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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第六章

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48 甘くて柔らかい

 彼はただぼんやりと窓の外を見ている。

 自分が何処にいるのか、何故ここにいるのかわからない。


 朧気にお気に入りのフワフワした赤みがかった金髪の女の子が、「私を救い出して」と語りかける姿が脳裏に浮かぶ。


 焦燥感だけがずっとある。

 でも、手も足も身体すべてが鉛のように重い。


 お気に入りの女の子と、彼女を離さないでいる男の姿が浮かんでは消える。


「私をこの人から解放して」

「助けて」

「この人を手に掛けて!」


 胡桃色の髪と濃紺の瞳。

 思い当たるのは唯ひとりだ。


 ああ、身体が動くようになったら、必ずやるよ。




 かつてコルデラ侯爵令息と呼ばれたジュール・ギルランドは、一人の女の子が気になって仕方なかった。

 公爵領で開催される催し物に親に手を引かれてやって来た、小さくてふわふわな髪の毛の女の子。多分初めて意識に上ったのは四・五歳位の頃だとジュールは思う。

 それからずっと気になっている。


 自分の方を向かせようとして、庭にあった花をむしり取って渡した。

 女の子はぽかんとしながらも受け取って、にっこり笑った。

 だが、それを見ていた母ドロテから『あれは悪い娘。花などくれてやるのではなく、自分が上だと解らせなさい』と激しく叱咤された。


 その次に会った時からは、両手いっぱいの虫を頭に乗せたり、バケツで水を掛けたりと思いつく限りの()をした。妹のイブリンも「わたしも!」と言って嬉々として加わった。

 流石にそんな見た目にわかるようでは女の子の親に咎められた。

 それからは言葉も発達したので、『叱りの言葉』を浴びせるようになった。




 叱って躾けているのに女の子はちっとも従順にならなかった。むしろ過剰な迄に恭しい態度を取りながらも、目つきだけは鋭くなっていった。


 腹が立つ!

 そんな態度なら、もっともっと追い詰めて服従させてやる!

 ⋯⋯ああ、でも自分と話していない時の、彼女の可愛らしさといったら!

 何で僕にそうしてくれないんだ?


 そんなもどかしさを感じていた時だ。胡桃色の髪と濃紺の瞳を持つ男が現れたのは。

 マグノリア王国第二王子 アルドー・ルカ・マグノリア。

 馴れ馴れしく彼女と話している。彼女は、はにかんだような笑顔を見せている。


 ──どうしよう。クリスは僕のものなのに。


 ジュールが入学式の後に躾けようとした所へ、アルドーが止めに入った。そして生徒たちが寄って集ってジュールを責め立てた。

 どうにかならないかと思っていると、母が「恥をかかせてあげればいいの」そう言ってイブリンに何か吹き込んでいた。

 恥をかけばクリスの周りから人がいなくなって、ちょうど良い。


 そう思っていたのに恥をかいたのはジュールやイブリンの方だった。

 母は貴族牢に収監され、イブリンは自宅謹慎になった。ジュールの周りからも取り巻きが消えた。


 クリスは生徒会役員に護られて全く近寄れない。

 どんどん綺麗になっていくクリス。

 ──どうすれば手に入るんだろう。




 領主館で会合があるからと、他の生徒より二日ばかり早く夏の休暇に入った。言われるまま、イブリンも一緒に帰郷した。

 領主館には『芸術』一門の当主が集まり、主家であるギルランド家を貶めようとしていた。

 ジュールには意味がわからなかった。男爵の娘を躾けようとしただけなのに、何故侯爵位を降りろという話になるのか。

 クリスと結婚すれば、あれは、ほんのいたずらだと思わせることが出来るのでは? と浅はかにもジュールは考えた。


 会合に来ていたクリスの父の馬車に潜み、クリスの待つ(・・)クローステール男爵邸に向かった。

 可愛いクリスがわざわざ出迎えている。早速結婚の申し込みをした。

 しかしクリスは首を縦に振らなかった。側に第二王子がいる。きっとこいつに止められているに違いないと、ジュールは思った。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 クリスは僕のものだ。


 クリスの父親に無理やり馬車に乗せられた。

 あいつがいない時に、また申し込めば快諾するに違いない、そうジュールは思い込む。変に力が入ったのかずっと頭が痛く、前屈みになり苦痛に耐えた。

 不意に馬車が止まり、鈍い音と何かが落ちる振動。ジュールは外を見ようと痛む頭をゆるゆると動かした。

 刹那、キャビンのドアが開きジュールの視界は塞がれた。




 恐慌状態のジュールの視界が再び戻った時、柔らかな感触と共に口に甘い液体を流された。

 否応なしにそれを飲み下し、目を見開いたが辺りは薄暗くはっきりと見えなかった。自分の顔のすぐ側に香りのいい柔らかな女性の顔があり、頬を寄せられ耳元で囁く。


「ジュール様。私を助けて」




 眠っては目覚め、甘く蕩けるような液体を飲み下す。

 何度も何度も。

 ぼんやりとした視界の中、柔らかな女性は繰り返す。


「私をこの人から解放して」

「助けて」

「この人を手に掛けて!」




「ああ、クリス(・・・)。きっと助けるよ」


 ジュールは医療所のベッドの上で手を伸ばす。

 やっと腕が上がるようになった。

 だが、まだ介助なしには起き上がることもままならない。


 時間の感覚が掴めないが、日々秋の涼しさを感じた。

 もうすぐあれが来る。それまでに動けるようにしよう。

 沢山の人の前で第二王子からクリスを助け出そう。

 そうすれば僕の愛を解ってくれる。


 ジュールは唇を吊り上げた。


「待ってて、クリス」




 ジュールの父、ガブリエル・ギルランドは双子をそれぞれ医療所と矯正施設へ送り、自宅での煩わしさ(・・・・)から解放された。

 だが、子爵へと転落した事によって、他部門との『虹の蜘蛛』の取引で支障が出てきた。

『虹の蜘蛛』と肩を並べるだけの品質を持つ織物は存在しない。それ故、需要はあるままだが、明らかにガブリエルへの客の態度が変わったのだ。


 流言飛語は際限なく大きくなり、真実が埋もれたまま人々に行き渡る。ガブリエルにとっては流言だが、噂の大筋は真実に近い。

 妻と子供たちの手綱を握れなかったばかりか、王家と公爵家に盾を突いたのだ。

 人々の目が冷たくなるのは仕方のない事だった。




 ガブリエルは重い足取りで貴族牢にいる妻の元へ向かう。婚約時代に淋しい思いをさせてしまった償いのつもりで。

 兵士の解錠を待ち、部屋へ入る。必要最小限だが、平民の牢屋に比べれば明るく清潔だ。


「ふふふ」牢屋から聞こえてくるには不釣り合いな、密やかだが明るい笑い声。ガブリエルが目にしたのは、小さなテーブルを挟んで向かい合う二人の貴婦人だった。


「あら、あなた。いらしたのね」随分と落ち着いて微笑むようになったものだ。

 ガブリエルはドロテの笑顔を流し、向かいに座る貴婦人に膝を折る。


「ご機嫌麗しゅう存じます。王妃陛下」


「ごきげんよう。ムーシカ卿。貴方が来ると聞いたので、まいりましたの」クラーワは広げた扇の向こうから微笑む。


「恐れ多いことでございます」ガブリエルはますます頭を下げる。


「貴方達の息子が何処で何をされたか判りましたの。マールム公爵領の高級宿で、何やら怪しげな事をされていたらしいわ」


「⋯⋯怪しげな?」


「幻覚剤を飲まされて、暗示を掛けられたのですって」クラーワは一拍置いて効果的に口を開く。「アルドーを手に掛けて、クリスを救え⋯⋯だそうですわ」


「⋯⋯!!」ガブリエルもドロテも驚愕する。


「そこで、『部門別発表会』に参加させて頂戴。動けるようにしておいて下さいな」


 クラーワの提案に乗れば、第二王子が危険に晒されるではないか。しかも自分の息子は王族殺しの犯罪者になる。


「アルドーの事は気にしないでいいわ。ちゃんと舞台を整えますから」


「しかし⋯⋯」


「ムーシカ卿、これはお願いじゃないの。命令よ。やってくれるわね?」


 ガブリエルはクラーワの笑顔に恐怖を感じた。

 ガンガンと頭の中で脈打つ音が響く。その合間にドロテのすすり泣く声が聞こえた。 

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