30 次世代の誓い
星降る夜空に浮かぶ天燈。
聖女ソフィア像を仄かに照らす噴水の周りにたゆたう、ランタンの温かな灯り。
人々はただ緩やかな祈りの中で空を見つめていた。
「なあ、あれ、どうするの?」
遠巻きにアルドーとクリスを見守っていた生徒会役員の中で、最初に口を開いたのはイシャーンだった。
「どうって?」肩に寄りかかって来たイシャーンに、エミリオは視線を送る。
「君、先代に命令されてるんだろう? 籠絡しろって」
「出来るわけないだろ。あんなに幸せそうなのに。フリだけでも昨夜殴られるかと思ったよ」
「だよなあ」イシャーンは首を竦め、ニヤリと笑う。
叔父リカルドが王家に保護された事で状況が変わり、エミリオはどう動いていいのか解らなくなった。元々、籠絡するつもりなどなかったが。
「そのまま、フリをしてもらえると助かりますの」
背後から落ち着いた声がかかる。エミリオが振り向くと、セーレナが薄く微笑んで立っていた。
「クリス様に交際を迫っている、というパフォーマンスをして欲しいのです」
「パフォーマンス?」エミリオは聞き返す。
「先代様が区切った残る五ヶ月、秋の『部門別発表会』頃迄かしら? お二人の目眩ましをして頂きたいの。先代様への言い訳に出来るでしょう?」
セーレナの提案の真意が解らず、エミリオは眉をひそめる。
「理由をお伺いしても?」イシャーンが臆する事なく問う。
「その間にわたくしがクリス様を鍛えます。上位貴族に対抗する術を余すことなく教えるからです。クリス様はまだ幼さを残した状態。王族に相応しい淑女にするのです。⋯⋯彼女は覚悟を決めました」
「ははぁ、なる程。僕も協力します。未来の公爵夫人を支えましょう」
イシャーンがセーレナに向かって胸に手を当て頭を下げた。下を向いているが、エミリオからは計算高い笑みを浮かべているのが見える。
セーレナは扇で口元を隠し、片眉を上げた。見えていなくても感じているらしい。
「⋯⋯見返りはあまり期待しないで頂きたいわ。今は何も用意出来ないから」
「ふふ、先行投資です。アンバーブロウ嬢のガラス細工を売り出すのに尽力しますよ」
「⋯⋯心強いわ。わたくしだけではクリス様のガラス細工を広めるのは、難しいと思っていましたの。エミリオ様は申し訳ないけれど、ずっと振られ続けて下さる?」
エミリオはふう、と一息ついてから、背筋を伸ばす。
「承知しました。祖父がしている事に対する謝罪には足りないかと思いますが、王家の為にご奉仕致します。⋯⋯ただ、ラティオ様はご存知ないかと思いますが、叔父が昨夜保護されて、状況が変わりました。半年より早まるかも知れません」
セーレナは、ふむ、と一息ついて、事も無げに言った。
「そう、ならばわたくしたちが卒業する迄ですわね」
「場合によっては叔祖父の家に爵位が移るかも⋯⋯。僕は学園にいられるかどうか」
「確かにマールム公爵位のお取り潰しはないでしょうね。でも、罪を償うのは先代様ですわ。貴方はむしろ協力者として何らかの措置はあるのではないかしら。⋯⋯今は何もかも不確かね。どのみち貴方は、振られ続けて下さる以外ないわ」
にっこり。クラーワ直伝の圧の強い、輝く笑顔。
「⋯⋯重ねて誓います。王家の為にご奉仕させて頂きます」
こうして将来の公爵夫人を育成するために、未来を支える『財務』、『商務』、そして『内務』が手を取り合った。
睦まじく寄り添うアルドーとクリスを支えようと三人が決意を固めているのを、ぼんやりと眺める少女がいた。
『医療』のバストン侯爵嫡女、フリア・ロペスはクリスをとても眩しい存在だと思っていた。
引っ込み思案で『医療』の知識ばかり詰め込んでいる自分とは違って、明るく成績も優秀で、しかも手先が器用なクリス。
王子と男爵令嬢が結ばれるのは少女の夢物語のようで、とても輝いて見えた。
自分も全力であの三人と同じ様に協力したい。だが、『医療』の足枷がフリアを引き留めていた。
フリアは知っていた。『内務』の先代公爵ジュゼッペ・ガルシアが謀叛を企てている事を。父や『医療』の一族が王家に不満を持っている事も。
だからなるべく不干渉に徹していた。
クリスに思いを寄せているアルドーの事も『医療』の誰にも話していない。話せば今の素敵な空気が壊れてしまいそうな気がして。
『私も』と言えたらいいのに、と胸が痛んだ。
「ロペス嬢」
目の前に夜空と同じ色が広がった。不思議に思い顔を上げると、アルドーの友人のフラッハ・フェンが立っていた。
「我慢してる?」声を顰めてフリアに囁く。
──え? フラッハを見返す。見透かされている、そんな気がした。
「フェン様?」
「フラッハでいいよ。ペールと紛らわしいだろう? 『医療』の君はどこまで知ってる?」
ニコニコ笑っているのに何故かどんどん凍らされていくような、そんな微笑。
「他の役員たちがわざわざ資料室に入って話し合ってるのに、君は何も聞いてこないよね。誰にも」
「っあっ、あのっ。私はっ」
「大きな声で話してはだめだよ。⋯⋯大丈夫。『医療』が今の扱いに納得していない事は、国王陛下も知ってる。君自身はどうなの?」
確かに今の扱いは『医療』にとって弊害でしかない。対処療法ばかりで、根治治療の研究や、新薬の開発は制限されている。『科学』と共同で開発したくても、建国以来の科学を捨てるという理念に反する為に何も出来ない。
『科学』は『内務』についたらしい。何故かはフリアは知らない。『医療』はどうなのかと言うと、「不満を持ってはいるが、それだけだ」と父のバストン侯爵は言う。
「もっと良い治療をしたいです。それには『科学』との連携は必要だと。でも、『内務』に付くのは父も反対です。それに何より、あのお二人の幸せを壊したくないのです」
「へえ。良い事を聞けた。『医療』に謀叛の意思はないんだ。さて、『科学』だけどね、あれはエミリオの母君が人質になってるんだ」
「えっ!」父はそんな事言っていなかった、とフリアは驚愕した。
「びっくりした? どう? 私たちに協力しない? 大人たちの思惑なんてぶっ潰したくない? アルドー様はね、ずっと大昔に決められた事を、今でもズルズル続けているのが不満なんだよ」
──なんて大それた事を。
そう思う反面、とても魅惑的に思えた。
「でも、殿下は第二王子で⋯⋯」
「ああ、王太子に取って代わろうなんて思ってないよ。サピエンティア公爵になって支えるつもりでいるからさ。アンバーブロウ嬢に惹かれるのも無理ないよ。爵位が低くても毅然として頑張ってるんだから」
──そうか。みんな、ただ可愛いと思って側に置いたんじゃなかったんだ。やっぱりクリス様のすべてが気に入っていたんだ。
そう思ったら、何だか心が軽くなった。
「私で出来る事なら何でもします」
「ははっ、まーた同じ事言ってる」
後ろからエミリオの声がした。
振り返るとあの時とは違って明るい表情で笑っていた。
「女の子は苦手なんですか?」
フリアは笑う。
「言うようになったなあ」
エミリオはバツが悪そうに頭を掻いた。
クリスの唇に触れた瞬間、アルドーは自分のしでかした事に慌てた。
──公衆の面前ではないか!
恐る恐る顔を離すと、触れただけのくちづけに驚いて、顔を真っ赤にしたクリスと目が合った。
「⋯⋯つ、つい、嬉しくて」
言い訳すると、クリスは「ふふっ」と笑った。
ふわりと空に舞う天燈を、二人はずっと何も語らず見つめていた。しばらくして天燈は燃え尽き、暗闇に消えた。
クリスは生徒会役員の姿を探して、頬を染めた。
「みんなこっちを見てますよ。⋯⋯見られちゃいましたね」
「あぁ、恥ずかしいな。でも、何だか、みながいい雰囲気だ。エミリオが笑ってる」
クリスがアルドーの手を引いた。
「行きましょう、アルドー様」




