13 父の憂鬱
マグノリア王国の元老院への土地の割譲は実にシンプルであった。
惑星へ上陸する前に星船と先遣隊による土壌や植生の調査で、どこに何が分布しているかおおよそ判明していた。
人が住むのに適した大地の中央を王都とし、その北の盆地に星船を据えた。
王都と星船以外、学園を含む十二のブロックを格子状に割り王都に近い部分に国の運営に重要な部門を、その他は地中や地上の資源をうまく活用出来る部門が配置された。
その割譲された大きな土地を元老院メンバーが治め、それぞれの部門内で子爵・男爵となった分家が土地の領主となり街を作っていった。
『芸術』コルデラ侯爵領の中の一地域、クローステール男爵領の当代領主はノア・アンバーブロウ。ガラス工芸を担当する地域で三つの小さな街を治めている。ガラス細工の街『ブジェフ』はお膝元である。
彼にはかつて『内務』出身の妻キアラがいたが、今から七年前『内務』の都合で離婚させられキアラは連れ去られた。残された当時八歳の娘クリスと六歳の息子エリオットを力に、何とか持ち直すことが出来た。
クリスは二年後、ノアに「王妃様のアクセサリーを作りたいです。そうすればお母様に会えるから」そう強い思いを込めて語った。
こんな思いをさせた自分が不甲斐なかった。それならば、全力でクリスの後押しをしようと心に誓った。
クリスが学園に通う為に王都のタウンハウスへ発った次の日、ノアはまずコルデラ卿へ作り直したネクタイピンを持参した。
「ノア、すまない。職人にも悪かった」
「言いたくはないが、ジュールはちょっとわがままが過ぎないか?」
爵位に上下はあるものの同い年の従兄弟同士とあって、かなり本音で語り合う。
学園時代は女子生徒を二分する程の人気で、次世代の『芸術』を担う双翼として注目されていた。
ガブリエルは心持ちゆったりと袖の膨らんだシャツを着こなす伊達男タイプ、ノアは身体にフィットするシャツを好む実直なタイプであった。
また男子生徒のみが受講する害獣駆除の為の戦闘技術の実技では、ガブリエルが近接武器、ノアが遠距離武器で才能を発揮した。ガブリエルのしなやかさとノアのライフル銃の精確さがそれぞれの個性を表すようだった。
ガブリエルが語るところによると、彼の妻ドロテはキアラと学園時代に仲が悪かったと言う。いまだに根に持っているのか双子達に「『内務』の鼻持ちならない男爵の娘」とクリスを貶めているらしい。
「王都で王族と貴族を相手にするテキスタイル専門店を持った家の出だからな、自分も偉くなったつもりでいるのかも知れん」
ガブリエルとドロテはコルデラ領内の結び付きを強化する目的で縁組された。『虹の蜘蛛』の一枚布を染色する技術を持っていたコルデラ侯爵家だが、染色した糸を様々な柄に織り込む技術には疎かった。故にデザイン力と織りの技術を持つドロテの家業を欲した。
学園時代にはすでにガブリエルとドロテは婚約を交わしていたが、ドロテ自身は特に目立つことも無く、狂乱する女子生徒を牽制することなく好きにさせていた。キアラとも接点がある様に見えず、不仲であった事などノアは全く知らなかった。
「不仲の理由は知っているのか?」
「これかなっていうのは無いわけでもない。お前が気付かなかったのなら、それも不確かだ。まあ、お前は鈍感だからな」
「さっぱりわからない。だが、これから三人は学園生活で顔を合わせる機会が増える。長年ドロテに植え付けられたものはそう簡単に消えるものじゃないが、どうにか抑えるよう言ってくれないか?」
「私も社交シーズンは王都に出ねばならん。出来る限りそう努めよう」
「ああ、頼む。では、王都で」
そうして約束を取り付けたノアは領地での商用を終え、王都に向かった。
クリスに遅れること三日、タウンハウスに到着した。すぐに旅装を解きリビングに落ち着いた。しばらくするとクリスが帰宅し、慌ただしく身なりを整えて現れた。
「おかえり、クリス。学園はどうだ?」
「ただいま戻りました、お父様。かつて無い程、色々な事がありました」
そう言ってクリスは手短にあらましを語った。
アルドー第二王子と、セーレナ・ラティオから生徒会に誘われ役員になった事、上位クラスに編入されたが故にイブリンとジュールに別々に絡まれた事、第二王子のブローチとセーレナの房飾りを受注した事など。
しかし一番クリスの心を揺さぶったのは、母の情報が入った事だ
「実は生徒会の庶務に一つ上の学年のエミリオ・ガルシア様が就任されまして、昨日初めてお会いしたのですが⋯⋯」
『内務』のマールム公爵家の家名はガルシアだ。ノアはぐっと眉根に皺を寄せて、躊躇するように口を開いたり閉じたりしたが、意を決してクリスに向かった。
「キアラは実家に連れ戻された後、閣下の弟の後妻として入っている」
「はい、聞きました。実はセーレナ様が依頼した私の身辺調査を読みました」
アルドー第二王子と将来の王太子妃だ。ミニュスクール公爵家としては、当然身辺調査はするだろう。しかし、それをわざわざクリスに見せたのは一体どういう事態なのか。
「ガルシア様が私にお母様の事を悪しざまに語ったので、お二人が咎めて下さったんです。それで私とガルシア様に、身辺調査の結果を見せて下さいました」
何の関係もない令息が悪しざまに語るという事は、公爵家でのキアラの扱いが知れようものだ。キアラを思うと、ノアは痛い程に胸が苦しくなった。
「ガルシア様はフォンターナ家にお母様が入った経緯を知らなかったそうです。でも、お母様が誑かしたって先代公爵から聞いたって⋯⋯ふ⋯⋯ぅ⋯⋯」
見る間にクリスの目から涙が溢れた。ノアは立ち上がりクリスを抱きかかえると、ゆっくりとクリスの背中を撫で続けた。しゃくりあげるクリスなど、もうずいぶん見ていない。
明るく振る舞っていても、まだ十五歳。長い間我慢させてしまったようだ。
「すまない、クリス。お前が明るく頑張っているから、それに甘えてしまった」
「お父様は悪くないわ。⋯⋯それにね、隣のクラスにダニエレ・フォンターナ様がね、いたの」
「うん?」
クリスはノアの腕の中から顔を上げ、真っ赤な目をしながら薄く微笑んだ。
「お母様、王妃陛下に匿われているんですって」
王妃のもとで働いているのは知っていた。だがこちらから接触をすれば、すでにフォンターナ夫人となったキアラに悪評が立つので、どうにも動けずにいた。
「だからね、私、絶対に会いに行くの。いつか王妃陛下の為にガラス細工を持って。女の私なら咎められる事はないわ。お父様の代わりに絶対に会うから!」
ああ、なんて強い娘なんだろう。
子供に大人たちの都合を押し付けてしまって、不甲斐なさで自分を殴り倒したくなる。
「ありがとう、クリス。お前の夢の為に私の炉の熱は絶対に落とさないからね。何でも力になるよ」
クリスはただ頷く。
「⋯⋯ジュールとイブリンもだ。コルデラ侯爵夫人が、キアラと学園時代に不仲だったそうだ。その怨嗟を双子に植え付けているとコルデラ卿から聞いた」
「ドロテ様と不仲だったんですか? それでなのかしら。私、ドロテ様とお話しした事がないのです」
「十五年の間ずっと? なんて事だ。私はキアラとの結婚を後悔していないが、結果的にお前とエリオットに迷惑をかけている。すまない」
「お父様⋯⋯大丈夫です! あの双子なんて、私の夢の前では通り過ぎる羽虫程度です!」
涙でグシャグシャの顔に笑みを浮かべた。
ノアはもう一度クリスを抱きしめ、
「頼もしい限りだな。だが、無理はするな。何でもいい些細な事でも相談しなさい。それと、目元はちゃんと冷やすんだよ」
背中を優しく叩いた。
「はい、お父様」
クリスはノアに強く抱きついた後、目元を気にしながら部屋に戻って行った。
娘のクリスでさえこんな目に遭っているのだから、キアラ自身は一体どんな酷い扱いを受けているのだろう。
自分が何も出来なかったのが悔しくて堪らない。しかも何も見えていなかった。
下位貴族だから何をしても無駄だと思っていたが、娘の有り様を見ていると自責の念に潰されそうだ。
まだ巻き返せるだろうか。全ては無理でも娘の為に力を尽くそうとノアは誓った。
割とぼんやりした性格のお父さんたちです。
芸術家肌の人たちは家業を継がずにどこか行ってしまうので、茫洋とした人が残りがちです。




