16 召喚
「まずは整理しよう」
アルドーは三人をぐるりと見回し、開いた左手の指を一本ずつ右手の人さし指で順に折る。
一、先代マールム公爵 ジュゼッペは国王ベニニタス陛下の暗殺を目論んでいる。
二、その目論見に『科学』が巻き込まれている。
三、実行人として、キアラ・フォンターナが送り込まれたが、王妃の手の中にいる。
四、マダム・キアラ奪取の為にアンバーブロウ嬢が拉致される可能性がある。
五、『内務』の他に『科学』や『医療』も王家に不満がある。
六、マダム・キアラの拉致にコルデラ侯爵夫人が関与している可能性がある。
「五つ目に関しては、喫緊の課題ではない。と言いたいところだが、放置していい話ではない。だが、正直なところこれら全て、我々生徒会役員で対処できる事象ではない」
「一つエミリオ様に確認したい事があります。公爵夫人が貴方に話すことによって身の危険はありませんの?」
セーレナが危惧するのはたとえ邸外での会話を聞かれていなくても、二人で会ったという事実に何らかの疑いを持たれるのではないかという事だろう。
「僕もそれは聞きました。ですが、心配するな、と」
「わかった。それは公爵夫人に任せよう。私は陛下に目通りを願う。それと、アンバーブロウ嬢に護衛を付けようと思う」
「まっ、待ってください。そんな畏れ多いです!」
「いいえ、クリス様。これは貴女一人の話ではないのよ。国を揺るがす事態なの。それにね、王家にはそういう護衛する部隊があるの。わたくしにも、無論アルドー様にも付いているわ」
セーレナに説得され、クリスは気まずそうだが了承した。
「あとは六つ目だが⋯⋯、これは私の手の者に調べさせる。⋯⋯セーレナ、陛下への謁見に同行してくれるかい?」
「承知しました」
「ひとまず今、この場での話し合いはここまでだ。君たちは先に出て『お披露目』の準備を頼む。私はもう少しここで資料を探すよ」
三人が資料室から出るのを確かめて、アルドーは部屋の最奥の書架へ足を進めた。隣の書架との間に肘から指の先程の広さの隙間があり、左耳を壁に向けた。壁に薄く線が入り、音もなく壁が奥に動いた後、横にスライドした。その先には暗い通路が現れ、黒ずくめの男が立っていた。
非常時に資料室から脱出するための王族のみが知る隠し通路だ。アルドーのイヤーカフの生体認証に反応する。
アルドーが生徒会室に入る際は、必ず認証済みの護衛が待機している。
「聞いていたね? 王にお目通りを」
「その事ですが、殿下。王妃殿下がミニュスクール公爵令嬢と共にお部屋に来るようにと」
部屋の会話は隠し通路には聴こえるようになっている。だが、話が早すぎる。訝しみながらアルドーは了承する。
「⋯⋯わかった。活動が終わり次第伺うと伝えてくれ。アンバーブロウ嬢の護衛を二人、選定しておいてくれ」
男は一礼し内側のスイッチに触れ壁を元通りにした。
アルドーは自然と顰めていた顔に気づき、表情を緩める。このまま出ればイシャーンとフリアに不審がられてしまうだろう。マールム公爵家に気取られぬ様にしなければ。
目を伏せ深呼吸する。王族らしい笑顔を浮かべ資料室を後にした。
生徒会活動を終えたアルドーとセーレナは、彼女の侍女と共に王家の馬車に乗り込み王城へと向かった。
ミニュスクール公爵家の馬車でセーレナの護衛を付け、クリスを送り届けた。クリスには恐縮されたが、危険が迫っていると説き伏せた。
すでに王妃の待つ王妃の私室には、マグノリアの開花した枝が水を張った花器に浮かべられ、微かな花の香が二人を迎えた。
クラーワは二人に着席を促し、茶を供する。侍女たちは心得たように退室し、静かに扉が閉じられた。
「ごきげんよう、アルドー、セーレナ。学園はどう?」
いまだ若々しく見えるクラーワは四十二歳。アルドーの胡桃色の髪と濃紺の瞳はクラーワ譲りだ。思慮深そうな面持ちに反して、『農務』エピ公爵家出身の公女らしく園芸が趣味だ。王妃として王城に入ったばかりの頃から僅かな時間を見つけては植物と触れ合う時間を持っている。
「生徒会長としての責務を全うしたいと思っております」
「最終学年となりましたし、成人後に不備のないように学習していきたいです」
「そう。期待してるわ。⋯⋯さて、本題です。アルドー、貴方はセーレナに頼りすぎです。いつこちらに話に来るか待っていたのですよ?」
アルドーは、ぐぅ、と声を漏らし、口に寄せたカップから目を離し王妃を見る。一瞬にしてカラカラに乾いた喉を潤し、カップを置いて頭を垂れた。
「猛省しております、母上」
王妃は優雅にこくり、と茶を口にした。
「慣例通りに成績優秀者から生徒会役員を選抜すれば、あの二人が入るのは必定。クリスは勿論、エミリオは二期目と言えど昨年度は貴方が生徒会にいなかったのだから、今年度はきちんと調査すべきでした。どちらか一方を外すとなったら、クリスを外すのが妥当ね」
「⋯⋯」
「貴方がのんびりしていたお陰で、マールム公爵家とアンバーブロウ家がどういう状況なのか当人たちが知る事になったけれど、本当はエミリオとクリスに嫌な思いをさせずに話を進めてもらいたかったわ。とはいえ、いずれ何らかの形で衝突はあったかも知れないけれど」
「申し訳ございません⋯⋯」
浮かれていた、とフラッハに言われたが確かにその通りだ。クリスが推薦された事が嬉しくて仕方なかった。エミリオにしても王太子に心酔しているのだから安全だと信じ切っていた。
「それはそうと、ね、あれはとても根が深いの。深いし広い。子どもたち二人は表面上は取り繕える可能性はあるけれど、親世代はそう簡単にはいかないでしょうね。国王陛下も手を打ってはいるけれど、マールム公爵家はなかなか手強くて⋯⋯」
すでにクリスもエミリオもお互いの立ち位置を理解し、歩み寄り始めている。
だが、マールム公爵家を取り巻く『科学』やコルデラ侯爵夫人などすべてを把握するのは時間が必要だ。
「母上、すでにご存じかと思いますが、エミリオからもたらされたマールム公爵家の懸念がございます」
クラーワは頷き、促されたアルドーは六つの事柄を挙げた。
「そうね、情報提供者はマールム公爵夫人かしらね? 彼女は常に監視されていてこちらから手を出せないでいるの。マールム公爵もそう。宰相として王城に勤めながら、常に部下たちに監視されているわ」
「まさか、『科学』や『医療』にも監視が?」
「王城での作業には付いているかも知れないわ。わたくしは『国王の間』に入れないから解らないけれど」
アルドーはジュゼッペの執念にぞっとした。どれだけの人々を駒として扱っているのか、想像できない。
「コルデラ侯爵夫人に関してはキアラも少し疑っていたわ。クローステール男爵が『芸術』一門の会合で留守なのを狙って襲撃されたから。予定を知っているのは限られるわ」
「何か因縁がおありなのかしら? 学園時代同時期に在学していたそうですけれど」
「ノア・アンバーブロウに懸想していたらしいの。自分はコルデラ侯爵と婚約していたのにね。キアラは学園時代から目立たない嫌がらせを受けていたそうよ」
「⋯⋯嫌がらせ。親子揃って何してるんだ。双子はかなり目立つが」
ふぅ、とクラーワは小さくため息をつき、扇で口元を隠す。
「クリスの護衛は許可します。学園用とアンバーブロウ邸向けの二人よ。外に待たせているから貴方が統制しなさい。情報共有は頻繁になさいね。しばらくこちらから大きく動く事はないわ。貴方達は『お披露目』をつつがなく開催出来る様に頑張りなさい」
「承知しました」
アルドーはクラーワから輝く笑顔でクドクドと、セーレナをきちんと送るよう念を押されて退室した。
いつにも増してクラーワの笑顔の圧が強いのは、それ程までに母を怒らせているのだと感じた。
「すまない、セーレナ」
「ふふふ、王妃陛下は厳しいけれど、お優しいですわね」




