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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第五章

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45 おなじだけ

 生徒会室から走り去っていくクリスを、アルドーはただ呆然と見送った。

 のろのろと足を動かし、ソファに腰を下ろす。まだ役員たちは誰もおらず、秋口の少し乾いた空気だけがアルドーの周りに漂っている。


 もう少し他に言いようがあったのに、どうしてあんな風に言ってしまったのだろう。素直に口に出せば伝わるのだろうが、理屈が先になってしまう。

 ジュールの事もあれが最善だと思っていた。誘拐されたのなら首謀者と居場所を特定するのが先で、保護はそれからでも充分だ、と。

 目の前で拐われた訳でも、部隊の指揮権が自分にあった訳でも無い。


「責任転嫁は駄目だな⋯⋯」ボソリと呟く。




「クリス様が走って行かれましたけれど⋯⋯」


 ドアが開き、セーレナがツカツカとアルドーに歩み寄って来た。「何があったんですか?」扇でピシャリとアルドーの肩を叩く。

 アルドーは顔を上げ、虚ろな目をセーレナに向けた。


「価値観の違い⋯⋯なのかな?」先程のやり取りを話す。


「捜索する上で軍が取った行動は仕方が無いと思いますわ。貴方も王族ならそうするでしょう? 多分私もそうしますわ。ただクリス様にとっては嫌いでもお身内ですしね。助けたかった気持ちが沸くかも知れませんわね」


「もう戻ってこないかも知れない」


「⋯⋯不甲斐ないですわね。これを埋められないとしたら、生涯を共にする相手では無かったという事ですわ。それが嫌なら埋める努力をなさいませ」


「⋯⋯そうだね」膝を抱え頭を埋めるアルドー。


「ところで、ギルランド様はどこに連れて行かれたんですの?」再びセーレナに肩を扇で叩かれた。


「ああ、あまり気分の良いものじゃないが⋯⋯。実は⋯⋯」


 アルドーはセーレナに軍から受けた報告内容を話す。セーレナの顔から表情が抜けていく。


「⋯⋯そうですか。それなら尚更、クリス様とお話し合いになった方が宜しいわ」


「ああ、必ず。⋯⋯失いたくないから」




 アルドーはソファから身を起こし、机に移動する。

 その時、エミリオが沈痛な面持ちでドアを開けて入室した。


「あの、殿下。『部門別発表会』の科目の時に気になる事があって⋯⋯」口籠りながらも話す。

 アルドーが促すとエミリオは語りだした。




「ねえ、坊っちゃん。何、うつつを抜かしてるんですか?」


 エミリオは一門の生徒たちに囲まれた。


「生徒会にどっぷり嵌って、すっかり第二王子の子飼いじゃないか」

「ラマート子爵家はことごとく失敗して」

「尻拭いさせられて迷惑」

「そもそも先代を何とかしろよ」


 生徒たちは口々にエミリオを詰る。

 一人の男子学生が進み出て、前屈みにエミリオを覗き込む。釣り上がった眉、細い眼鏡の奥には抜け目無い瞳。口元は薄笑いを浮かべている。


「ブルーノ・モレッティ」エミリオが呟く。


「おや、よく私の名前が解りましたね」


 フォルフェクス男爵モレッティ家の嫡男。マールム公爵家の家令の実家だ。幼い頃からダニエレより余程会う機会が多かった。


「ダニエレ・フォンターナの一件で貴方に自由がなくなったのはわかるんですが、こっちはいい迷惑ですよ。酒のせいか老人のせいなのか、大旦那様は最近言う事が支離滅裂で。まあ、最近はいいおもちゃを手に入れた様で、そっちに興味が向いてますがね」


「なっ、どういう事だ? 僕はあれ以来、学園以外に出る事を許されていない。情報が遮断されてる。⋯⋯祖父の理由のわからなさは、僕も気付いていたが」エミリオは唇を噛み締めた。


「貴方がアンバーブロウ嬢を取り込めないでいる間に、大旦那様に注進したのですよ。あの娘を何とかしたいなら『芸術』の主家の息子を使うといいってね」


「⋯⋯!」


「それと、第二王子はあの娘が気に入っているようですよって」


 ブルーノは口の端を吊り上げて笑った。周りの生徒たちも同様だった。




 アルドーとセーレナに緊張が走る。

「話してくれてありがとう。あとはこちらに任せなさい」

 アルドーの言葉に、エミリオは弱く頷いた。




 次の日の生徒会室は、発足当時の緊張感が戻ってきたかのように、暗く重い空気で満たされていた。

 誰もが言葉を発せず黙々と作業を進めた。

 セーレナは終始取り澄ました面持ちでいたが、エミリオ・フリア・イシャーンの三人は時折チラチラとアルドーとクリスの様子を盗み見ていた。

『お披露目』以降手伝いは終了したはずのフラッハがソファに居座り、何故か新聞を顔に乗せて寝ている。ペールはその横で大人しく本を読んでいた。


 いつもより早く作業が終わった彼らは次々と挨拶をして帰宅していった。

 セーレナも立ち上がり、アルドーに目配せしてから「ごきげんよう」と優雅に部屋を出ていった。


 そして、沈黙。


「クリス、フラッハ、資料室に来てくれないか」アルドーは意を決して口を開く。

 アルドーは資料室扉を開き、二人を待つ。


 フラッハは立ち上がり、クリスを促して資料室へ入って行った。

「私はここにいますから、二人は奥でどうぞ」扉のすぐ前でフラッハは立ち止まり、アルドーとクリスの背中を押した。

 アルドーは振り返り、フラッハに小さく右手を挙げた。




 アルドーは書架の奥から椅子を二脚取り出し、クリスを座らせた。無言のままクリスは腰を下ろし、俯く。


「昨日はすまなかった」

「昨日は申し訳ございませんでした」


 二人同時に声を発する。顔を合わせ苦笑した。


「アルドー様は何も悪い事なんてないんです。わたくしに覚悟が無かっただけで」


「いいや、私の言葉も足りていなかった」


 クリスがアルドーの左手を握る。微かに震えているのをアルドーは感じた。


「本当は軍がした事は理解してたんです。ただ、理屈ではなく感情が追いつかなくて。でも、フェン様とお父様に色々教えていただきました。国王陛下の命令だとか、指揮権がアルドー様にないとか⋯⋯」


「それで⋯⋯?」アルドーは左手を裏返し、クリスの差し出された手を握り返す。


「あ、貴方がわたくしを思ってブジェフに来てくださったのも聞きました。わたくしが状況を理解していなかったんです。行けば危険なのを。ごめんなさい」


「君は気が強いかと思えば、案外そうでもないね」クリスの頬に伝う涙を指で掬う。「私は言い訳する事と、直接的に言葉を発する事は良くないと教えられて育った。そのせいで君に誤解を与えてしまった。これからは君にはきちんと話すよ」


「はい」


「今、言うよ?」クリスの顔を覗き込む。慌てるクリスが可愛い。


「君を失いたくない。だから護らせて。私の持つすべてをかける。⋯⋯でも、王族の考えが合わないならば無理をしないで欲しい。矛盾しているけれど」


 クリスはしばらく無言で目を伏せた。


「護られているだけなのは嫌です。わたくしは同じだけ返したい。⋯⋯出来ることなら」


 クリスは立ち上がり、左手をアルドーの耳元に伸ばした。アルドーの耳元にかかる髪をさらりと梳き、アルドーの右耳に顔を寄せ呟いた。


「貴方をお慕いしております。ずっと一緒にいさせてください」


 いつもアルドーがしているような、ふわりと軽い口づけが頬に落とされた。

 アルドーは驚きのあまり動けない。


「いつもアルドー様からだから、いつか、わたくしからも。って思ってました。ふふ」


 愛おしさに拍車がかかる。誰にも渡さない、と心が叫ぶ。

 アルドーはクリスの身体を引き寄せ、膝の上に横抱きにしてクリスを乗せた。そのまま抱きしめ、「君に話さなければならない事がある。前にも増して君の身が危険だ」クリスに告げる。




「フラッハ、ペールを呼んでくれないか」扉の近くのフラッハに声を掛ける。

 扉が開くと共にフラッハのペールを呼ぶ声がした。アルドーは膝からクリスを降ろし、書架を動かして椅子を二脚用意した。


「あのー、僕もいいですか?」書架の向こうからイシャーンが顔を出した。「みんなが帰ったら殿下に話したい事があったんで、待ってたんですよ。三人でここに入っちゃうから、大事な話かと思って僕も混ぜてもらおうとしたんですけど、ペール嬢に止められまして」


「邪魔しちゃ駄目だったんですよー。だからカードで遊んで待ってました」胸を張ってペールが言う。


「いやあ、ペール嬢はカード強いですね」


「体力オバケかと思われがちだけど、実は結構戦略家なんだよ」


 フラッハが肩を竦めながら言う。それからアルドーに向き直る。


「殿下ー、いくら将来貴方がたの家令になるからって、こういうのもうやめてくださいよねー。こっちが照れちゃいますよー」


 ボンッ、とクリスの顔が赤くなった。可愛い。いや、そうじゃなくて。

 椅子をもう一脚増やし、全員が座るのを見届け、アルドーは口を開く。


「イシャーン、君の話はなんだい?」


 緩くオールバックに流した黒髪に指を通してから、人好きする笑顔の前に人さし指を立てて言った。


「ジュゼッペ氏、『科学』アルジャブラ伯爵領にいると思います」

アルドーにとことん厳しいセーレナ。

美味しいところを持っていくイシャーン。

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