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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第二章

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12 母の行方

 学園からタウンハウスまで上位貴族は所有の馬車を使うが、下位貴族は徒歩か乗合馬車を使う。

 クリスは馬車の出発時間までまだ少し時間があるので、歩調を緩めあまり立ち入らないアスレチックフィールドを回って行く事にした。


 女子でも銃やボウガンなどを練習出来るが、時間を割くのが勿体ないので自らやってみようという気にならない。だが、それらが器用に操られるのを観るのは好きだ。

 遠目に体を動かす生徒たちを見ていると、横道から人影が現れた。


「アンバーブロウ嬢。少しいいかな?」


 よく日焼けした顔に彫りの深い目鼻、艶のある癖毛の黒髪は短く刈り込まれている。クリスが首が痛いと思う程、背の高いがっちりとした男子生徒だった。


「ああ、失礼。ダニエレ・フォンターナだ。隣のクラスの。君の母君の義理の息子だな。まあ、余りいい気はしないよな、すまない」


 突然の事で警戒したが、律儀に頭を下げる姿にクリスは少し好感を持った。


「貴方のせいじゃないでしょう?」


「ああ、でも、従兄が失礼を働いたんじゃないかと思ってさ。あの人、下位の人間と女性に態度悪いから。先代公爵がどうかしてるんだよ。気に入らないと女性だろうが息子だろうが殴るんだ。そんなのを子供の頃から見せられたら、エミリオも歪むと思うよ。あ、これ、庇ってない。俺、あの人嫌い」


 ずいぶんあけすけに話すものだ。いくら義理の母の娘とはいえ、他部門の者に内情を話しても問題ないのだろうか。どうせここまで開けっぴろげなら、何を聞いても話してくれそうな気がした。


「あの、母がラマート子爵家に入った経緯は解りますか? 私は知らないんです。突然連れ去られてしまって」


「正直俺も詳しくは知らない。母の葬儀でマールム公爵たちと祖父が言い争っていたのは見た。俺に子爵位を継がせるから後妻を入れるぞって騒いでた。祖父はかなり抵抗したけど、先代公爵に負けたんだな。主家に勝てるわけないよ」


 容易に想像できる。元老院に属する主家に楯突く者はいない。血を分けた分家と血統そのものでは大きな隔たりがあるのだ。能力の無い者や、主家の機嫌次第で取り潰しに合う下位貴族など珍しくもない。


「それからふた月くらい経ってキアラさんが来た。ずっと泣いてたな。でも、すぐに王城に出仕して何年かうちから通ってたけど、今は王妃陛下に匿われてる」


「良かった」涙が頬をつたった。

 クリスにとって母の情報で今日一番良いものだ。王妃陛下に感謝しなければ。

 ハンカチを取り出し涙を拭う。ダニエレが大きな体をおたおたしながら揺らしている。


「⋯⋯⋯さっき、エミリオに会ったんだよ。あいつ、知らなかったらしい。キアラさんが無理やり連れてこられたって事。なんかすごい様子がおかしかった。先代公爵の言う事を信じ切ってたんだろうなぁ。折り合いが付くまで時間がかかると思うけど、ちょっとはマシになるかも。なったらいいなぁ」


 頭をガリガリ掻きながら眉を下げる姿が妙に可笑しくて、クリスは泣き笑い状態になった。

 確かにエミリオは調査書を見た後、かなり動揺していた。事実を突きつけられた挙げ句、アルドーとセーレナに吊るし上げられていたのだから。


「俺の祖父はさ、母を大事にしてたんだ。でも、主家に楯突くことなんて出来なくてな。父は全然家にいなくて、たまに来ると大抵碌でもない話を持って来て祖父と喧嘩してた」


「そう、おじい様もご苦労なさったのね」


「キアラさんは祖父とは初め誤解があったようだけど、段々誤解も解けて祖父にも俺にも優しくしてくれたよ」


「⋯⋯誤解?」


 どんな誤解があったのか気になるところだが、その時学舎で鐘が鳴った。停車場に馬車が着く時間だ。鐘の数分後には乗り合い馬車が出てしまう。

 クリスは乗り合い馬車に乗車する事を伝え、母の情報に感謝しつつダニエレに別れを告げた。


「ああ、またな!」


 手を振るダニエレに小さく振り返し、クリスは走った。

 こんなに走ってはまた父に叱られそうだ。明日からちゃんと淑女らしくしないと。

 だが、母が王妃陛下のもとで無事でいるのが嬉しくて走らずにはいられなかった。


 肩で息をしながら馬車に乗り込む。

 クリスにとって八歳のあの日から始まった悲しい出来事は、実はもっと前から動き出して今も続いている。多くの人が絡まった糸の中でぐちゃぐちゃに動き回っているようだ。

 自分はあまりにも子供で、真相を知ったとしても何も出来ないのではないかと不安になる。

 ううん、大丈夫。きっと出来る。


 やっぱり私が王城に上がって『王妃様を輝かす』!




 呼吸が落ち着き、夕暮れに空が赤くなる頃、タウンハウス最寄りの停車場に着いた。

 道沿いのそれぞれの家には一樹マグノリアが植えられている。咲き始めた花の香は風に乗り、微かに顔を撫でる。

 聖女役は少し気が重いけれど、グラスビーズをアピールする良い機会だ。気負いすぎるのはいけない、と自戒しながらも目を引くものを作ろうと決心した。


 門をくぐり、出迎えた侍従が小包が届いていると告げる。

 王都にあるクローステール男爵領のガラス細工専門店を通じて、ヤクブの工房から届いた物だ。

 箱を開けるとグラスビーズが新たに何色か追加され、今一番必要に思っていた白いビーズが何種類か入っていた。もしかしたらヤクブが気を利かせてくれたのかも知れない。

 マグノリアのコサージュを作るのに丁度良かった。


 さっそく方眼の台紙にマグノリアの花弁の形を描き、配色を決める。

 花弁と(がく)の枚数分を、針にビーズを通し一段一段糸で織り込んでいくのだ。出来上がった花弁と萼を細いワイヤーで繋げばマグノリアの花が出来上がる。


 毎日就寝までの一刻、必ずグラスビーズに針を通す。

 いつもなら出来上がりが楽しみで仕方ないのだが、今日ばかりは疲労感が強すぎてそんな気持ちになれなかった。

「ふう」方眼用紙を見つめながら小さなため息を漏らす。


「お嬢様、気乗りしないなら、早めにおやすみください」


「⋯⋯⋯そうね。ロミ」


 侍女のロミはクリスより三歳上の十八歳。ブジェフの街で工房を取り纏める組合長の娘だ。行儀見習いにアンバーブロウ家のメイドとなって数年、年が近いということでクリス付きとなった。クリスにとっては姉の様な存在だ。


「学園で何かございましたか?」


「⋯⋯沢山。ふふ。お父様は明日にはこちらに着くのかしら」


「そろそろお着きになっても良い頃合いですね。ではお嬢様、ベッドにお入りください」


 入学して二日だというのに、思いもしなかったような事が山程あった。

 双子の意地悪くらいであとは無難に学園生活を送れると思っていたのに、何がどうしてこうなったのか。

 促されるままクリスは横になった。羽根枕の優しいとろりとした感触がクリスを包む。


「おやすみなさい、ロミ」


「おやすみなさいませ、お嬢様」


 ランタンの灯りを絞り、ロミは静かにドアを閉めた。

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