23 胸元にフリル
国王との謁見から半月、『お披露目』に向けて、生徒会は慌ただしい日々を送った。
学園側に提出した見積りは承認され、各方面に正式に発注された。
生徒に公募された会場設営等のボランティアスタッフは、家令や侍従・侍女、文官を目指す者たちにとって卒業時の実績に加えられる。その為、応募人数も少なくなく容易に採用出来た。
招待状の返答が続々と届き、出席者名簿やプログラムの制作に取り掛かる。過去に作られたものを参考にクリスがデザインし、印刷へ回された。
同時にクリスは帰宅後にマグノリアの花のコサージュの制作にも時間を割いた。
ロミと王家から配属された侍女の体の護衛チェルニーが見守る中、一針一針丁寧に糸を通し織り込んでいった。
シート状に織った九枚の白い花被片と、中央に黄色の花托についた雄しべや雌しべを模した大きめのビーズを、糸と細いワイヤーで繋ぐ。葉の形のシート三枚で包み、白い『虹の蜘蛛』のリボンとチュールをあしらえば完成だ。
上下左右からグルグルと確認し、最後にロミとチェルニーを手招きする。
「どうかしら? もうちょっと花被片を開いた方がいい?」
「生花はこのくらいですよね。彩り的には黄色を見せるといいかなとは思いますが」
ロミはガラス工房の組合長の娘だけあってセンスが良い。実物との乖離を許容されるかどうか気になるらしい。
「⋯⋯私には花である、としか解りません」
護衛のチェルニーはどこの出身なのか解らないが、あまりこういった物は得意ではなさそうだ。無表情に話す彼女に、ロミとクリスは顔を見合わせ苦笑する。
「花に見えているならこのままでいいわ。生徒会があまり目立つのは良い事じゃないもの。でも当日までまだ時間があるから、大きく開いたものも後で作ってみようかしら⋯⋯」
布をふわりと詰めた箱にそっと入れ、上からも軽く布を被せて蓋を閉めた。持ちやすいように手提げ袋にしまうと通学の鞄の横に置いた。
「間に合って良かったわ。明日帰りにミニュスクール公爵邸にお邪魔するのよ。ドレスと合わせるの。楽しみだけれど、公爵邸で粗相をしないか今から心配だわ」
「いつもの笑顔で乗り切れば大丈夫ですよ!」
「私がご一緒いたしますので、何も心配いりません」
ロミからはアドバイスになっているのか、なっていないのか、チェルニーからはどう解釈していいかわからない答えが返ってきた。
「着きましたわ」
ミニュスクール公爵家の馬車で着いた先は、タウンハウスなのか? と首をひねる程大きな邸だった。クリスの常識を大幅に超える敷地の広さと建物の巨大さだ。前を通った事はあったが、道沿いの建物がワンブロック全部一つだとは思わなかった。公共の建物ぐらいの認識だった。中に通されると内側に広い中庭があった。
「我が家が十個くらい入りそうです」
「ほほ、大袈裟ね。自分たち家族が暮らすのはほんの少しよ。ほとんどが使用人の職場ですわ」
家令の案内を受け客間へ進む。
すれ違う使用人たちは歩みを止め、そこで頭を下げて通り過ぎるのを待つ。セーレナには当たり前の光景なのだろうが、クリスには慣れなくて落ち着かない。
「まずは合わせてしまいましょう。それから一息つきましょうね」
セーレナの合図でクチュリエールと付き人がドレスを持って現れた。フワフワの純白のエンパイアスタイルのシュミーズ・ドレス。胸が控えめなので襟ぐりにふんだんにフリルがあしらわれている。華美になりすぎると多方面から小言をもらうので、ギリギリを攻めたフリルだ。
軽く髪をまとめ、制服からドレスへと付き人たちの手で着替えが終わる。クチュリエールが身体に合わせてまち針でとめていく。
一通り済んだところで持参したコサージュを付ける。
「埋もれてしまったわね? 手首に着けたほうがよろしいかしら?」
「左様ですね。髪はふんわり纏めて横に流して⋯⋯これで如何でしょう?」
控えめな胸元を隠すように付けられたフリルと競合してしまった。悲しい。
「可愛いわ、クリス様。早く見せて差し上げたいわ」扇の向こうでやたら頷いているセーレナ。
──アルドー様はどう思ってくださるかしら。必ず守ると言ってくださった。
とても嬉しいけど、それは単に成り行きでそう思ったの?
クリスの心は千々に乱れた。
サクサクと着丈や胸下の切り替えの位置などを調整してフィッティングは終わった。手首からコサージュを取り、クチュリエールがクリスに問う。
「そのコサージュは貴女がお作りになったの?」
何となく気恥ずかしくなってクリスは顔を赤く染めつつ、これはセールスのいい機会だと意気込む。
「はい。ブジェフのガラス細工はご存知ですか? 私、クローステール男爵が長女、クリス・アンバーブロウと申します」
「まあ! ええ、もちろん。わたくしも『芸術』一門ですもの。知っておりますわ。こんな小さなグラスビーズは初めて拝見しましたわ。タイルを並べて絵を描くように、この小さなグラスビーズで表現できますわね。素晴らしいわ」
公爵家に出入り出来る様なクチュリエールに認めてもらえて、ヤクブの苦労が報われたと感じた。
「まだ色数は少ないのですけれど、職人が開発中です。もしお気に召していただけたら、いつでもご用命下さい」
「あら。可愛らしいコーディネーターさんね」と言いながらチラリとセーレナを伺い、クリスの耳元に口を寄せる。
「ミニュスクール公爵令嬢を手放しては駄目よ。今のうちからしっかりとね」
一瞬ドキリとしたが、力強いアドバイスだった。
クリスはクチュリエールと笑い合い「頑張ります!」と、両手を握りしめた。
セーレナは不思議そうに見つめていたが、「お二人ともお茶はいかが?」そう言って微笑んだ。
「毎年『聖女コンテスト』で『芸術』の方はとても素晴らしいお衣装を纏っていらっしゃるけれど、貴女はわたくしからの依頼で宜しかったの?」
「コルデラ侯爵家に近い方々が携わりますので、わたくしにお話はまいりませんの」
いささか怒りが混じった調子でクチュリエールは答えた。確かにクリスは聞いたことがある。主家に近い分家筋やお気に入りから選ばれる事が多いと。
「そうなんですの? それならわたくしは幸運ね。貴女のような素敵なデザインをされる方が協力してくださって。わたくしの可愛いクリス様に、ぴったりのドレスを作ってくださるんですもの」
「まあ、セーレナ様のお気に入りなんですの?」
「ええ、わたくしパトロンになりましたの!」眩しすぎる笑顔をクリスとクチュリエールに向ける。
クチュリエールは少しためらいがちに口を開く。
「噂でしかないのですが⋯⋯、コルデラ侯爵夫人が男爵令嬢をよく思っていないと、同業者から流れて来ました。ここでお会いできるとは思っておりませんでしたが⋯⋯。どうかコンテスト本番にお気を付けください」
「⋯⋯ありがとう。貴女の勇気に感謝するわ」
付き人たちが荷を纏めたのを合図に茶の席は終わりとなった。クチュリエールは立ち上がり、セーレナに退室の礼を取った。
セーレナはクチュリエールの側に歩み寄り、何か囁いた。クチュリエールは頷き、その場を去って行った。
「クリス様。本番が楽しみね」
扇で口元を隠すセーレナの微笑から、いつもに増して寒気のするような空気が放たれた。
新章です。
『建国祭』メインです。




