51 プライド
男は若い頃、自分の有能さに満足していた。
ボンクラな国王に代わって国を動かした。
一門の当主として采配を振り、他部門の人間ですら従えた。
だが、有能さを振るうのはあくまでも、国王の下だ。
千年の昔から王家は続いている。
自分たち元老院も然りだ。
どれ程ボンクラな国王でも、それは揺るがない。
マグノリア王国が始まってから一度も変わらない。
『平等であれ』というくだらない理念が、元老院の頭を鈍らせている。
──それなら自分が壊そう。
丁度、次に国王となる者に娘を差し出す順番だった。
内から壊せば良い、と考えたが、一向に妻は娘を孕まなかった。
他の元老院からせっつかれるまで引っ張ったが、駄目だった。
それ以降は意地になっていた。
国王が駄目なら王妃を。自分が差し出すはずだった場所にいる女が許せなかった。
次から次へと王妃をどうにかする方法を考えては、人を差し向けた。
なのに尽く失敗する。
どんどん巧妙にしているつもりでも、ボロボロと穴が空いていった。
腹立たしさを忘れる為に酒に手が伸びる。
度数は高くなり、酒量も増えた。
呑めば頭がはっきりする気がして、ますます呑んだ。
思いつくまま、人を動かす。
とにかく王妃を何とかしたい。
王妃さえいなければそれで良かった。
次は、次こそは。
「大旦那様、大神殿に入る事は出来ませんでした。リカルド様とラマート子爵の姿は確認したそうです」
使用人は部屋に入るなりそう言った。簡素な部屋に置かれたベッドに横たわるジュゼッペに、恭しく膝を折ることもなく。
マールム公爵家の物とはまるで違う安っぽいベッドの上で、痛む頭に氷嚢を乗せてジュゼッペは唸る。
「そんな事だろうとは思ってたわ。ええい、もういい。『芸術』の子供は万全か?」
「医療所に女を定期的に行かせています。随分と父親が献身的に看病しているとかで、当日には動けそうです」
「わかった、もういい。下がれ」氷嚢を頭に押しつけ、片手で追い払うように手を振る。
使用人はどうせ見ていないだろうと、頭も下げずに部屋を出た。
使用人といっても、彼は歴とした貴族である。フォルフェクス男爵ヌンツィオ・モレッティ。マールム公爵家の家令の兄。
何故こんな使い走りをしなければならないのか、非常に不満だ。弟が主家の家令になった時には親と共に大喜びしたものだが、今では苦痛でしかない。
兄というだけで面倒な事を押し付けられている感が拭えない。
このままこの老人の言う事を聞き続ければ、王家に楯突いた咎で牢に繋がれるのは間違いない。
非常に不本意だ。
この国の成り立ちから主家マールム公爵家が潰れることはない。だが、その下にいる我々は無事で済む保証など無い。
内通者からの情報では、ジュゼッペが事を起こそうとしている『部門別発表会』で、王家でも網を張っているらしい。ジュールに女が近づいているのも知られていておかしくないのに、放置されている。あちらもジュールを使う気なのだ。
──それならば、いっそこれを期にジュゼッペに観念してもらう以外無いのでは?
ヌンツィオはジュゼッペを王家に売る決意を固めた。
『科学』と『エネルギー』の技術者が大神殿の裏の施設に点検に行く際に、リカルド奪還の人員を紛れ込ませる手筈になっている。
そのうちの一人と交代して自分が乗り込む事にした。
大神殿の門扉に触れればとんでもない衝撃を受ける、と先ほど戻った平民が話していた。
ゾッとする話だが、一芝居打てば大神殿に自分だけでも入れるかも知れない。
「助けて下さい」
これから来るであろう衝撃に身を震わせながら、小声で呟く。
意を決して門扉に触れる。途轍もない衝撃に叫び声を上げ、意識が飛んだ。
目を覚ますとリカルドとラマート子爵パウルが自分を覗き込んでいた。
ヌンツィオは身体を動かそうとするが、手足を拘束されているらしく先端しか動かせなかった。
ふぅ、と息を漏らし、周りを見渡す。何もかもが真っ白な部屋に寝かされているらしい。
「リカルド様、ご無事で何よりです。ラマート卿も」口は滑らかに動くようだ。しかし、パウルは渋面を作り、後ろを振り返る。
「神殿長、意識が戻ったようですよ。呑気な挨拶をしています」
「ええと、誰だったかな⋯⋯?」リカルドはこめかみに手を当てて目を伏せた。
呑気なのはどっちだ。とヌンツィオは思ったが、いつ見ても寝込んでいたリカルドに覚えられていなくても仕方が無い。
「ヌンツィオ・モレッティです。リカルド様。マールム公爵家の家令の兄です」
「あっ、似てるね。うん。すまない、覚えていなくて。君は父の使いで来たのかい? 助けてって言ったそうだが。ねぇ、神殿長」
リカルドとパウルの後ろから黒髪の男が現れた。何の感情もない目でヌンツィオを見る。
「確かに聞こえましたので、保護させていただきました。お間違いありませんか?」
やけに堅苦しい話し方をするのが気になる。わざと『貴族に意見するなど!』と煽ってしまったが、平民らしからぬ風情は神殿長という役職故か? とヌンツィオは不思議に思う。
「ええ、情報を王家に話したい。⋯⋯もう限界だ」白い天井を見つめて零した。
「⋯⋯誰も彼もがそうだ。信じて良いんだな?」パウルがぶっきらぼうに言う。
「そうですよね、でも、もう、本当にうんざりなんです。暴れませんから拘束を解いてもらえますか? あんな痛いのはごめんです」
手足の枷を外され、ヌンツィオは手首をさする。別段痛い訳でもなかったが。
「大旦那様は、ここから一刻程の邸宅にいらっしゃいます。お二人の奪還を、と考えていらっしゃるようですが、敵わないとも思っているようです」
「私を取り戻したとして、何の役にも立たないというのに。死んだと思って忘れて欲しいくらいだ」リカルドは大きなため息をつく。
「⋯⋯で、さっき言っていた情報というのは、居場所のことなのかね?」パウルがベッドから離れて、部屋の中央にあるテーブルを囲んだ椅子に座った。
「いえ、『部門別発表会』で『芸術』の子供を使って、王妃陛下と、第二王子殿下を⋯⋯」言い淀むヌンツィオ。
「ああ、それでしたら存じてあげておりますよ。ご心配には及びません」
作ったような笑顔で神殿長が言う。ヌンツィオはその異様さに目を瞠る。
「知って⋯⋯いる、のですか?」
「はい。ですが、どういったルートで侵入しようとしているのかご存じでしたら、ぜひお聞かせ下さい」
「ああ、では⋯⋯」
と、ヌンツィオは話し始めたが、実際には大した策などない。
内通者とジュゼッペが人通りの少ない所を、聖堂の二階まで上がる。位なものだ。
『芸術』の子供には、治療院で頻繁に暗示をかける女を出入りさせている。何度も念入りに暗示をかけ、子供自身が親を言いくるめて行かせる。という、実に穴だらけの作戦だ。
「⋯⋯子供の親がやけに献身的なのは、まさか⋯⋯?」
「さて、どうでしょうね?」
神殿長は無表情のまま、煙に巻いた。
ヌンツィオは掴み所のない態度に困惑するばかりだった。




