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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第四章

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37 可不可

「ジュゼッペ氏は、マールム公爵邸から姿を消しました」


 王城からの使者の言葉に、生徒会室にいる全員が驚愕した。使者はその後、役員それぞれに今後の予定を告げた。


 ダニエレは自宅へ護送された後、軍の監視下に入る。

 エミリオはマールム公爵のタウンハウスで公爵、夫人の三人の聴取。同時に使用人の聞き取りも行う。

 アルドー、セーレナはこれから王城で聞き取り。その他の役員は、明日同様に行われる。


 兵士に促されダニエレは静かに退室した。

 エミリオはフリアとペールの怪我を心配し謝罪した後、もう一人の兵士と共にマールム公爵邸へと帰っていった。


 クリスはダニエレに横薙ぎにされて、机に打ち付けられたペールが心配だった。かなり顔を歪めていたのを覚えている。明るく振る舞っているが、体重差を考えれば相当痛かったのではないだろうか。


 ペールは「ガルシア先輩が何だか泣きそうだったから⋯⋯」と痛いのを我慢していたらしい。フリアが進み出て、医療室へペールの手を引いて行った。

 まだ成人前とは言え、『医療』の主家の嫡女であるフリアがいれば安心だ。医療室の医師も『医療』一門の一人だ。ぞんざいに治療する事もないだろう。


 アルドーとセーレナは使者と王城へ向かい、イシャーンとクリスは帰宅の途についた。

 アルドーが去り際に「クリス、先程は封筒をありがとう」と、わざわざ礼を言った。そんな些細な事に礼を言わなくても⋯⋯、と思ったがその優しい気遣いが嬉しくもあった。




 次の日の放課後、クリスの上位クラスに「いつもの先輩」はやって来なかった。

 クラスメイトは残念に思ったが、昨日の騒ぎで何かあったのだろうと推測した。

 名物の男子生徒は『内務』のマールム公爵の嫡子で、フリアに無体を働いたのがその従弟である事を全員が知っていたからだ。


「残念ね、アンバーブロウ様」と、口々に上位貴族の子女たちがからかいに来た。

「皆様に話題を提供出来なくて残念に思いますわ」とクリスは躱して、フリアとペール三人で生徒会室へ移動した。


 生徒会室にはイシャーン一人が机で会計作業をしているのみで、アルドーとセーレナの姿はなかった。アルドーの代わりにフラッハが生徒会長席に座っていた。


「やあ、ごきげんよう、御三方。殿下とラティオ嬢は王城で聞き取りを受けてるから、今日はお休み。私が代わりに鍵を開けに来たんだ」


「兄上ー。開けるだけなのに、何でそこに座ってるんですかー?」ペールが机に走り寄って、兄の頬をグリグリと突く。


「こんな時しか出来ないじゃないか」鬱陶しそうに手首を掴み、ペールの頬にそのまま押し付けた。


「この件はマグノリア王国正規軍の諜報部が動いてるんだ。それで君たちも今から移動して欲しい」


 その一言で学園の裏口に停められた馬車で、軍庁舎へ向かう事となった。




 軍庁舎は王城の主城門の外にあり、王城よりは小ぶりだが充分に堅牢な造りだ。

 建物の真ん中に訓練場があり、兵士たちが剣や銃で非常時に対応すべく腕を磨いている。

 五人はフラッハを先頭にブリーフィングルームへ急いだ。まずは全員から一連の流れの聞き取りがあるらしい。その後は1人ずつ聴取が行われる。


 こんな形で王城に足を踏み入れるのは残念だが、クリスは母の身を案じればこそ、事件の解明に協力したいと思った。

 初めての軍庁舎にペールなどは辺りを興味深そうに視線を彷徨わせ、イシャーンは値踏みするように設備を見ている。

 クリスも窓に嵌められた耐火・耐衝撃ガラスに興味を奪われ、どことなく気もそぞろだ。

 そんな中、フリア一人が沈痛な面持ちで最後尾を歩いていた。


 ブリーフィングルームに通され、生徒会発足から昨日までの出来事を順を追って話し合う。一人が話し、誰かが補完する。そんな具合で行われた。

 その後、一人ひとりに兵士が割り当てられ個別の聴取となった。


 クリスにはあまり威圧感のない男性兵士が担当になった。


「クリス・アンバーブロウ? キアラ・フォンターナの娘か?」


 柔らかい調子で問われたが、クリスに緊張が走る。「はい」と、探るように答えた。


「若い頃の彼女によく似ている。可愛い才女で一部で有名だったよ。まさか、ノア・アンバーブロウと結婚するとはなぁ。みんな驚いたよ、婚約が公表された時は」


「学園の頃をご存知なのですか?」


「ああ、私の方が年下だが。しかし、厄介な事に巻き込まれて大変だったね」


 こんな場所で学園時代を知る人物に会えるとは、クリスは思っていなかった。色々聞いてみたいが、今は我慢しなければと、自分を律する。


「お気遣いありがとう存じます。わたくしは、学園でガルシア様と出会うまで、母が誰に、何故連れ去られたのか存じませんでした。先程の皆様とのお話以上の事は知りません。わたくしもガルシア様も、ミニュスクール公爵令嬢がなさった、わたくしの身辺調査であらましを知ったのです」


「身辺調査?」


「アルドー第二王子殿下とミニュスクール公爵令嬢が生徒会長、副会長を務められますので、候補に挙がった生徒が調査されるのは当然かと存じます」


 ふむ。と、兵士は頷いた。それから幾つか質問をされ、出来る限りの応答をした。


「わかった。ありがとう。聞き取りはお終いです」


「あの、一つだけよろしいですか?」クリスはどうしても聞きたい。「母は今、どうしているかご存知でしょうか」


「今朝、王城で元気な姿を見たよ」なんてことはない、そんな調子で兵士は言った。

 だが、クリスはそれだけで嬉しくて、溢れる涙をこらえる事が出来なかった。


「良かった。お母様」


 聞き取りを終えたフリアがクリスに駆け寄った。クリスを労わるように、背中を撫でる。クリスが顔を上げると、何故かフリアの顔に乾いた涙の跡がある。


「フリア様、どうしたの? お顔が⋯⋯」


「あっ、昨日の事を思い出していたら、悲しくなってしまって。ガルシア先輩もフォンターナ様も、お二人ともしたくてしている訳でもないのにって」


「優しいのね」自分が狙われたと言うのに、クリスは思った。クリスはフリアを抱きしめる。

「クリス様は?」フリアもそれに返す。


「お母様がお元気でなんですって」


「良い知らせね」さらにぎゅっと力が込められた。


「さ、君たち。他の子も終わったようだ。送りますよ」




 明くる日、生徒会には役員全員が集まった。

 それぞれの席につき、中央の生徒会長席から全員にアルドーが言葉を発する。


「みんな、聴取お疲れ様。これからの捜査は諜報部が行う。古代機械を持っていた事で、大義名分を得たという事だ。ジュゼッペ氏はおそらく領地に潜伏している。家令がそう話しているとか。そうだな? エミリオ」


 エミリオは頷く。


 続いてアルドーは、現在の状況を説明した。

 ジュゼッペの捜索は公表しない。彼の処遇が決まるまで、マールム公爵家は当面現状維持。

 ダニエレは軍の訓練校への転校を希望している。ラマート子爵は身の安全を考えて、大神殿預かりとなった。

 万が一の事態を想定して、クリスの護衛は継続。


「私たちにはこれ以上出来る事はない。もちろん、何か情報が上れば教えて欲しい。だが、まずは学生の本分を尽くそう。では、ここ数日でたまった仕事をしよう」


 アルドーとセーレナが陳情書や依頼書などに目を通し、イシャーンは帳簿の計算を始めた。

 エミリオとフリアは戦闘訓練サークルの要望書の最終確認作業。クリスは書類の清書に手を付けた。


 フリアがとても嬉しそうな顔をしているのがクリスの目に映る。エミリオの顔も穏やかだ。

 なんだかちょっと心が温まる。


 アルドーに目を向けると、こちらに気づき手招きされた。


「リカルド氏も大神殿に移送になった。あちらで治療してくれるそうだ。ラマート子爵が様子をみてくれる。子爵はリカルド氏の病気は知っていたようだ。今までマダム・キアラに看病をお願いしていたが、彼女もあまりいい気持ちではなかったろうから」


「⋯⋯」


「また母上の書記官に戻ったんだ。大丈夫」アルドーが、そっと右手に触れる。

「ありがとうございます」ほんのひととき、アルドーの手の甲に左手を添える。

 礼をして作業の続きに戻った。


 再び母に会えるのは何時になるのだろう。寂寥感に苛まれる。

 母の姿を思い浮かべ、ふと思い立つ。


 ──まだお父様がお作りになったグラスホルダーを持っていらっしゃるのかしら?


 連れ去られた後、キアラの眼鏡は残されていなかった。きっとグラスホルダーも首にかけていたに違いない。

 だが、あれから七年。もう壊れているかも知れない。ノアの許可を得て作ってみてはどうだろう?


 目標が出来た。クリスはもう止まらない。 

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