふためく『内務』と『科学』の貴族たちを残して、整然と避難を開始した。
「わたくしはここよ!」
クリスはジュールに向けて内陣へと進む。大きく両手を広げ、ジュールに姿を晒した。
ジュールは目を見開き歓喜の表情を浮かべる。が、ゆっくりとクリスに近づくアルドーを目にした刹那、ポケットに手を入れた。
「お前がああああぁぁぁぁ!」
手にした古代機械の銃のトリガーに指が触れた瞬間、聖女像の上から光線が伸びた。
正確にジュールの手の甲に当たり、衝撃で右手から銃が落ちた。
焼かれた手の甲を不思議そうにジュールは見るが、より一層錯乱しアルドーに掴みかかる。
アルドーはジュールの両手に手を掛け、ギリギリと押し開く。
「いい加減にしなさい!」クリスは近寄り、渾身の平手をジュールの頬に叩き込んだ。
一瞬、ジュールの動きが止まる。その隙に兵士がジュールを拘束した。
「おのれぇぇぇ!」
頭上からの声にクリスは反応する。躊躇いなくクラーワに覆い被さった。
天井から二階のジュゼッペに光線が走る。
しかし脇をかすめただけで当たらず、ジュゼッペの杖から破裂音とともに弾丸が射出された。
一瞬の静寂。
がくん、とアルドーの身体が傾く。
アルドーもまた、ジュゼッペとクラーワの間に立ち塞がっていたのだ。
「アルドー様!」
クリスは振り返り、アルドーに駆け寄る。
右の太腿から血が広がり出した。クリスはエプロンを脱ぎ、足の付け根に縛り付けた。
神殿長が駆け寄り、アルドーを抱え上げる。即座に神殿を出て医療室へ向かった。
その間、内通者であった副隊長がジュゼッペを拘束した。
「貴様、裏切りおったな」後ろ手に縛られ、副隊長に悪態をつく。
「馬鹿言わないで下さい。最初から味方じゃありませんよ」
聖堂は封鎖され、『内務』と『科学』の貴族たちは国王の前に平伏した。
ジュゼッペは副隊長に頭を押さえられ、ジュールは呆然と膝を落としている。
他部門の元老院の当主、『芸術』の生徒たちが傍らに控える中、国王が口を開く。
「お前たちの長年の所業は全て把握している。追って沙汰を下す。何か言い分があれば今からの聴取で言うがいい。それで構わんか? 『司法』リーブラ公爵?」
「異存はございません」
クラーワは大きく息を吐き、ふらり、と身を揺らした。
侍女に座席に導かれたクラーワはクリスを呼び、告げた。
「アルドーのもとへ行っておやり」
クリスはクラーワの手を取り恭しく礼をすると、手招く白いローブの女性の後を追った。
荘厳な歌詞の素養がないので、Geminiに作詞してもらいました。
そして、まさかのクリスの平手打ち。




