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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第五章

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〈幕間5〉 趣味人

 イシャーン・ティワリは今日も楽しく帳簿を見る。

 彼の趣味『帳簿パズル』はまだ十六年という、人生においてさほど長くも無い年月で唯一と言っていい程、楽しくて仕方のない趣味だ。

 以前は古い帳簿を持ち出して来ては、歴史の流れに当て嵌めては悦に入る、という自分の中で完結する趣味だった。


 だが、ある時うっかり引き当てた事象が、イシャーンを王家を巡る『内務』と『芸術』のゴタゴタの渦中に引き摺り込んだ。

 見て見ぬ振りもできたが、何故か三つの要素が全て彼の目の前にあった。

 色々と逡巡しないでもなかったが、恩を売って儲ける口が出来るのでは? と、腹黒い思いが湧いた。




 そんなイシャーンが夏の休暇を前に、非常にワクワクする帳簿に出会った。

『内務』の先代マールム公爵ジュゼッペ・ガルシアが失踪して、行方が杳として知れない。

 イシャーンは関わってしまったからにはちょっと気になって、帳簿パズルのネタの一つとしてページを捲ることにした。


『内務』内はこれといった変化は無かった。

 あるとすれば、マールム公爵邸のタウンハウスへ納入される酒の量が減った事くらいで。


「ああ、すごく呑むって言ってたな」


 イシャーンはエミリオが愚痴を言っていたのを思い出した。これはいいヒントだ。

 もう一度、『内務』の中で酒の受注、納品を眺める。

 ──やはり、ない。


 では、マールム公爵の奥方の実家はどうだ?

 ジュゼッペが武器の製造で『科学』を取り込む際に、アルジャブラ伯爵令嬢だったサラを人質同然で嫁に迎えたという。


 まずはアルゲンテア侯爵家が直接展開する商会の帳簿から始めた。

 先代公爵が頼る(というより、脅す)ならば、アルジャブラ伯爵に直接話が行くだろう。伯爵家が注文するなら大きな商会に違いない。ましてや高い酒をよく呑んでいたならば、高級店に注文するものだろう。




 一発目で大当たりだった。

 イシャーンは自分の思考に間違いが無かった事に喜んだ。が、そこまで難問でも無かった気もする。

 ──まあ、いいか。

 気を取り直して、更に掘り下げる事にした。

 アルジャブラ伯爵家への納品をもう数カ月遡って見てみると、今回酒が増えたと言うよりいきなり発注しだしたという方が正しい。


 不思議に思い、自室から出て酒に詳しそうな人物を探した。丁度居間で寛いでいた父に話を聞く。


「アルジャブラ伯爵領はいっさい酒は呑まない。調味料としても使わん」


 何故かと訊くと、「始祖の時代から宗教的戒律で呑む事を禁じられている」そうだ。ほんの少しでも御法度なのだとか。


「細かい計算とかの邪魔になるんじゃないのか? 知らんけど」


 適当な意見だが、まあ、そういう事なら。と、イシャーンは無理やり納得した。

 父に礼を言い、自室に戻る。


『商務』にも他部門から驚かれるような規律が有るにはあるが、商売を広める上でかなり緩くなったという話も聞く。

 千年近く戒律を守るとは、なんとも辛抱強い。もっともマグノリア王国自体、清貧だのを守り続けているのだから大した変わりはないのかも知れない。

 自分を基準に考えても仕様のない話だ。


 そんな事はどうでもいい。

 これはいっそ自分でアルジャブラ伯爵領に乗り込んでしまおうかな? などと思った。

 休暇一週間前に生徒会役員が其々の予定を話していたが、イシャーンはあえて何処へ行くとは言わなかった。

 まだ居ると判っているわけではないからだ。




 そんな調子でやって来た『科学』アルジャブラ伯爵領。

 夏の休暇に入って三日、あれこれ調整して馬車に乗り込んだ。予定は行き帰りで二週間。

 アルジャブラ伯爵領は『商務』アルゲンテア侯爵領の真北に位置する。街道一本で中央までやって来た。

 白い壁に青い屋根。よく見るとモザイクになっている。王都ともアルゲンテア侯爵領とも違う建築様式だ。通りには白くて長いシャツの民族衣装を着ている者もチラホラ見かける。

 こういう自分の周りにない風情を、肌で感じるのがイシャーンは好きだった。


 さて、まずは自領の直営の商会から訪問。


「イシャーン様、突然どうされました? 査察じゃないですよね?」


 商会のアルジャブラ領支店長が慌てて飛んで来た。何故、嫡男でもないイシャーンが査察に来ると思ったのかは謎だが、自分が案外一門で顔が知れている事に満足した。

 成人すれば自分も商人の一員だ。良い伝手になるだろう。


「査察じゃないですが、帳簿で気になる事がありまして。ああ、何の問題もないですよ。取引先について知りたいだけです」


 一瞬青くなった顔が、安堵でふにゃりと緩んだ。

 ──顔に出過ぎだ。商売でやらかしても知らないぞ。

 少しばかり不安になったが、今はそんな事はどうでもいい。




「『部門別発表会』で題材にしようか悩んでいるんだけど⋯⋯」と、導入を自然にする。まずはこの辺りの商売内容について訊いてみた。

 支店長の舌は大変滑らかで、『科学』からは蓄電機能の付いた灯りや時計などが良く出ているそうだ。逆に『科学』へは、食料品や衣料品など衣食住に関する物が多いという。

 この店舗からは飽くまでも日用品の範囲内での取引に留まるそうだ。


「ああ、それと⋯⋯」支店長は、ぐいと身を乗り出す。

「領主館にどなたか他部門からの訪問客が滞在されているのか、蒸留酒のお買い上げが増えました」


 ──来た!

「いつもは無いのですか?」イシャーンは努めて冷静に質問する。


「こちらのアルジャブラ伯爵領ではお酒を召されないのです。戒律がございますので」


 イシャーンは初めて聞いた風を装って、頷く。


「実は、この件、妙な感じなんです。⋯⋯先程イシャーン様、帳簿が気になるとおっしゃいましたよね?」


 イシャーンの応えを待ち、支店長は続けた。

 領主館からの酒の注文は、過去遡ってもせいぜい数日程度であった。今回はおよそ二ヶ月にも渡っている。さらに納品先が領主館ではなく、別の邸宅なのだという。


 領主館には通常外商として訪問するが、これに関してだけは使用人が注文しに来るという。しかも顔つきがアルジャブラ伯爵領の人間では無いというのだ。似通っているがどことなく違いがある気がする、と。

「微妙な差なんですが、訛りも違う気がします。『財務』か『内務』⋯⋯、いや、『内務』でしょうか? 訛りはどちらも王都寄りですが、身体的特徴が『内務』ですね」支店長は眉間に皺を寄せた。


 イシャーンは支店長の商人らしい観察眼に感服した。

 こうなれば、後は押せ押せで行くしかない。


「良いね。それが知りたくて来ました。使える人員はいますか?」


「すぐに手配致しましょう」支店長は今迄の気弱そうな表情から一変、触れれば切れそうな程の怜悧な空気を纏わせた。「二日程宜しいですか?」


「もう少しじっくり観察しても良いですよ。せっかくだから観光もしたいし」


「承知致しました。目立たぬ宿も手配致しましょう」




 こうしてイシャーンは十日程アルジャブラ伯爵領に滞在し、夏の休暇の出だしが良好である事に満足した。

 子飼いの密偵はアルジャブラ伯爵領の西の端、大神殿近くの邸宅の調査を開始した。酒の発注をに来た者を追い、納品される現場を確認。窓際に立つジュゼッペの姿も目視した。


 報告を受けたイシャーンは支店長と密偵を労い、そのまま馬車に乗って『科学』を南下、行きとは違ってのんびりと途中のいくつかの宿場町で大量にお土産を買い込んで自領に戻った。




 居間にお土産の山を築き、父のアルゲンテア侯爵に不審な目で見られた。

「楽しい旅でした」と言うと「勉強になったか?」と侯爵は片眉を上げた。


「ええ、勿論。楽しいですねえ。商売は」


 ──そう、これだから帳簿を見るのはやめられないんだ。

アルゲンテア侯爵家の紋章は、鼻が長くて耳の大きい動物です。

マグノリア星にいない動物なので、後世に行く程謎が増します。

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