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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第五章

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46 分岐点

「ジュゼッペ氏、『科学』アルジャブラ伯爵領にいると思います」


 イシャーンは事も無げに言った。全員の視線がイシャーンに集まった。

 資料室の最奥の壁から微かに音がした。アルドーは頭を抱えた。


「すまない。護衛だ」苦虫を噛み潰したように言う。「イシャーン、続けて」


「この二ヶ月ばかりアルジャブラ伯爵領内の一番大きな商会で、酒の仕入れが増えたのを見付けましてね。不思議に思って夏の休暇に行ってみたのですよ」


「ああ、君の趣味の帳簿パズルか」


 イシャーンの趣味『帳簿パズル』とは、過去の帳簿や会計記録を見て世の中の出来事に当てはめる、という『商務』に生まれたからこそ出来る遊びだ。


「ええ、その商会ってアルゲンテア侯爵(うち)の直営なんですよ。で、夏の休暇に『商務』の北隣ですし、話を聞きに行ったんです。それで領主館からの注文なのが判りました」


「それが何か問題?」フラッハは首をひねる。


『科学』一門は始祖の代から、戒律でアルコールを飲むことを禁じている。

 商店や露店に酒は売っていないし、買う人もいない。料理用の度数のかなり低い酒を置いてある店もあるが、観光客向けの宿や飲食店で使用するものだ。

 だが、仕入れの商品は楽しむ為の酒だ、とイシャーンは説明した。


「エミリオが言っていたな。かなり呑むと」


「で、まあ。子飼いの密偵に探らせまして。大当たりでした。領主館ではなく、神殿に近い西側の家にいました」


 マグノリア王国の中央に位置する王城を含む王都は、北に発電施設に囲まれた大神殿、東に『商務』、西に『教育』、そして南は『司法』に囲まれている。

 そして王都の北東、大神殿の東には『科学』アルジャブラ伯爵領が広がる。


 ふむふむ、と頷き「殿下ー。もしかしてうちの国の軍隊って役立たずですかー?」その場の全員があえて口に出さなかった言葉を、あっさり言ってのけるペール。


「⋯⋯我が国の軍の戦う相手は、ほぼ害獣だからな」不本意さを滲ませてアルドーは言う。


「武勲を挙げた知将も、害獣が相手ですしね」フラッハも肩を竦めた。




 資料室で膝を突き合わせた五人に、王国軍に対して何とも言えない不信感が湧き上がった。

 そんな状態で話さなければならないのが、これ、というのが余計にアルドーの舌を鈍らる。


「そこで以前にも増してかなり芳しくないし、気分の良くない話をしなければならない」アルドーはそう前置きして話す。「ジュール・ギルランドの話だ。イシャーンは知っているか?」


「噂の範疇でしかわかりません」


「イシャーンの知恵も頼りたいから話すが、いいか?」イシャーンは首肯する。


「ではまず、ジュール・ギルランドは夏の休暇の四日目に、クローステール男爵の邸から馬車で自宅に帰る途中、暴漢に襲われ連れ去られた」


 イシャーンやフラッハ、ペールなどその場にいなかった者に向けて話す。


「軍によると、マールム公爵領の中央にある高級宿に彼は連れ込まれたそうだ。上客用の個室に入れられて、簡単に手が出せなかったらしい」


「さっきのイシャーン君の話通りなら、当然ジュゼッペ氏はいなかった。と?」フラッハが問う。


「そうだ。高級宿というだけあって、プライバシーにはかなり配慮されていたようで、中の様子は策を練って調べたそうだ。内容は聞くには聞いたが、最悪の気分だ。クリスの格好をした女性が、ジュールに何か飲ませながら暗示をかけたようだ。『私を救い出して』『第二王子を手に掛けて』女性はそう言って聞かせたとか」


 そこまで詳細にわかっていて何故、軍は保護しなかったのかと全員が思った。

 アルドーはそれを感じ「救出が困難な構造と、ジュールに騒がれると手間取るから」と、軍の釈明をそのまま伝える。


「そうしているうちにジュールは解放され、コルデラ侯爵領に戻された」


「解放された時、かなり衰弱していたと聞きました。医療所に入れられる程に⋯⋯」


 クリスは組み合わせた両手の指を握りしめ、ぎゅっと目を閉じた。ペールが背中を撫でる。


「ああ、おそらく幻覚剤を使用したのだろう。まだ夢現(ゆめうつつ)の状態だと聞いた。だが、コルデラ侯爵、いや、ムーシカ子爵が迷惑になるから、と言って詳細な検査を固辞しているらしい」


「変な所で遠慮するんですねえ」イシャーンが首を傾げる。


「そして何故ジュールが狙われたのかも昨日解った。マールム公爵家、家令の甥がジュゼッペに進言したそうだよ。私が新たに標的になったのはそのせいだ。彼は二学年のブルーノ・モレッティ。学園での私とクリス、ジュールの事をよく見ていたようだ。」


「甥、という事は、家令は嘘を言っていた訳だ。裏取りしなかったんですかね、軍は」フラッハが溜息をつく。


「⋯⋯イシャーンとエミリオの話で私は悩みが増えたよ。⋯⋯軍の手をすり抜けて、クリスを襲うかも知れない。と」


「いいえ! 今のお話でしたら、わたくしよりアルドー様の方が危険です! てっ、手に掛けるだなんて。ムーシカ卿にお話ししなければ!」クリスは立ち上がる。


「落ち着いて。クリス。まだジュールは体力的にも回復していない。時間的余裕がある。回復するまでに体勢を整えれば良い。ペール、それまで頼んだよ」


「はい! フォンターナ様の時のような失態は晒しません。もっと頭を使います。でも、『部門別発表会』の準備の時間割はご一緒できません」


「うん、そこはね、言って聞かせるよ。彼らに。クローステール男爵家の庭でも暴漢が入り込んだ。あんなヘマをするようなら、私は正気でいられないね。ふふ」


 そこにいる全員が見てはいけないものを見た気がした。口から紡がれた言葉と正反対の、 果てしなく輝く笑顔。




 少し前、緊張感に満ちた生徒会室から出たエミリオとフリアは、迎えの馬車が来る時間までゆったりと並んで停車場に向かった。

 心地よい風がフリアの髪をすり抜けていく。エミリオを見上げると、風に遊ばれた前髪を気にして手で邪魔そうに梳いていた。


「『内務』は『部門別発表会』で何を出すんですか?」


『部門別発表会』は二学年の生徒がメインで行う。エミリオは主家の嫡子であるから中心に立ち、牽引する立場にある。


「いつもと同じかな。前年度に決めた政策目標の結果と、来年度の目標をパネルにして展示するだけだよ。見栄えのする仕事じゃないからね⋯⋯。『内務』一門は祖父のやってきた事を知っているから、僕へ風当たりが強い。纏められるかどうか⋯⋯」


 フリアの問いに眉を下げ、肩を竦めるようにしてエミリオが話し出す。


「そういう『医療』はどうなの? フィールドワークの結果とか出すの?」


「はい。まだまだ始めたばかりですけれど、少しずつ分析の結果が出て来ているんですよ」


 二学年の生徒が中心とは言え、フリアは『医療』バストン侯爵の担い手だ。今、活気に満ちた『医療』を取り纏めるのは自然とフリアの役割となっている。


「そうか。楽しみだな。⋯⋯僕は祖父の裁きが済んだら、きっと父は公爵家の持つ男爵位になるか、平民になって地方の役所で働く事になるだろう。だから今、中心に立っているのが辛い。誰かにお願いしたくても、みんながそれを許してくれないんだ」


「ガルシア先輩が平民に⋯⋯?」


 停車場に着き、自分たちの家の馬車がまだ来ていない事を確認した二人は、車寄せの側のベンチに並んで座る。


「父は宰相職を解かれるだろう。祖父を止められなかったから。どうせならうんと遠い所がいいな。みんなに会わないで済む」


「そっ、そんな事を言わないで下さい。あっ、あの、なんでしたら、『医療』に来ませんか? フィールドワークの整理とかっ」


 フリアは何とかエミリオが元気にならないかと必死に訴える。薬草の知識など無いだろうエミリオを、誘っている事にも気付いていない。


「くくっ。何でロペス嬢がそんなに必死なの? でも、ありがとう。そういうのも面白そうだな。あー、ごめんな。泣き事言って」


「⋯⋯」フリアは眉を下げエミリオの横顔を見上げた。


「でも、そんな道もあるのか⋯⋯」


 赤く染まりだした空を見つめるエミリオの顔は、どこか吹っ切れたようだった。 

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