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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第二章

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17 満たされないもの

 マールム公爵夫人、サラ・ガルシアは焼き菓子が盛られた籠を手に、王城の宰相の執務室を訪問した。

 夫であるマールム公爵 レオナルド・ガルシアの部下に、労いの菓子を持ち込むのはよくある事だ。いつも通り案内を受け、執務室へ入る。


「エミリオと外出しましたの。お土産ですわ。皆さんと召し上がって」


 レオナルドの右手に手を添え、籠を渡す。添えた手を籠の底へ誘導し、微笑む。レオナルドの片眉がピクリと動き、サラに微笑みを返した。


「エミリオはどうしてる?」


「生徒会役員に今年もなったんですって。第二王子殿下が生徒会長でミニュスクール公爵令嬢が副会長なんだとか。先が楽しみですわね」


「ああ、聞いている。他の子たちも優秀な生徒らしいね」


 当たり障りの無い会話が続く。レオナルドは籠の底からさり気なく、小さなプレートを抜き取り袖の中に入れた。


「今年の生徒会の『聖女コンテスト』は『芸術』の娘、とお友達から聞きましたわ。そちらも楽しみね」


「⋯⋯そうか。今日はありがとう。みなに配るよ」


「ええ、お願いしますね」


 サラが頭を頭を下げながら数歩後ろへ足を運んだ時、突然立ち上がったレオナルドに右手を掴まれた。驚いて顔を上げるとレオナルドがサラの指に口付け、絞り出すように声を出す。


「本当に⋯⋯いつもすまない。有難う」


 謝るだけでは何も変わらないのよ? サラは心の中でレオナルドに告げる。

 そっとレオナルドから手を離し、執務室を後にした。




 サラがレオナルドに渡したのはエミリオとの会話が録音されたカードだ。『科学』がずっと昔から改良を重ねて使い続けている古代機械。他の部門ではメンテナンスが出来ない為に廃れてしまったものだ。

 元々マグノリア王国は科学技術を捨てた国だ。だから『科学』はあえて普及させなかった。いつか自分たちが優位に立てる時を夢見て、古代機械の技術を継承している。


 そんな『科学』の密かな夢をジュゼッペは嗅ぎ取った。


「共に王家を討とう」


 そう言って近づいて来た。

 しかし、『科学』一門はそれに乗らなかった。王家を廃して優位に立つのと、王家に認められて優位に立つのとでは全く違う。『科学』は認められたかったのだ。


 ジュゼッペは怒り、奸計をめぐらせた。

 ある夜会でサラの酒に睡眠薬を入れ、意識を失ったサラを休憩室に運ばせた。そこでレオナルドに一晩介抱させたのだ。

 二人の間には何も起こらなかったが、夜会に出席していた者はそうは思わなかった。


 ジュゼッペはサラが誘惑したなどと『科学』アルジャブラ伯爵に難癖をつけ、追い込んでいった。

 その後はジュゼッペの目論見通り、『科学』はアルジャブラ伯爵の娘と、科学技術を『内務』に差し出さざるを得なかった。


 レオナルドはジュゼッペの考えに同調していない。だが、表立ってジュゼッペに反対はしない。少年期に正義感から反抗して痛い目にあったからだ。

 宰相になった今、下手に怪我などできないというのに今でも杖を使って打ち据えられる。キアラで学習したのか目立つ所を避けて打ち込んでくるのだ。


 レオナルドはサラと情報共有の為に『科学』の機械を欲した。それが先程のカードと、そのの読み取り機だ。

 何をどこまで息子エミリオに話したのかを、サラは伝える為に録音した。エミリオがどちらに付こうと対処できるように。


 アンバーブロウの娘が表に出てきた事で流れが変わるかも知れない。実際エミリオは変わったようだ。

 自分は何もせずにいただけだ。処分されても仕方がないが、一族郎党処分されるのは避けたい。エミリオだけでも助けたい。

 サラは急ぎ、家路についた。




 マールム公爵邸に着き、サラの薄手の外套を侍女が肩から滑らせていると、居間の方から大声が響く。

 先代公爵ジュゼッペは幾分耳が遠くなり、以前にも増して大声で話すようになった。相手はエミリオらしく、彼も大きな声で返答しているようだ。


「どうかなさいましたか? お義父様」


「お前には関係ないわ! いや、エミリオでは話にならん。最近邸の周りをチョロチョロしてる輩がいる。知らないか?」


 割って入るとあからさまに嫌な顔をしたジュゼッペに怒鳴られる。


「エミリオが生徒会役員に選出されたからではないでしょうか。ねえ、エミリオ」


 エミリオに叛意があるのを気取られる訳にはいかない。チラリとエミリオを見ると意を汲んだように頷いた。


「はい。生徒会長がアルドー第二王子殿下ですので、身辺調査も致し方ないかと」


「ふん、あの本しか興味の無いボンクラか。他に誰がいる?」


 ──どうせもう知っているだろうに。白々しい。


 エミリオがセーレナ、イシャーン、フリアと名を挙げ、最後に「クローステール男爵令嬢、クリス・アンバーブロウ嬢です」と告げた途端、ジュゼッペの顔が醜く歪んだ。


「あの女の娘か。腹を貸してやっただけあって頭は良さそうだな。エミリオではなく、その娘の件でここに来ていても大したことは解るまいよ。とっくに知れた事ばかりだ」


 重厚な組木細工のサイドテーブルに置かれていた酒の杯をあおり、小馬鹿にした態度でエミリオに言い放つ。


「エミリオ、お前はその娘の警戒心を解いて籠絡しろ。半年程かけて構わん。こちらもその位は大人しくしていてやろう。お前に依存するくらいまで出来たら尚良い。使い道は幾らでもある」


「承知しました」


 エミリオは深々と頭を下げた。苦渋に満ちた顔を見せまいとしたのだろう。

 ジュゼッペからは見えていないが、サラには丸見えである。エミリオを下がらせ、ジュゼッペに近づく。


「お義父様、もう一杯おあがりになられますか?」


「もういい。行く所があるのでな。あの女もお前くらい聞き分けが良ければ、王妃に取られなかったものを。ああ、忌々しい」


 杯を割らんばかりに力を込めてテーブルに叩きつけた。ほんの少し残っていた酒がテーブルを濡らす。

 ジュゼッペは太った体を揺らし出て行った。


 ──ああ、本当に、どうしようもない人たち。




 侍女に片付けを指示したところで初めて、サラは長椅子に体を横たえたリカルド気づいた。

 こうしてグッタリと放心している姿は、公爵家に入った時から頻繁に目にしている。時折暴れる以外はこんな状況の方が多いくらいだ。そのせいでラマート子爵家に長い時間置いておけないのだ。


「義姉さん、エミリオに、ごめん、て伝えて。僕が、こんなんでごめんて。もう嫌だよ。ずっとずっと嫌なんだよ。キアラもアンナも⋯⋯ごめん」


 宙を見つめ、一体何を掴もうというのか右手を天井に向けて伸ばす。一筋の涙が目から溢れ出した。


「ええ、わかったわ。ほら、泣かないで。ちゃんと伝えるわ。食事は出来る? そろそろお薬の時間よ」


「食べたくない。砂を噛んでるみたいに味がしないんだよ」


 ハンカチで顔を拭われながら弱々しく話す。ジュゼッペはもちろん、エミリオの前ではこんな風に泣く事はしない。サラの前だけだ。

 サラはスープだけでも胃に入れて、必ず薬を飲ませるよう侍女に言い含めて部屋を出た。




 階段を登り自室へと向かう。折り返し階段の踊り場の壁には、数年前に世を去ったジュゼッペの妻の肖像画がある。

『内務』内で結婚した大人しく従順な人。殴られる我が子をただ傍観して、反抗しそうになるサラの口を塞ぎ、ただ傅くだけの人。

 ──この人も何かを握られていたのかしら?

 今となっては解らない。この家は全部どうかしている。


 サラは自室のドアを後ろ手に締め、そのまま崩れ落ちた。 

マールム公爵邸より王城の方が盗聴の危険が少ないので、人気のないところでイヤホンつけてこっそり聴いています。

レオナルド、お偉い宰相様なんですが。

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