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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第三章

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27 読むようで読まない男

「ここだ。エミリオ」


 マールム公爵邸からのリカルドの護送は一度小さな医療施設に入り、そこからはエミリオとは別々に行われた。建国祭の賑わいは王城への移送を撹乱するのに役に立った。

 エミリオは主城門を通常通りに馬車で訪れたが、リカルドは王都から運ばれる大小様々な荷に紛れて主城門前の使用人居住区に運ばれた。そこから王城内の医療室へ搬送された。


 アルドーは滞りなく勤め上げた密偵たちを労い、自ら医療室へ足を運んだ。馬場まで迎えに行かせたフラッハがエミリオを伴って来るのを待つ。


「殿下。突然申し訳ありません。母の侍女と繋がっていて下さったんですね?」


「ああ、公爵夫人の保護が出来れば⋯⋯と思っていたんだが、まさかリカルド氏だとは思わなかったよ。王族の医療施設は古代機械を使っているから、外の医療より良くなるはずだ。君もこちらで少し休んでいくといい」


「でも、祖父にどう誤魔化せば⋯⋯」


 エミリオの不安気に眉を下げる様子はいつもと違って、歳より幼く見えた。アルドーは入り口に気配を感じ、視線を向けてエミリオに告げる。


「そこにいる君の父君に任せなさい。君が背負う事じゃない」


 エミリオは、はっと顔を上げ入り口を見る。ばつが悪そうに立ち尽くすレオナルドと目を合わせた。

 アルドーが医療室は何か自分で持たされていない限りは盗聴されていない旨を告げると、レオナルドは肩の力を抜き安堵したようだった。「ご配慮ありがとうございます」と礼を述べた。


「リカルド氏はこちらで預かります。⋯⋯大事な証人です。連れて帰る事はゆるしません」


「サラと息子の会話を古代機械で聴きました。王家に父の妄執が知れているのですね? ならば沙汰を待ちます。リカルドは怪我が元で病状が悪化して施設に入れた、とでも父に言います。ずっと服薬していますから」


「父上、古代機械で聴くって何ですか?」


 サラからは聞かされていなかったのだろう、エミリオは憮然とした表情でレオナルドに詰問した。レオナルドはサラとの情報の共有の為に、外部で音声を録ったり聴いたり出来るものを使用していると釈明した。

 納得いかない様子を見てアルドーは提案した。


「エミリオ、今夜は私の部屋で過ごさないか? フラッハもいる。建国祭でみな浮かれているよ。たまにはいいだろう?」


 一瞬驚いた様子だったが、帰りたくないのだろう、二つ返事で承諾した。レオナルドは深々と頭を下げ、部屋を辞した。




「さあ! 建国祭の夜! 楽しく過ごそうじゃないですか!」


 フラッハが空気も読まずアルドーの部屋で、くるくる回りながら手を叩く。

 壁際に設えた書架に入り切らぬ本がうず高く積み重なり、窓際の机からもこぼれ落ちそうだ。隣の小部屋は寝室だが、そこにも本が溢れんばかりだ。

 本の数にもフラッハの変な踊りにも呆然とするエミリオ。


「⋯⋯いや、待て。陽気すぎるだろう?」


「殿下ー。私の気遣いがわからないかなー? 自分で建国祭で浮かれてるって言ったじゃないですかー。いや、実際浮かれてましたよねー。アンバーブロウ嬢、すんごく可愛かったですよねー、エミリオ君?」


「うっ。何言ってっ! フラッハ!」


「ぶふぉ!」エミリオの肩が揺れる。

 フラッハがエミリオの肩を叩いて笑うと、エミリオはつられて大声で笑い出した。


「殿下! すごく面白かったですよ! 顔真っ赤で! 見惚れちゃってて!」


 とうとうエミリオにまで笑われる事態になって、アルドーは頭を抱えた。だが、そのお陰でエミリオの気持ちが軽くなったのならそれでもいいかと思った。


「ああ、そうだよ! 可愛く思って何が悪い! 誰にも渡さないからな!」


 アルドーは道化に徹しつつ、本音で叫んだ。


「⋯⋯うわー。宣言しましたねえ」


「しちゃいましたねえ」


 エミリオとフラッハは肩を寄せて笑う。


「ねー、殿下ー。王族がそういう事言うと、従うしかないんですよー?」


「いやいや、フェン先輩。アンバーブロウ嬢には酷く接した事を謝りこそすれ、懸想するなどあり得ませんよ。僕、命が惜しいです!」


 冗談交じりで二人は言うが、アルドーは「あっ」と小さく叫ぶ。


「⋯⋯ごめん」


 項垂れるアルドーを見た二人は、肩をすくめた。




「殿下はいつもこんな感じなんですか?」エミリオは口にした。


「私とはこんな風だよ。いつもは王子然としないとならないからねぇ。殿下が二年間、図書館籠もりしていたのは知っているよね? 私もずっとしていてね⋯⋯」


 何を思ったか、フラッハが語り出してしまった。三人はソファテーブルを囲み、思い思いに菓子に手を伸ばす。


 フラッハが図書館でアルドーを初めて目にしたのは、入学から一週間程経った頃。黙々と本を読んでいたアルドーに、ミニュスクール公爵令嬢セーレナが詰め寄っているところだった。

 いくら王太子の役に立ちたいからと言って、生徒会にも入らず図書館で読書三昧はどうなのかと詰問されていた。


 セーレナは凛とした態度で、周りの迷惑を考えつつ小声で説教していた。アルドーの他にはフラッハと図書委員しかいなかったので、誰に咎められる事は無かったが。フラッハは少し面白くなって肘をついて二人を見ていた。


 アルドーが立ち上がり頭を下げると、セーレナは扇の向こうで小さく息を漏らした。フラッハと図書委員、それぞれに軽く礼をして去っていくセーレナ。




「初見から割と情けないのよー」


「あー」残念な物を見るようにエミリオはアルドーに顔を向ける。

 テーブルに用意された果実水を飲み込み、ギロリとフラッハを睨む。


「否定はしないが、仕方無いだろう。セーレナは兄の為に研鑽する、真面目な女性なのだから」


「お綺麗ですしねー。⋯⋯知ってます? ミニュスクール公爵令嬢は、可愛いものが大好きなんですよ! 先日、王妃陛下の庭に小鳥が舞い込んでて、鳥と一緒に首を傾げながら話しかけてたんですよ! いやあ、いいもの見たなあ」


 エミリオは信じられない物を見たような顔をした。いつも毅然とした態度で、冷静なセーレナからは想像がつかないのだろう。


「本当に、素敵な女性なんだよ。だからもう少し目を向けて欲しいんだ、兄には、ね」


 婚約した三年前から、いや、婚約者候補であった幼い頃から、セーレナはずっと頑張っているのだ。政略なのは解っている。ただの順番だという事も。

 だが、願わずにいられない。彼女の努力に見合った愛を受けて欲しいと。


「そうですねえ。ま、そんな優しいアルドー殿下の為に! エミリオ君、明日の『リスエルン祈念』は一肌脱ぎましょうよー」


「あ、ああ。全員で行くのですよね」


「私は来年になれば、もう王城から見上げるしかないからね。今日の慰労会代わりにみなで行きたいんだ」


「くくっ、違うでしょー。アンバーブロウ嬢と行きたいんでしょー? いいですよー、喜んで隠れ蓑になりますよ。エミリオ君も籠絡するのはお休みにしてね」


「何言ってるんですか。いや、もう、本当。籠絡する訳ないでしょう。見てくださいよ、この殿下の睨みっぷりを。演技だけでも身の危険を感じますよ!」


 つい先程まで悲壮感に満ちた顔をしていたエミリオが笑っている。束の間の馬鹿騒ぎだが、それも良いだろうとアルドーは薄く微笑んだ。

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