47 まがいもの
王都との境界の門を北に馬車で揺られる事二刻、背後から淡い光に照らされた大神殿も秋の装いを纏いつつあった。
大神殿の周りにはぐるりとマグノリアの木々が立ち並び、前庭にはらはらと落葉し始めていた。
二人の男が箒で落ち葉を集めている。老境に入った小柄な男と、背の高い貧相な体躯の中年の男。
「リカルド、それを取ってくれないか」箒を手にもう一人に声を掛ける。
「はい、ラマート子爵」大きな籠を手渡す。
「⋯⋯いつになったらお義父さんて呼ぶんだ、お前さんは」ラマート子爵は憮然とする。
「え、でも」眉を下げて口ごもる。
リカルドの顔は保護された時に比べてかなり顔色も良く、表情も明るい。
「お前さんはダニエレの父親だろう。⋯⋯そういや、私の名前も知らないんじゃないか?」
「えっ、あぁ」
「パウルだ。パウル。そんな事だろうと思ったよ」
ザカザカと手渡された籠に落ち葉を入れる。「そっちを持ってくれ」ラマート子爵パウル・フォンターナは両端についた取手の片方を指さした。
「発電所の前にある堆肥所に持っていかねばならん。そこら中にあるマグノリアの落ち葉を集めるとかやってられんな。よくもまあ、神殿長は今まで一人でやっていたものだよ」
冬を前に『科学』と『エネルギー』から大神殿裏の発電所の点検に来るというので、パウルとリカルドは通路の清掃をしている。
神殿長は自分がやると言っていたが、先代マールム公爵ジュゼッペから逃れるために大神殿に保護されて、何もしないのは申し訳なく思い、リハビリ中のリカルドと手を挙げたのだ。
「神殿長は不思議な人ですよね。時々あらぬ方を見て考え込んでるのが謎です」
「ああ、しかも私が子供の頃に見た姿と変わらん。さて、これを置いたら少し休むか。疲れたんじゃないか?」
「ええ、少し」
保護されてから打撲の治療を行い、その際にリカルドは神殿長の問診を受けた。心身の不調が認められ、薬を新たに処方された。
神殿長によると、長年飲んでいた薬はリカルドに合った物ではなかったらしい。新しい薬を飲み、神殿長と対話し自分と向き合うことで少しずつリカルドに変化が現れた。
また、パウルがジュゼッペの代わりに父親代わりとなることによって、育て直しが行われた。
パウルは同情からリカルドの治療の一助を担った。根気よく、自分の息子の様にリカルドに接した。それによってパウル自身もジュゼッペから受けた心の痛みを解放していった。
「こういう仕事っていいですね。体力が無くてしんどいですけど」
「ああ、そうだな。お前さん、寝てばかりだったからな」
二人並んで箒と籠を持ち前庭に戻る。パウルがふと門扉を見ると、人影が二つ動いた。
訝しみながら大神殿に入ると、そこに神殿長の姿があった。
「誰かいますな」パウルが神殿長に告げる。
「ええ、見えました。貴族では無いようです。⋯⋯イヤーカフを着けていません。来客の予定もありませんし、門扉に触れると痛い思いをするように設定してありますから、問題ございません」
「⋯⋯痛い?」
「はい。ビリっとします」ビリっとって何だ? パウルとリカルドは首をひねる。「点検の人じゃないのか?」
「いいえ、事前にIDカードを渡しておりますので、反応しなければ別の方ですね。応対する必要はございませんよ。ああ、覗いてみてください。ビリっと来たようですよ」
パウルとリカルドは少しだけ扉を開いて見てみると、先程の人影の片方が手を押さえてのた打ち回っている。もう一人が試そうとしたのか門扉に触れようとするが、先に触れた方が怒ってやめさせた。そのうち二人は諦めてその場から立ち去った。
「近隣の方には何百年も前から周知されていますから、他領の方でしょうね」神殿長は淡々と語る。
「他領⋯⋯『内務』か。私たちを追ってるのかも知れん」
点検中だけ外に出るなと神殿長は言う。「大神殿の中は絶対に破られませんから安心です」
何処からそんな自信が出てくるのか解らないが「なんなら外から鍵をかけてくれて良いですよ」と、パウルは答える。これ以上神殿長に迷惑をかけるのは本意でない。
翌日、『科学』と『エネルギー』から保守点検の人員が到着した。
大神殿の門の前で十名が開門を待つ。
ポッドで冷凍睡眠中の神殿長ハルト・カツラギに扮するアンドロイド、通称ダミー君は星船のモニタの前でデータを追った。傍らには年老いた六十一代目の『聖女の人形』が控えている。
「『科学』三名、『エネルギー』五名。不明が二名ですね。IDは持っているようですが、データが一致しませんね。『内務』の貴族の方ですね」
点検の技術者は『貴族籍を持つ者』に限定している。
移住してすぐからだ。時を経る毎に形骸化しているようで、ここ数百年はたまに平民を連れてくる事もあった。
大神殿の裏の広大な発光微生物による発電所は、星船の一部機能と王都の一部の発電を賄う。それ程規模の大きい物である保守点検作業は下位貴族の技術者によって行われるのだ。
日々の点検はダミー君の仕事のうちに入る。ダミー君の指示で数体のメンテナンスロボットが動き回る。年に一度の両部門の点検など殆どやる必要もないのだが、慣例として設けられている。
実際この時点の人間にとって、この広大な発電所は何に使われているのかもよく解っていない。
そんな状態でやって来た彼らの中に、『内務』の人間が紛れ込んでいても不思議はない。イヤーカフが着いていれば貴族と判るだろう位の認識に違いない。
貴族が十歳になると着けられるイヤーカフには生体認証が仕込まれている。星船のデータベースに蓄積され、何時でも参照可能だ。
「六十一、モニタリングお願いします。私は彼らを案内しましょう。神殿内には絶対に入れてはいけませんよ」
ダミー君と人形は頷き合い、情報の共有を開始する。同期を確認し、ダミー君は大神殿内部へ移動した。
途中、パウルとリカルドに作業員の到着を知らせ大神殿から出ないよう呼び掛けた。
大神殿の扉を出ると背後で鍵の締まる音を確認。前庭を通り、門扉へ移動する。
「保守点検作業の方ですね? お二人、予定にない方がいらっしゃいますが」門を開けずに対応する。
「いや、そんな事は⋯⋯」慌てる技術者。「そちらと、そちらの方です。『内務』の方とお見受けしますが」
「なっ」指を差された二人が動揺する。
神殿長は『科学』の技術者に向かい「今日はお引き取り下さい。他部門の方は貴族でもお入りいただけません」と、拒絶する。
「なんだと! 神殿長とはいえ、貴族に意見するなど!」『内務』の一人が門扉に手を伸ばした。
一瞬の躊躇の後、「⋯⋯⋯⋯」何か男は呟き、両手で握った。
「やめろ!」技術者たちは騒然とする。
バン! という音とともに男が吹っ飛ぶ。
「ああああぁぁぁぁ!」
「六十一は容赦ありませんね⋯⋯。最大出力なのでは⋯⋯? ともあれ、お帰り下さい。ああ、その方は置いていって下さいね。治療します」
「馬鹿を言え!」『内務』のもう一人が倒れた男の腕を掴もうとした。
その手の甲を光が掠め、地面に砂埃が立った。
「帰るぞ」技術者が腕を引く。なおも抵抗しようとするが「敵わないんだから諦めろ」と無理やり引き摺っていった。
「何なんだ」『エネルギー』の技術者は理由がわからず困惑している。
「くれぐれも『科学』の方には他部門の方をお連れしないようお話してください。決まりですので」
「ああ。また後日」神殿長の頑なさに肩を竦めながら去って行った。
彼らが去ったのを見届けると、ダミー君は六十一に門を開けるよう命じ、自ら倒れた『内務』の男を肩に担いで大神殿の中に入って行った。
「モクレン。連絡事項だ」
そう言って立ち止まり、空を見つめた。




