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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第一章

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02 未来の王妃は固く誓う

 マグノリア王国には十一の省庁がある。

『内務』『財務』『司法』『エネルギー』『教育』『商務』『農務』『建築』『科学』『医療』『芸術』

 それぞれの長が元老院を構成し、世襲でそれを引き継ぐ。遠くおよそ千年もの間続いて来たものだ。


 マグノリア王国には十三節にわたる縁起がある。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 【 王国マグノリア縁起】


 黒き海を渡り聖なる乙女が指し示すは

 雪降るごとく波打つ花の大地


『我等此の地にて栄えん』


 初代国王オルトゥス宣誓す


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 マグノリア王国民は元々他所から『黒き海』を船で渡ってやって来た移民である。抽象的な表現でぼやかされているが、小型宇宙船『星船』で星間移動して来た。長い年月を経て、星船の存在は忘れ去られ、海の向こうの国を追われた民が移住したと思われている。実際には海の向こうに国など無いのだが。


 その星船の自治を守る部所の長がそのまま元老院となった。貴族ではない上に貴族社会を知らない者達が作ったという特殊な成り立ち故、もといた惑星で遠い過去にあった貴族社会とはいささか体制が違う。

 世襲であるが終生ではない。爵位の継承は各々の裁量で行われ、国王と元老院の承認によって成立する。


 元老院に課せられた基本理念は『平等であれ』。

 初代国王の独断と建国時の政治的重要度から公爵・侯爵・伯爵と叙爵されたが、基本的に横並びであるに等しい。理由は初代の元老院のメンバーは初代国王の取り巻きであったからだ。抜け駆けを許さない、それだけの理由だ。


 もっとも平等であるのは元老院の主家のみであって、そこから派生する分家(子爵・男爵・準男爵)はその限りではない。



 建国から約千年、マグノリア王国 第六十二代国王ベニニタスと王妃クラーワには二人の王子がいた。

 王太子クレプスクルム。二十歳。

 大きな水色の瞳に透けるような金の髪、性格は明朗快活、何事も即決即断。

「まずは身体で覚える」それが信条。短所は浅慮で周りを振り回しがち。

 婚約者はセーレナ・ラティオ ミニュスクール公爵令嬢 十七歳。


 次いで第二王子アルドー。春から学園で生徒会長を務める十七歳。

 濃紺の瞳に胡桃色の髪、性格は思慮分別。

「まずは知識を蓄える」それが信条。短所は熟考しすぎて瞬発力に欠ける。

 将来サピエンティア公爵を叙爵される予定。婚約者は未だいない。


 兄弟仲は良く、『平等であれ』を朴訥と守る元老院のメンバーは、派閥など作ることなく表面上は平和だった。


 マグノリア王国の貴族の子女は余程の理由がない限り十五歳になると『学園』に通う。

 王城にほど近い北西部に位置し、学舎と寮、さらにアスレチック・フィールドなどがある。

 大元となったのは星船の『スクール』だが、マグノリアに根を下ろしある程度の地盤が固まった所で再編された。当初『スクール』の色が強かった為只の学びの場であったが、時を経るにつれ貴族の子女の社交の練習の場へと変化していった。




 マグノリア王国第二王子 アルドー・ルカ・マグノリアは最終学年となったその年、やりたくもない生徒会長に任命された。


 アルドーが第二王子として厳命されているのは『必ず生き延び血を繋ぐ』だ。王太子である兄や、その子に不測の事態があった時の為に自分は存在していると常に思い続けている。過去千年間で、王太子、第二王子までもが流行病で逝去した事例は何度もある。


 学園卒業後には王族として公務に出る事となるが、今はその前の地盤作りである。将来自分の側近や侍従にふさわしい人物を探しておかねばならない。

 かつ、婚約者探しも兼ねている。王太子の婚約者は元老院で持ち回りで選ばれるが、アルドーは「出来る限り自分で探せ」と両親から言われている。


 しかし、婚約者探しは後回しにした。正直面倒であったからである。




 そんなアルドーの思いとは裏腹に、資料の束を片手に生徒会室の窓際にもたれる姿は女子生徒の視線を釘付けにしていた。

 スラリと伸びた長身、憂いを帯びた濃紺の瞳にさらりと長めの胡桃色の髪が流れ落ち、窓の向こう側の女子生徒たちはため息をつくばかりだった。


 最終学年で生徒会長のアルドーは明日の入学式で生徒を代表して祝辞を贈る役を担っているのだが、原稿がうまく行かずに外を眺めていたのだ。

 すでに王太子となった兄を将来支えるべく、知識を蓄えるのを最優先に学園の図書館に籠もり過去約千年分の本を読み漁った。

 にも関わらず、まったく良い言葉が浮かんでこない。

 兄のような牽引力があるわけでもなく、人前で言葉巧みに話せる自信もない自分が生徒会長だなんて何という拷問かと密かに嘆いていた。




「アルドー様。何とも鬱陶しいご様子ですこと」


 ちょっとだけ苛立ちを含ませた声色で部屋に入って来たのは、セーレナ・ラティオ ミニュスクール公爵令嬢だ。ミニュスクール公爵家は元老院で『財務』を担当している。

 アルドーと同じ学年で成績優秀、アルドーとは首席を争う仲で生徒会副会長である。卒業後は兄の王太子に嫁ぐ。

 しっとりした栗色の髪をハーフアップで纏め、控えめなリボンが揺れる。キリリとした眉の下には少しつり気味の青から緑へ移りゆく瞳が輝く。


「ああ、セーレナ嬢。祝辞がうまく書けなくてね」


「まあ、文章に関しては何でもさらっとこなされるのに、いかが致しましたの?」


「⋯⋯⋯実はね、ちょっと気になることがあって、集中力に欠けている自覚はあるんだ」


 セーレナが興味を持って話を促すので、先日のガーデンパーティで見かけた美しい細工のネクタイピンと、それを手にした少女が気になって仕方ない、と苦笑交じりに語った。

 セーレナは扇をバッと広げ口元を隠して、くふっ、と吹き出し「本にしか興味のないアルドー様が!」と、コロコロと笑った。


「小さくて可愛らしいのに気が強そうでね。多分セーレナ嬢も気に入ると思うよ」


「あら、楽しみですわ。どなたなのです?」


「クリス・アンバーブロウ クローステール男爵令嬢だよ」


「クローステール男爵? ガラス細工の。繊細で色鮮やかなビーズが特に有名ですわ。確かご令嬢は入学試験で三位でしたかしら」


 幼い頃から王太子妃になる為の教育に力を入れているセーレナ。どの領地で何が主産業かが瞬時に浮かんでくるのは尊敬に値する。


「ああ、実は教師が書記にどうかと答案を見せてくれたんだが、理論の正確さと、何より筆記の美しさが際立っていてね」


 アルドー自身何時になく興奮している自分を自覚しているが、目の前のセーレナまでもが少し高揚しているように見えてより一層心が沸き立った。


「本当に明日が楽しみですわ」


「実は先日のパーティで彼女にブローチの製作をお願いしてね。明日入学式が終わったら迎えに行くことになっているんだ」


「⋯⋯⋯手が早いですわね。それでは祝辞など手に付かなくても仕方ありませんわね。草稿は出来ていらっしゃるの? ⋯⋯ありますのね。わたくしが清書致しますわ。くふっ。ふふふふふ」


 手が早い? 何だか微妙に誤解されているようだが、今の自分より良い祝辞をセーレナならば紡いでくれるだろうとお願いする事にした。

 そもそもアンバーブロウ嬢に話しかけたのは、不当な扱いを受けたのにも関わらず気丈に対応した姿に目が離せなかったからだ。


「一緒に入学してくるコルデラ侯爵家の双子、ジュールとイブリン・ギルランドには注意が必要かも知れない」


「どうしてですの?」


「どうにも彼女の存在が疎ましいようでね」


「⋯⋯⋯アルドー様もお気をつけて。嫌な感じが致しますわ」


 確かにずっとアルドーは危惧していた。

 侯爵家で圧力をかければ男爵家など塵に等しい。侯爵家当主が生活必需品であるガラス工芸を潰す愚挙に出る事はないだろうが、街を治める領主などいくらでもすげ替えられるだろう。

 双子達に振り回されなければ良いが、そうアルドーは不安を覚えた。


「もしかするとですが、双子の兄君は令嬢の事がお好きなのでは?」


「え?」


「好きな娘に冷たくしてしまう少年特有の⋯⋯」


 アルドーの眉間に寄せていた皺がますます深くなり、「理解しがたいが、そうなのか?」と熟考するように首をひねった。


「それと妹君の方はアルドー様狙いかも知れませんからご注意なさって」


「はあ!?」




 ひたすら首を捻りまくるアルドーを前に、セーレナはこの婚約者の弟王子が本当は社交や駆け引きなどしたくない事を知っている。本に埋もれて知識の波に揺られていたいのを抑えているのだ。

 それが王族として、王太子のスペアとしての有り様でない事は承知の上だが、気の合う将来の義弟につい肩入れしてしまう。


 (その恋、実らせて差し上げます!)


 セーレナはぐっと扇を握りしめた。

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