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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第六章

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50 芸術家

 あまりの不意打ちな事態に、クリスは自分の目が信じられなかった。


 母がそこにいた。

 ずっと会いたかった母が。

 もちろん記憶の中の母より年を取っていたが、それでも変わらずふんわりと優しそうな母だ。


 駆け寄ってしまいそうな自分を、手を握りしめて抑えた。

 衣擦れの音と共に去ってゆく母の姿が見えなくなるまでずっと握っていた掌を、隣で膝をついていた父の大きな掌で覆われた。


「お父様。お母様が⋯⋯!」うまく言葉に出来ない。

「ああ」ノアも感無量の様だ。


「⋯⋯あっ! お父様、グラスホルダー。お母様、首に掛けてらしたわ!」


「ああ。お前も気付いたか。針仕事は大の苦手なのにな。⋯⋯堪らなく嬉しいよ」


 ノアの瞳から涙が一筋、溢れ出た。

 クリスはハンカチを取り出し、ノアの涙を拭う。


「わたくし、無事に乗り切ってみせます。そして、お母様をお迎えしましょう。ね、お父様」


 クリスとノアはその場を離れようと立ち上がった。手を取り合い歩き出す。


「⋯⋯なによ、なんなのよ。わたくしのジュールは、犯罪者にさせられるのよ! なんでジュールがぁ⋯⋯」


 ドロテは床を両手で叩きつけ、そのまま崩れ落ちた。

 ノアは何か言いたげだったが首を振り、そのまま無言でクリスの手を引いて部屋を出た。




 ダニエレの件でクリスの聴取をした兵士が、二人を馬場まで案内した。当日までの軍との連絡係を担当すると言う。

 キアラに会えた事を告げると「そう、良かったね」と、前回とは違って素っ気ない返事が返ってきた。


 馬車に乗り込み帰途につく。

「先程の兵士は?」ノアにクリスの向かいの席から問われ、ダニエレの件を話す。

「学園時代の私とキアラを知っている?」首を傾げるノア。

「学年が下だったそうですよ?」今度はクリスが首を傾げる。

 ノアはしばらく無言で記憶を手繰る。「いや、思い出せないな」


「悪意は感じられませんけれど、後でアルドー様に訊いてみますね」


「あ、あの」クリスの隣に座るチェルニーが躊躇いがちに口を挟む。

「どうかしたか?」


「あれは、別の隊の副隊長で。その、キアラ様のファンだったそうで。クローステール卿へのやっかみかも⋯⋯?」


「ええっ? ⋯⋯ははは」ノアは笑い、クリスも張り詰めた心が解れた。

「今更ですよねえ?」チェルニーが呆れた声を上げつつ、首を捻った。




 帰宅して二刻ばかり経った頃、侍従長がコルデラ侯爵マエル・ギルランドとミラ・ローランの来訪を告げた。

 マエルはクリスの同席を望んだ為、応接室にて二人を迎えた。


「ごきげんよう。ノア、クリス」


 柔らかに微笑みつつも、緊張した面持ちでマエルは入室した。傍らに控えるミラの顔には深い苦悩が滲んでいる。

 席に着き、茶の用意がされるとマエルは使用人を下がらせた。


「王妃陛下から話を伺った。⋯⋯こんな事態になるとは思ってもみなかった」


「申し訳ございません。私の結婚が無ければ良かったのかも知れません」


「待ってくれ、ノア。そうじゃない。それに今まで通りに話して欲しい。侯爵になったが、ノアとは従兄弟のままだ」慌てたマエルにノアは頷く。「わかった」


「先代マールム公爵の目論見は、今日初めて知った。兄上は私に何も話さなかった。ドロテと繋がりがあった事も、だ。王妃陛下の前で汗顔のいたりだった。衣装を汚しただけでは無かったとは!」ワナワナと震えるマエル。


「先代公爵の事は王家としてもあまり広めたくなかっただろうから、仕方のない事だ。行方がわからず、捜査中だからね。だから私も口に出来なかった。すまない。だが、やっと舞台が整った」


 ノアは宥めるように、ゆったりと話す。クリスも頷く。


「ああ、拐かされたジュールのおかげか。『芸術』としては汚名を雪ぐ為に、何としても成功させねばならない。学園の生徒たちに危険が及ばないとも限らないが、王妃陛下はできる限りの警備を敷くと仰った。クリス、君がまたしても標的にされてしまうのを、とても心苦しく思っている」


「危険があるのは承知の上です。ですが、生徒の皆さんに危害が及ぶのは看過できません。出来るだけジュール様を引きつけます。それに、大神殿も警備の強化に協力しているそうです。怪我をしても王族専用の医療機器を貸していただけるとお約束いただきました。⋯⋯即死でなければ回復が見込めると」


 クリスとしては信じる以外にどうする事も出来ない。アルドーはクリスを護ろうとするだろう。だが、それを許すことは出来ない。どちらも無事でいる事を目指したい。

 恐れているだけでは何も変わらない。


「クリス様お一人に背負わせてしまうのは間違いです。見て見ぬ振りをした、わたくしたち全員への罰なのです。そうでしょう? 叔父様」


 ミラは強く瞼を閉じ、祈るように両手を組んだ。


「⋯⋯そうだな。兄ばかりが悪い訳ではないな。当日、ステージに上がる生徒たちの人数は変えられないが、会場入りする手伝いは生徒ではなくしようと思う。彼らには事前に私から話そう。先代マールム公爵の話は伏せるが、危険がある事は知らせる。観客に関しては軍に任せろと王妃陛下はお話しされていた」


 マエルはノアとクリスにそう語り、今後ノアと連携を密にする事を確約した。




『部門別発表会』まで残り十日余り。クリスは楽奏の衣装に注力した。

 衣装は粗方決まった。

 コルデラ侯爵領の民族衣装は男子は黒い帽子、白いシャツ、赤いベスト、黒いズボン。女子は大きな黒いリボンのヘッドドレス、赤いスカート、白いブラウス、黒いエプロン。

 コルデラはリボンの別の言語らしい。グラスビーズで胸元のリボンを編むことになった。

 正確には蝶結びのリボン型に成形して、金具で留める。


 一つ作って見本にし、グラスビーズを織るのはクリスが担当、リボン型に成形、金具に取り付けるのは他の一学年の女子生徒が担当すると決まった。

 クリス一人で抱え込まずに済んだのは有り難い。毎日の『部門別発表会』の科目の時間、ひたすら織り機に向かい針を通し続けた。

『芸術』の被服の係りになった生徒たちも、それぞれの担当部位にミシンを走らせた。


 その横で楽奏の担当になった五人が、ハープの伴奏で美しい歌声を風に乗せる。伸びやかなゆったりとした調べ。コルデラ領の曲ではなく、会場を考慮して聖女ソフィアへの讃歌が選ばれた。金色の風に靡く髪と、暁色の瞳を想起させる美しい曲。


 衣装担当の焦った気持ちが自然と落ち着いていく。

 クリスの前で作業する女子生徒と目が合う。

 ドロテの姪ナタリー・マルタン。『聖女コンテスト』で衣装に染料をかけた生徒だ。


「あの時はごめんなさい」


 黒いエプロンを縫う手を止めて、クリスに頭を下げる。

 クリスの中で色々と言いたい事もあるけれど、何もかもが今更だ。返答に詰まっていると「よくこの場所にいられるわね」「貴女のせいよ」周りの生徒から声が上がる。


「いいえ、止められなかった、わたくしたち全員のせいです」ミラが立ち上がり叱咤する。「『芸術』の地に落ちた信頼をこの機会に取り戻しましょう。わたくしたちには他の部門と違って、目に、耳に、肌に訴える事が出来ます。わたくしたちは魅了する者。必ず成功させましょう」


「過ぎたことですわ。ミラ様のおっしゃる通り、協力してまいりましょう。ただ、わたくしもマダム・オルタンスも、自分の作品を穢された事は赦すことは出来ません。『芸術』の人間なら理解していただけるでしょう?」 


 クリスはナタリーからの謝罪を受け取ったところで⋯⋯、という気持ちに蓋をして無難に済まそうとした。が、どうしてもこれだけは言っておきたかった。

 ただの手慰みではないのだ。

 オルタンスはクチュリエールとしての実績のある女性だ。彼女の為にもきちんと理解して欲しい。


 ナタリーは席を立ち、教室から逃げ出していった。

 残された生徒は、凛として芸術家としてすでに歩み始めている、一人の女子生徒に目を奪われた。

 ミラがクリスに歩み寄り、手を取った。


「クリス様はミニュスクール公爵令嬢をパトロンに持つ芸術家。皆様、クリス様に続くのよ! わたくしたちは『芸術』一門なのだから! さあ、発表会に向けて頑張りましょう!」


 野心ある芸術家の卵たちが立ち上がる。『芸術』の地位向上の為に。将来はライバルだが、今は一門で団結する時だ。

 熱に浮かされたように生徒たちは作業に取り掛かった。 

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