36 ディスインテグレーション
「っやっ。あのっ、フォンターナさまっ」
放課後、突然フリアは前に立ちはだかった背の高い男に、腕を掴まれた。
見上げたその先にある顔は、エミリオの従弟ダニエレ・フォンターナのものだ。
理由もわからずただグイグイと腕を掴まれ、教室から出ようとするダニエレに引き摺られるフリア。
離れた所からペールが走り寄り止めようとするが力の差は歴然で、咄嗟に振るわれたダニエレの腕に吹っ飛ばされた。ガラガラと机に当たり、ペールは苦痛に顔を歪める。
教室内は騒然となり、場を収めようと一歩クリスが踏み出した所で、いつもの彼がやって来た。
「ダニエレ! 何をしている! フリアから手を離せ!」
ダニエレ・フォンターナは正直なところラマート子爵家を継いで小役人になるより、軍に所属して害獣退治がしたいと思っていた。
ダニエレは剣技を得意とし、得物は大剣である。彼は勉強はそこそこに出来たがあまり身が入らず、家庭環境からして荒んでいたので体を動かすほうが好きだった。
建国祭の次の日の夜、マールム公爵家からラマート子爵邸に使いの者がやって来た。祖父のラマート子爵が応対していたが、どうやら父リカルドが医療施設に入ったらしい。
だが、どの医療施設に入ったか解らないので、知らないかと言う事だった。
祖父は関わり合いたくないのか、使いに知らないの一点張りで通した。使いはダニエレに「学園で何か見聞きしたら知らせるように」と言って帰っていった。
それから二週間ばかり過ぎたが一向に情報はなく、ダニエレはどうしたものかと思っていた。無視を決め込んでもいいが、先代公爵が祖父に何かしたらと思うと気持ちが落ち着かない。
アスレチックフィールドの剣技場で大剣を振るっていたが、どうにも気になる。進展を聞くには従兄が一番だろうと思い立った。
そんな所にエミリオとフリアが、サークルの要望書の件で聞き取りに来た。
走り寄ったダニエレを笑顔で迎えるエミリオ。笑顔を向けられたのは初めてだ。しかもダニエレの名前を呼ぶとは思いもしなかった。
隣にいるフリアにも態度が柔らかい。エミリオの変わりように驚かされた。
サークルの代表との確認作業が終わるのを待ち、ダニエレはもう一度エミリオに話しかけた。
「父の行方を知りませんか?」と聞いてみたが、エミリオは「知らない」と言う。
あまりに素っ気ないので先代の使いが家に来た事を話したが、「医療施設に入ったのを聞いた」とだけ返ってきた。
ダニエレはあまり人の気持ちを察するのは得意な方ではないが、何となく引っかかりを感じた。
それからさらに十日程経ち、先代マールム公爵ジュゼッペがラマート子爵家に現れた。
ジュゼッペは酒を要求し、居間のソファにドカリと腰を下ろした。
「リカルドの行方がわからん。手を尽くしたが見つからん。お前たち知らんか?」
「いえ、存じません」ラマート子爵はそう答えた。ダニエレも首肯する。
「まあ、いい。『医療』のやつらが絡んでるかも知れん。不満があるとか言っていたが、最近『医療』はどうも王家におもねってるようでな。しかも大神殿と手を組みやがった。大神殿に手を出されては勝ち目がない」
「⋯⋯どういう事です?」ラマート子爵が訝しみながら問う。
「『科学』などより余程強力な武器を持っておる。リカルドが大神殿にいたら取り返せんわ」
ふんっ、と鼻息荒く酒を要求する。家令が恭しく酒を注ぐと満足気に頷いた。
「そこでだ。ダニエレ。同じ歳の娘がおるだろう? 『医療』の。それをここに連れてこい。エミリオには他のことをさせているのでな」
そう言って、紙片をはらりと床に落とす。ダニエレは愕然として紙片を見つめる。
「お待ち下さい。後生です! ダニエレはまだ十五歳なんです!」
ラマート子爵が縋り付くも、ソファに立て掛けておいた杖で横殴る。
「ええい、五月蝿い! お前の娘の医療費をどれだけ出してやったと思ってる! 娘が死んだなら、孫で返せ!」
「せ、先代様、承知しました」ダニエレは硬直した身体を無理矢理動かし、落ちた紙を拾った。
「それでいい。お前の祖父が大事なら必ずやり遂げろ。それからこれを必ず身に着けておれ。お前の声が聴ける古代機械だ。裏切ればすぐわかる」
ソファテーブルに鉱石の嵌め込まれたネクタイピンを置き、酒をあおってからジュゼッペは出て行った。ダニエレはラマート子爵に駆け寄り、助け起こす。
「いつまでこんな事が続くんだ⋯⋯」
ラマート子爵の呟きが部屋に弱々しく漂った。
ダニエレはほとんど眠れないまま夜を明かし、学園へと向った。
だが、「タイミングが掴めない」と自分に言い訳しながら、ずるずると三日過ごした。
授業は全く頭に入らず、それどころか他人の声も耳に入って来ない状態だった。
流石に祖父の身を思うとやらねばならないと決意し、放課後を待つ。刻一刻と授業の終わりが近づき、いよいよ実行の時を迎えた。
重い身体を動かし、隣の上位クラスへ足を運ぶ。ドアの向こうに並ぶ机の波の中に、彼女はいた。
『医療』バストン侯爵令嬢 フリア・ロペス。
だが、彼女の周りには数人のクラスメイトがいた。クリス・アンバーブロウ、マイヤ・ラグナ、そしてペール・フェン。クリスを中心に談笑していた。
「ロ、ロペス嬢。サークルの事で話が⋯⋯」ダニエレは意を決して話しかける。
フリアは首を傾げ「何でしょう?」と、ダニエレに顔を向けた。
「ちょっと、いいかな」と、フリアの腕を掴み、ぐいと引っ張った。
「っやっ。あのっ、フォンターナさまっ」フリアが体勢を崩してよろけた瞬間、ペールが走り寄りダニエレの力のこもった腕を受け吹っ飛ぶ。
「ダニエレ! 何をしている! フリアから手を離せ!」エミリオの声がした。
エミリオとペールがダニエレを取り押さえようと三人で揉み合っていると、「コトン」と何かが転げ落ちた。
ペールがそれを拾うと、気付いたダニエレは「それは!」と手を伸ばす。ペールは「あー、もしかして?」と言うなり、床に置いて靴の踵で踏み抜いた。ネクタイピンの台座から鉱石が外れた。
「何があったんだい?」
エミリオとペールに両手を掴まれ、生徒会室に連れてこられたダニエレ。真っ先に口を開いたのは、生徒会長であるアルドーだった。
「あ、あのっ。先代様が⋯⋯」
一瞬にして生徒会室に緊張が走る。エミリオはその手に力を込め「いっ」ダニエレが呻いた。
「二人とも離しておやり」アルドーはゆったりと話しかける。
ダニエレを睨みつつ、エミリオは手を離した。
「これを」ポケットの中の紙片をアルドーに差し出す。横からつい、と護衛の黒い男が現れそれを手に取った。ただの紙である事を確認してアルドーの机の上に置く。
「これは、地図?」
「先代様が、ロペス嬢を連れてこいと。⋯⋯『医療』が王家におもねったからって」
「ん? 最初から話してごらん?」
ダニエレはジュゼッペがリカルドの行方に『医療』を疑っている。最近王家におもねり、大神殿と繋がった事に危機感を覚えている。
『医療』を脅そうとしているのか、フリアをその地図の場所に連れてこいと命令された。と、話した。
「やらなければ、祖父の身に危険があるかも知れないんです」
「なるほどね」アルドーは黒い男を手招きし小声で話す。地図を指差し頷いた。
男は紙片を手に生徒会室から音もなく立ち去り、部屋は静寂に包まれた。
「殿下ー、こんなの持ってましたー。壊しちゃいましたけど」ペールがネクタイピンと外れた鉱石を机に置いた。
「これは?」アルドーは台座の中央を食い入るように見る。エミリオまでそれに加わり、二人で頷きあっている。
「昨夜、先代様から渡されました。⋯⋯俺の声が聴こえるそうです」
「へえ」アルドー顔に笑みが広がる。いつもとは違う冷たく暗い微笑。
アルドーは立ち上がり、ダニエレのタイを外した。ネクタイピンをタイで包む。
それを見たクリスが引き出しから封筒を取り出し、アルドーに手渡す。封筒を手にアルドーは資料室に入り、しばらく戻らなかった。
「ネクタイピンは国王陛下にお渡しする。いいね?」
アルドーの問いにダニエレは首肯する。
「君の処遇も考えなければならない。下手に帰すと君こそ命の危険がある。だが、私の一存で決められない。じき王城から人が来るだろう」
半刻後、王城からの使者がアルドーのもとへ到着した。
地図の場所はもぬけの殻であり、残留物を調べている。
ラマート子爵は無事であり、邸の周りには兵士が配置された。
そして、使者は伝える。
「ジュゼッペ氏は、マールム公爵邸から姿を消しました」




