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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第一章

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03 ラン・クリス・ラン

「お嬢、見ててご覧なされ。熱いから気を付けてな」


「うん!」


 長い棒の先には透明な丸い塊。横に向けて手元だけ台に乗せる。


 片手でぐるっと回しながら、先っぽに半透明の赤に近い黄色の、とろっとした熱々な液体を乗せていく。


 トントントンとリズミカルに横から溝を付けたら、出来た半球をトングみたいなので潰してきゅーっと伸ばす。


 お花が出来た!


 次に溝の入った金属の板に熱々をすーっと流す。


 上からぽんぽん、ぐいーっと伸ばすと葉っぱみたいな形になった。


 キレイ! キレイ! すごい! ぴょんぴょん跳ねちゃう!


「お嬢、楽しいか?」


「とっても!」




 クリスが初めてガラス工房を訪れたのは八歳の時。父と共に見たこの光景はずっと忘れられない。同時に悲しい思い出も想起されるからだ。


 数日前の夜半、王都のタウンハウスの寝室でベッドに入っていたクリスと弟エリオットは、階下のリビングで響くドカドカという物音で目が覚めた。

 咄嗟にエリオットのベッドへ走り、小さな弟を抱きしめた。階下からは男数人の怒声と母らしき女性の悲鳴が聞こえた。年長の侍女が部屋に飛び込んで来て二人を階上の空き部屋に隠した。


 しばらくすると邸に会合出席の為に留守であった父が戻り、二人は空き部屋から解放された。父の引き結んだ口が事の深刻さを表しているようで、クリスは不安に襲われた。


「お母様が連れ去られた。これから情報を集めるから君たちは休んでいなさい」


 父は侍女に二人を託すと再び慌ただしく出て行った。




 クリスの母は『内務』マールム公爵に連なる男爵令嬢であった。学園で父と出会い同じ男爵位である事から家同士では障害もなく結婚出来た。

『内務』一門は総じて学力が高い。彼女も漏れなく優秀であった。将来は文官として王都で働く事を主家から期待されていた。

 しかし、彼女は彼らが軽んじる『芸術』一門の、しかも男爵家に輿入れしてしまった。


 頭脳の流出に激怒した彼等は一応体裁を気にして大きく動くことはしなかったが、二人の子がある程度大きくなったところで手を出した。

 両親は離婚させられ、母は実家に戻された。そのまま『内務』一門の者と結婚させた上で、王城の文官に据えた。


 それらが時が経つにつれて少しずつクリスの耳に入って来た情報だ。

 クリスは優しい母が大好きだった。いつか会いに行きたい。所在を知ったクリスは、将来王城に出仕する事を決意した。

 王妃のアクセサリーデザイナーとして。


「私は王妃様を輝かせたい!」




 大小様々なガラス細工の工房が立ち並ぶ街『ブジェフ』。

 ふわふわのピンクブロンドを風に流しクリスは駆け抜ける。


「お嬢! 今日はどちらへ?」


「いいグラスが出来たよ! 後で寄ってくださいよ!」


 職人たちが顔を出しては声を掛ける。


「わかったわ! 後でね。今日はグラスビーズのヤクブさんの所よ!」


 息を切らせて向かう先はグラスビーズを得意とする工房だ。ずっと待っていた新作のグラスビーズが完成したという一報があった。

 今主流のビーズは鋳型でプレスしたものを、カットした後に表面を研磨する。サイズが大きめで用途が限られる。

 だがクリスが工房に依頼したのは、王都の図書館で開拓当時の古い本から見つけた細い吹きガラスのビーズだ。

 三日後には王都のタウンハウスへ向かわなければならないので、一度進捗を見に来たのだ。




「ヤクブさん、こんにちは。」


「やあ、嬢ちゃん。さっそく見るかい?」


 クリスを迎えた初老の男は、深く皺の入った顔に笑みを浮かべた。溶鉱炉などが熱いせいだろう、頭にスカーフを首にはタオルを巻いている。

 工房内の隅に設えたテーブルの上には色とりどりの小さなビーズが並べられていた。


「これが切る前の筒。こっちはカットしたもの。ここまで来るのに時間は掛かったが、どうだい?」


「凄いわ。とても素晴らしい」


 クリスは差し出された直径二ミリ程の細い管と、それを直径と同程度にカットした粒を手に取り、矯めつ眇めつ観察した。

 これ程までに細く均一にガラスを吹けるなんて、職人たちはなんて素晴らしい事か。カットされた方も美しく、糸を通して編み込めばビーズで出来たシートが作れるだろう。


「これはサンプルだ」


 ヤクブは満足そうに笑みを浮かべ、瓶詰めにされた数種類のビーズをクリスに手渡した。太さと長さは同じだが色が何種類かに分かれている。


「ありがとう。これを学園に持って行って自由時間に何か作ってみるわ」


「もうすぐ学園か」


 工房長は感慨深そうに目を細めた。初めて会ったのはまだまだ小さな女の子だったのだから。


「ええ、王都のタウンハウスから登校するの。だから今までみたいに頻繁には来られないけど、時間をなるべく作って来るわ。私には夢があるから」


「わかった。嬢ちゃんが納得出来るように、このシードビーズの完成度を上げるとしよう」


「お願いね。んー、やる気出るわ!」


 ヤクブに別れを告げ、来る途中で声を掛けられた工房に顔を出し、青いカットグラスのタンブラーを受け取った。

 入学式の後にアルドー殿下に虹の蜘蛛のハンカチで包んだそれをお渡ししたら喜んでいただけるかしら、と少し心が弾んだ。


 虹の蜘蛛の糸はその名の通り蜘蛛が紡ぐ糸で、糸を撚ったものを織れば虹色の光沢を持つ布地になる。

 コルデラ侯爵領で織られる布地は質が良く滑らかで、王族や貴族の典礼用などの衣服に使われる。少し品質の低いものは一般用に加工され店に卸されているが、それでも十分に美しいものだ。


 紺色に染められた虹の蜘蛛のハンカチと白いリボン、青と白のメッセージカードを雑貨店で手に取り、クリスはちょっとだけ頬を染めた。




 クリスの父、ノア・アンバーブロウは、彼女の帰宅を知るとすぐ侍従に呼びに行かせた。

 昨日のガーデンパーティでの一幕は何とも頭の痛い出来事だった。勿論娘に非はないし、コルデラ卿にも咎められることもなかった。が、あの双子の存在が頭痛の種だ。


 ノックの後、侍従がクリスの来訪を告げた。


「お父様、お呼びですか?」


「ああ、昨日の事で少しね」


 目に見えてクリスの顔が暗くなった。それもそうだろう、クリスにとって何より大事な自領のガラス細工を馬鹿にされたのだから。


「お前を叱るつもりはないよ。コルデラ卿からもむしろ労りの言葉を受けている。同じ物をもう一度作ってくれと言われた。お前は学園の準備があるから私が手配しよう。私が卿に直接渡すから安心しなさい」


「それは有り難いです。顔を合わせれば嫌味を言われるので会いたくないです。私を馬鹿にするのは勝手にしろと思うけど、職人のみんなに迷惑がかかるのが我慢出来ないわ」


「困ったものだよ。あの子達はクローステールを男爵家だからと馬鹿にしているようだが、自分達の伯祖母がクローステールに輿入れした事を忘れているのかね。だと言うのにジュールはお前と婚約したいなどと言っているらしい」


「はあ? 意味がわかりません」


 ガブリエルの父である先代コルデラ侯爵とノアの母は兄妹。ガブリエルとノアは従兄弟同士で同い年だ。学園でも行動を共にし、かなり気安い関係だ。

 だが又従兄妹の双子とクリスは仲が良いとは言えない。


「私もだ。母が輿入れしているのにお前があちらに行くと、他の分家から文句が出る。コルデラ卿も同じ考えだ。学園では気を付けなさい」


「承知しました。接触は避けます」


 次期当主と意気込むのであれば主家として『芸術』一門の繁栄に努めるべきだ。そもそもクリスにその気などまったく無いのが見て取れる。一体何を考えているのか、とノアは頭を抱えた。


「それはそうと、第二王子殿下から依頼を受けたとか?」


「ええ、ブローチか何かを作って欲しいと。入学式の後にお会いする予定です。一部始終を見ていらしたようで、同情してくださったのかと⋯⋯」


 王子殿下に下心があるかどうかは計り兼ねるが、王家に伝手が出来るのは良いことだ。クリスの手腕に期待しよう。


「なるほど。では全力で臨みなさい。そして大いに宣伝してきなさい! 我がクローステールのガラス細工を!」


「しょ、承知しました。では失礼します」


「待ちなさい、クリス。街まで走って行ったそうだね」


 退室しようとするクリスを呼び止め、苦言を呈す。侍従から報告を受けたのだ。


「馬車で行くには道も狭いですし⋯⋯」


 ブジェフの街では誰もがクリスを領主の娘として大事に扱ってくれるが、王都ではそうもいかない。まして十五歳の貴族の子女が侍女も連れずに出歩くなど体裁も悪い。


「これからどこへ行くにも侍女と一緒に移動しなさい。徒歩でもだよ。お前はもう小さな子供ではないんだ。ジュールの事もあるしね。タウンハウスにもお前付きの侍女を連れていきなさい。私も社交シーズンだ。後から行くよ」


 学園に寮はあるが、タウンハウスがある者はそこから通うことが出来る。クローステール男爵家は社交の時期でない冬にも王都での商談が頻繁にある為、規模は小さいがタウンハウスを所有している。


「わかりました。お父様、ありがとうございます」


 そして三日後、侍女ロミを伴ってクリスは王都入りした。

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