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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第六章

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49 デコイ

『芸術』の楽奏は王城の聖堂で行われる。

 学園の式典広間と、王城の聖堂の二箇所が候補に挙がった。建物内の警備のしやすさでは学園の式典広間なのだが、音響の観点からは聖堂の方が音の広がりを考えられた設計だからだ。

 王妃からのたっての願いという事もあり、学園側は了承した。




 クラーワは『国王ベニニタス』『王妃クラーワ』『アルドー』『クリス』を揃えることで、ジュゼッペを釣り上げる手に出た。

 近頃ベニニタスが体調不良を訴える事が多くなり、自然とクラーワが主導権を握る事となった。

 ベニニタスの体調はこれといった病もなく、年齢由来の不調程度だ。しかし「頭の中の声が煩くてかなわん」とクラーワには理解できない精神状態なのだ。

「恐らく国王になったものしか解らないのだろう」そう言われてしまっては手の打ちようがなかった。


 積年のジュゼッペへの苛立ちもあり、クラーワはこの機を逃すまいと大きく出る事にした。だが、アルドーからの報告を聞くに、軍の不手際が目立ち信用が置けない。

 細かな警備をモクレンから神殿長に依頼し、完全なものにしようと試みた。神殿長は聖堂ならば自身の出入りに不自然さはなく、かつ以前から設置されている警備上の機材を使えるので、学園よりは良いとの返答を得た。




 そんな折、神殿長からモクレンへ連絡が入った。

 大神殿裏の施設の保守点検作業に『内務』の下位貴族が二人混じってやって来たという。前日には近隣住人でない平民が二人現れたとも。

 大神殿に匿われているリカルドとパウルを奪還する為なのだろう。


 モクレンは「大神殿の門扉には仕掛けがございます。ビリっとくるのですよ」と、柔らかく微笑んで言った。クラーワには理解できなかったが、さらに「それと、キアラ様がお持ちだった銃のような物も、取り付けられております」と、ゾッとするような事を平然と言ってのけた。


 一度だけキアラの銃をモクレンが試射をすると言うので、屋外でさせた事があった。一瞬の光の後、目標の金属の缶に穴が空いたのだ。

 火薬式の銃より小型で音もない、その威力に慄然としたものだ。


 そんなものを何の感慨もなく話すモクレン。

 二十六年前、モクレンと話が出来るように神殿長に依頼した時に「情緒面が未発達ですので、戸惑われる事もあるかと思います」と言っていた。

 今更だが、ようやくそれを実感した。




 神殿長によると、点検にやって来た『内務』の男のうちの一人を確保したそうだ。扱いをどうするか判断を仰ぎたいと。

 次々とやって来る『内務』の人間たち。寄越しては失敗しているというのに、ジュゼッペは何を考えているのだろう。


 間諜によれば、『内務』の中でも、疑問に思う者が出て来ているということだ。

 話す事は支離滅裂、指示した事を覚えていない。突拍子もない案を出しては忘れる。

 何もない所を指さし、何かがいると騒いだり。

 アルコールのせいと言う者もいれば、老人だからだと言う者もいるらしい。


 いずれにせよ、これ以上ジュゼッペのやりたい様にやらせれば『内務』はもとより、マグノリア王家、国家運営にも関わる。


 なればこそ、今回は大きく出るべきだ。自分を餌に釣り上げる。

 今回一番危険なのはアルドーだが、即死でなければ医療室の古代機械でどうとでもなる。幸いな事に第二王子だ。

 クラーワは自身の非情な決断に身を震わせるが、王家の存続の方が重要だ。

 泣いている場合ではないのだ。




「クラーワ。どうしてもやるのか?」


 自身の執務机で祈るように組んだクラーワの両手をベニニタスが包む。顔を上げると不安気に自分を見つめる夫の姿があった。


「アルドーを呼んでいるの。一緒にいてくださる?」


 我が子に命を差し出せと言うようなものだ。決心が揺らいでしまう。

 アルドーは粛々と受け入れるだろう。そういう子供だ。

 ──だからこそ辛い。


「ああ、私が言おう。⋯⋯私にやらせてくれ」


 クラーワの額にベニニタスの唇が触れる。いつも通りの温かさだ。




 侍女がアルドーの訪れを知らせた。

 アルドーは二人の前に進み、礼をする。執務机のこちらと向こうで、大きな隔たりをクラーワは感じた。親子であるのに親子の距離感ではない。


「そなたに嫌な役をやってもらわねばならん」ベニニタスが威圧を込め話す。


「御心のままに」アルドーは凛として動かない。


「『部門別発表会』で囮となれ。聖堂で『芸術』の楽奏が行われる。餌を配置した。あとは釣り上げるだけだ」


「⋯⋯御意にございます」一瞬の躊躇いか? と思わせたアルドー。だが、「私の方からお願いしようかと思っておりました」という強い意志が返ってきた。


「発言を許していただけますか?」


「勿論」


「私たち子供の世代も限界が来ています。『内務』も『芸術』も混乱の渦中にあります。いずれ他の部門にも波及するでしょう。ここで終わりにしなければ、次世代の我々が国家の運営を引き継ぐ事が出来ません」


 クラーワはアルドーの自分と同じ濃紺の瞳の中に、光を見た。本に埋もれて頼りない子供だと思っていた。ほんの少し前まで気概を感じなかった。


「アルドー。大神殿の協力で防犯設備は整えられています。ですが、近距離からの不意打ちでは対応しきれないかも知れません」


「承知致しました。ありがとうございます、母上。即死を免れれば、治療は可能ですから」


 アルドーは胸元のブローチに手を添えた。瞳と同じ濃紺と散りばめられた光。


「それは?」クラーワの口をついて出る。

「クリスに依頼していたものが出来たのです。クリスの為にもやり遂げます」


 ──そうか。

 ベニニタス様の為に足掻き、抗い続けた自分と同じだ。


「そう。素晴らしいわ。貴方に良く似合っているわね」


 アルドーはふわりと、はにかんだ笑顔を見せた。すぐに目を伏せ、気持ちを律する。


「当日まで気を緩めず、情報の精査に努めよ」


 ベニニタスの言葉に、アルドーは深く礼をして退室した。




「王妃陛下、あちらにクローステール男爵と令嬢が到着致しました」


 アルドーと入れ替わりに侍女が二人の来訪を告げる。

 クラーワはベニニタスの頬に口づけてから執務室を後にした。向かうのはドロテのいる貴族牢。途中、書記官を一人呼ばわり従えた。


「キアラ、落ち着いてついていらっしゃい」


 兵士が解錠し、「王妃陛下のご到着です」ドロテの侍女が告げる。

 クローステール男爵、クリス、ドロテの三人が跪き(こうべ)を垂れる前に進み出る。クラーワの後ろでキアラがぐっと息を呑んだ。


「そのまま聞きなさい。⋯⋯貴方がたに命じます。『部門別発表会』で囮となりなさい」


「ひっ」ドロテの口から漏れる。

「承知致しました」ノアとクリスの声が重なる。


「クリス、アルドーのブローチを見ました。とても美しいわ。あの子の為にありがとう」


「勿体ないお言葉です」隠せない驚喜がクリスから発せられた。


「クローステール卿、クリス。顔を上げなさい」二人はクラーワの言葉に従う。

「⋯⋯キ」ノアは発言を許されていない事を思い出し、口を噤む。クリスはぐっと手を握りしめ、動き出しそうな身体を抑える。

 クラーワの後ろに控えるキアラが、胸元へ手を動かす気配を感じた。


「すべて終われば貴方たちのもとに戻すと約束します。それまで堪えて頂戴」


 ノアとクリスが頭を下げる。

「ありがとうございます」背後から小さな声でキアラが呟く。


 クラーワはキアラを従え、その場を後にした。

 牢の扉が閉まって数瞬、ドンという音と共にドロテの慟哭が響く。


「⋯⋯なによ、なんなのよ。わたくしのジュールは、犯罪者にさせられるのよ! なんでジュールがぁ⋯⋯」


 もう、これで終わりにするわ。

 あの老人の好きにはもうさせない。 

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