05 どうせなら一緒に来て欲しい
「クリス・アンバーブロウ嬢はいるかな?」
きゃあきゃあと騒がしい女子生徒のざわめきと共に、アルドー第二王子が現れた。その場にいる生徒が王族に対する礼を取るが、ジュールがクリスの髪を掴んだままでいる様を見て取り、アルドーは普段は出さない靴音を響かせて素早く迫った。
「な、何だ?」
「皆は礼を解きなさい。ここは学園で私はただの生徒だからね。それと、君、手を離しなさい。女性の髪を掴むなど許しがたい行為だが、いったい何があったんだい?」
ギリ、とジュールの腕を掴み、髪を掴んだ指を一本一本剥がしていく。その度に髪への圧力が薄れ、クリスは拘束を解かれていった。すべての指が髪から外された途端、力の抜けた身体がぐらりと傾いだ。アルドーは咄嗟にジュールの腕を掴んだままクリスに手を伸ばしたが、それより早く成り行きを見守っていたマイヤが受け止めた。
クリスが感謝の目を向けるとマイヤは少し不安気な目をしながら微笑み、胸元のポケットから出した櫛で乱れた髪を梳いていった。
わなわなと震えるジュールの脇からフィンが歩み出た。
「リーブラ公爵が嫡男、フィン・リヒターがご挨拶申しあげます。発言をお許しください。彼はアンバーブロウ嬢が試験で不正を働いたと告発したのです」
「ごきげんよう。堅苦しい挨拶はなしでいいよ。告発とは穏やかではないが、そもそも暴力を振るっていた時点で穏やかとはほど遠いね、ギルランド君」
「クリスが上位クラスなど何か間違っているのではないでしょうか! 自分より上などおかしいではないですか」
王族の優美な佇まいのアルドーと、清廉な空気を身に纏うフィンに対して、大声で喚く上位貴族らしからぬジュールの態度に、教室に残っていた生徒全員が眉をひそめた。
ジュールの粗野な行為は、『芸術』の嫡男としてあり得ない。クリスは教室の非難を込めた空気をひしひしと感じ、身が縮む思いだ。
「自分の不勉強を棚に上げて他人を貶めるのはどうかな。私は彼女の答案を見せてもらったが、とてもよく勉強して問題を解いているように見えたよ。文字も読みやすく美しかった」
「どうして王子殿下がこんな奴の答案を見たんですか?」
「アンバーブロウ嬢の試験の結果が良かったのでね、教師が生徒会役員に推薦してきたのだよ。生徒会長の私にね。納得がいったかい?」
噛みつかんばかりに言い募るジュールに、アルドーは丁寧に言い聞かせた。
クリスは試験の結果を褒められるのは嬉しいが、生徒会役員になれというのは正直困る。これ以上双子にあれこれ言われたくないと思う。
ジュールはいつまでもグジグジと言い返そうとしていたが、アルドーの方は話を切り上げたい様子でジュールに冷ややかな目を送る。
「先日も彼女に難癖をつけていたが、有りもしない事を言うのはやめたまえ。学園と私、もちろんアンバーブロウ嬢への侮辱だと自覚しなさい。これからも事を荒立てようとするのなら、どうなるかわかるね?」
「それはっ! 大変失礼致しました。これで下がらせていただきます」
憮然とした表情を浮かべながら深く膝を折りジュールは立ち去ろうとしたが、流れを見てマイヤが口を挟んだ。
「お待ちになって。クリス様の事が好きなら、もっとスマートに事を運ぶべきですわ」
「なっ! 失礼します!」
ジュールはドカドカと机にぶつかりながら逃げるように走り出す。
うっかりその場に居合わせたクラスメイトたちは、「あー、そういう事?」と顔を見合わせながら囁き合う。マイヤの機転でクラスメイトの疑惑の目を少し逸らす事が出来たが、それはそれで気まずい。
双子に時間差で嫌がらせを受けたクリスは、明日からこのクラスでどんな顔で授業を受ければいいのかと頭を抱えた。そんな様子をフィンが気遣わしげに見ている事に気付く。
「リヒター様、有難うございました」
「不正が行われているのだとしたら大変な事なので。⋯⋯いや、どちらに非があるかは一目瞭然ですが」
『司法』という責を早くも自覚しているフィンにクリスが感心していると、同じ様に思ったのであろうアルドーが破顔し声を掛ける。
「実は君にも生徒会役員をお願いしたいのだが、リヒター君。その高潔な心を生徒会で活かしてみないか?」
「⋯⋯申し訳ございません、殿下。『司法』には覚える事が沢山ございます。学生のうちに少しでも多く学習したく存じます」
「なるほど。素晴らしい心構えだ。君の努力の邪魔はできないね。たまに助言を求める事くらいはいいかな?」
真摯に言葉を紡ぐアルドーにフィンは心苦しさと嬉しさをないまぜにして、つい、と眼鏡をあげてから膝を折った。
「勿体なきお言葉です。僕で宜しければ」
「ありがとう」
フィンはアルドーとクリスに軽く頭を下げ、その場を去って行った。それを見送ったアルドーは、クリスに心配げな表情を向けた。
「大丈夫かい? こんな時にちょっと憚れるが、生徒会役員になって欲しいんだ。それと先日のブローチの話を。カフェテリアに一緒に来てもらえるかな?」
流れる様な所作で右手を掬い取られ、驚くクリス。まるで意に介さない様子で、アルドーはそのままエスコートする形で歩き出した。
女子生徒の視線を一身に浴びて、ますます身の置きどころなさを感じた。
教室から連れ出されていくクリスに、マイヤが慌てて机の上の鞄を手渡した。何から何まで気遣ってくれる幼馴染の存在がとても嬉しかった。
「ありがとう、マイヤ。明日ゆっくりお話しましょう」
「ええ、クリス。ごきげんよう」
見送るマイヤはこめかみを押さえながらため息を漏らす。
「前途多難ね⋯⋯」




