35 オルタンスの爆発
オルタンス・デュランのもとにコルデラ侯爵が訪れたのは、『聖女コンテスト』から二週間程経った昼下がりだった。
王都のアトリエは商業地区のはずれにあり、閑静な街並みに溶け込んで派手な印象はない。デュラン家に受け継がれるデザインは、その街並みに相応しく清楚の中にも華麗さのあるものだ。
デュラン家は数百年前にコルデラ侯爵家から分かれた子爵家で、その当時からクチュリエ、クチュリエールを取り込んで続いてきた。
オルタンスも『芸術』コルデラ侯爵領内の分家筋から、才能を買われて二十代半ばで嫁いできた。今では熟練した腕と、顧客の好みに合わせられる多様なデザインで支持を集めている。
夫は経営の方が向いているから、とデザインの全てをオルタンスに任せている。
コルデラ侯爵ガブリエル・ギルランドは、『聖女コンテスト』での妻ドロテの愚行によってかなり憔悴した様子だった。相手は王太子の婚約者で、生徒会には第二王子がいるのだから当然だ。
「ミニュスクール公爵家から、婚礼衣装の製作のオファーがあった。貴女を指名している」
「大変光栄でございますが、すでに決まっていたのではありませんか?」
「貴女はあの場にいたから隠さず言うが、前任者の娘が私の娘の取り巻きにいるらしい」
オルタンスは先日の『聖女コンテスト』を思い浮かべた。
前任者の娘は服飾デザイナーとしての矜持を持ち合わせていて、悪事に加担しなかったのだろう。あの時はドロテの姪ナタリー・マルタンしかいなかった。
マルタン家は王都にテキスタイル専門店を持っている。染料なら手に入れやすかったに違いない。主家に嫁いだ叔母に命令されれば拒否できなかっただろう。
フィッティングの際、着用するのがクローステール男爵の娘と知ってセーレナに忠告すると、ダミーを用意して欲しいと依頼された。グレードを下げた生地だったとはいえ、自分の作品を穢されたのだ。怖気が走る。
流石、王太子妃になるお方だ。年若いのに周到だ、そう感心したものだ。
その彼女からのオファーだ。当然、受ける以外の選択肢はない。
セーレナの人となりも勿論だが、何より王太子妃の婚礼衣装をデザイン出来るなど、そんな名誉な依頼はこれを逃せばもう二度とないだろう。
後世の為に、アトリエのブランドの為に箔をつけるまたとない機会だ。
「承知しました。誠心誠意努めさせていただきます」
ミニュスクール公爵のタウンハウスでの契約の場には、セーレナとミニュスクール公爵夫妻、そしてその後ろにクリスが控えていた。
オルタンスが不思議に思っていると、「アンバーブロウ嬢には勉強の為、同席させる」と公爵が言い添えた。
セーレナがパトロンになったのはコンテスト前に聞き及んでいたが、それ以上の理由があるのだろう、とオルタンスは直感的に推察した。
何にせよ、若く爵位の低い令嬢が世に認められるのは大変な事だ。自分と同じクチュリエールの立場なら、心穏やかで居られないが、クリスは違う。
これ程大事に『財務』が育て上げようとしているならば、同じ『芸術』の一門として協力するべきだ。
後々、クリスが王妃専属になるなら、恩を売っておくのも悪くない。それに、クリスのコサージュに使われたグラスビーズにも興味がある。今のうちにクリスを取り込んでおけば、他のアトリエより一歩先んじられる。
そんな裏心もオルタンスに無いわけではなかった。
最近『芸術』内の服飾界隈では、あの『聖女コンテスト』での愚にもつかない出来事が、意図的に別の意味を持って広まっている。
「コルデラ侯爵令嬢が、クローステール男爵令嬢の才能に嫉妬して嫌がらせをした」
広めているのは、あの日あの場所にいた『芸術』のクチュリエールたちだ。それぞれが王家からの書状を受け取ったのだ。
コルデラ侯爵夫人の存在を秘匿したいのだろう。政治的な何かがあるに違いない、とオルタンスは思った。
更にはクリスは王家からの期待、もしくは成熟を急かされていると思わないでもない。
あまり裏を考えても仕様がない話だ。オルタンスは詮索するのはやめにして、婚礼衣装を作り上げる事だけに集中した。
ミニュスクール公爵家との契約が整い、ドレスの希望の聞き取りをする。
『ハイネック、かつ長袖の露出の少ないもの。スウィープトレーンのマーメイドスタイル』
そんな要望をひとつずつ拾ってゆく。襟と袖はレース使いにするか否か。
「本当は可愛らしいドレスがいいのですけれど、似合いませんし」扇の向こうでセーレナがため息を零す。
「よく見ないと判らない所で、可愛い物を入れましょう」
オルタンスが提案すると、セーレナがはにかみながら微笑みを浮かべた。
「やはりマダムにお願いして良かったわ」
気付くと、後ろに控えて一連の流れを見ていたクリスが、首がもげるのでは? という勢いで頭を縦に振っていた。
すかさずセーレナが苦笑しながら「お行儀が悪くてよ」と注意する。
「ふふふ」オルタンスは堪らず声を出して笑ってしまった。
──なんて可愛らしい二人なんでしょう。
そういえば、とオルタンスは思い出す。
クローステール男爵の離婚には色々噂が立ったものだ。
冬の初めにノアが血眼になって妻キアラを探し回っていた。冬にはアトリエは最小限の人数を残しカントリーハウスに戻っていたが、デュラン家にも情報はないかと訪れた。
細切れな噂を総合すれば、『内務』に連れ去られたそうだが、オルタンスに詳細はわからない。
キアラは先代クローステール男爵夫妻から歓迎されていて同居していたが、先代夫妻はノアに家督を譲ってからは領地外のあちこちに旅に出ているという話だ。クリスは母親から受け継ぐものすべての事象が足りていないに違いない。一番近い親世代がコルデラ侯爵夫人だとすると、むしろ毒しか見ていない。
少し幼さの残るクリスの所作はそのせいもあるだろう。
それならば、とオルタンスは奮起する。
──わたくしが、その役を買って出ましょう。
オルタンス自身の後継は育ちつつある。まだアトリエは任せられないが。
オルタンスの中の母性が爆発した瞬間だった。
基本的に18〜19世紀あたりの服装を想定しています。
が、星に降り立った当時の元老院の始祖達が節操なしだったので、時代関係なく服のデザインがあります。
星船内でピッチリしたジャンプスーツだった為に、ゆるゆるな服が好まれました。




