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ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい  作者: 小日向 おる
第一章

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〈幕間〉刺繍は縫合

 マイヤ・ラグナは現フォンス侯爵の孫である。

 マグノリア王国は男女問わず第一子が爵位を継ぐ事が出来る。だが、慣習として男子が優先される場合が多い。フォンス侯爵の初代は男性であったが、いつの頃からか女子ばかりが産まれるようになり、元老院の中では比較的珍しく女系で受け継がれている。

 マイヤも例に漏れず、母が次期侯爵となり、その後三姉妹の長女のマイヤが爵位を受け継ぐ。


 マイヤは今春、学園に入学した。

 一学年目は基礎学習と社交マナー、男子学生は戦闘訓練、女子生徒は刺繍などの手芸が必須科目だ。基礎学習は言語や歴史、地理、数学などだが、幼い頃から爵位の継承者として教育を受けている。

 彼女は『建築』について並々ならぬ興味を抱いていたので建築学も同時に学んでいた。

 社交のマナーは両親を見ていればそれなりに身につくものだ。だが、戦闘訓練や刺繍などは縁のなかったものには非常に習得しにくいものだ。




 クリスはもとより、マイヤは元々器用なので刺繍も卒なくこなしたが、どうにも上手くいかなくて頭を抱えている女子生徒がいた。


「うええ、上手く出来ません」


 フリアは刺繍枠と針を手に持ち、涙目になっていた。


「基本のランニングステッチ、バックステッチ、 アウトラインステッチ、チェーンステッチ⋯⋯⋯あうう、もうわけがわからないぃ」


 フリアが教本と刺繍枠を何度も交互に見比べ途方に暮れていると、見かねたクリスが声を掛ける。


「フリア様、一体何がそんなに難しいの?」


「図案は課題のものをやればいいですけど、上手く縫えないんです。ガタガタでヨレヨレに⋯⋯」


 クリスと共にマイヤが途中まで縫われた刺繍を見ると、なる程言葉通りの仕上がりだった。


 クリスが差し出された刺繍枠を見聞し、

「少し、糸を引くのが強いのかも⋯⋯。あ、フリア様は『医療』でしたよね?」

 何か思いついたように微笑んだ。


「はい、そうですぅ」


 フリア・ロペスは『医療』バストン侯爵令嬢だ。弟妹がおらず次期侯爵である為、率先して医療現場の見学や教育を受けている。そちらの方に重点を置いているので刺繍に縁がないのであろう。


「ねえ、マイヤ様。板ガラスで切った人を見た事ある?」


「急に何? ありますわ。現場ではたまに起こる事故ですもの。少しの衝撃で割れてしまう上に、鋭利で皮膚が切れやすいわ」


「そう。フリア様はそういう人が治療を受けているのは見た事は?」


 マイヤには何故そんなガラスで負傷した人の話になるのか、全く先が見えなかった。どうやらフリアも同じようでぽかんとした顔をしている。


「ありますけど、どうして? 大抵の場合縫合します。お父様が得意で、私も⋯⋯⋯鶏のお肉で練習するんです。綺麗に結べると嬉しくて⋯⋯」


「ふふ、それよ! この葉の模様はこの点と点を綺麗に線にしていけばいいのよ」


 クリスはもう一度フリアの刺繍枠を手に取り、その中にすいすいと何本か線を刻む。

 実際には刺繍と同じ針と糸ではないし、縫い方も全く違うのだが、縫う感覚を思い出して欲しいのだろう。

 フリアも興味深げに見ているし何も言わないので、マイヤも口を挟むのをやめた。


「こんな力具合でね。人肌だって強すぎると縒れてしまうのではないの?」


「え、ああ!」


 力説するクリスと目を輝かせるフリアにマイヤは少し引いた。いくらフリアの専門分野とは言え、例えがグロテスクだが、クリスの機転が利くところは見習いたいと思った。

 フリアはクリスの後に続けて何本か縫いながら、外科縫合の縫い方や結び目が何種類あるかを楽しそうに話し続けていたが、ふいに表情が暗くなった。


「あ、でも図案がまったく浮かばないんです」


「そうねえ、丸を一つ描いて」クリスは紙に小さくぐるりと円を描く。その外周に少し大きい丸を五つ添わせる。


「ほら、これだけで花に見えるの。最初はこれでいいのよ。上手く刺せるようになればやれることも増えてくるはずよ」


「わあ、そうですね。ありがとうございます。クリス様。えへ。まずは課題のこの図案を頑張ります!」


 二人が微笑み合っているのを見ながらマイヤは「ふふ」と相好を崩した。


「貴女達が仲良くなって良かったわ。全然相容れないような部門同士ですし、性格も違いますでしょう?」といった後に少し声を潜めて、「それに生徒会色々大変じゃなくて?」二人に顔を寄せた。


 クリスはフリアと目を合わせた後、マイヤに向かって人差し指を自分の口の前で立てた。


「皆様とても素敵な方々よ。早く仕事を覚えて迷惑にならないようにお互い頑張りましょうね、フリア様」


 コクコクと頷くフリア。


「もう、セーレナ様がほんっとうに素晴らしくて! 私、幸せなの!」


「貴女はすぐそれね。大好きすぎるのではなくて?」


 いささかわざとらしい話のそらし方だが、周りが聞き耳を立てているのを感じた。

 この刺繍の授業は一学年三クラスの女子生徒が合同で受講している。

 初日にわざわざ第二王子がクリスを連れ出した事も知れ渡っている。しかも遠い席からヒソヒソと取り巻きたちと悪口を言い合っている『芸術』の主家の令嬢までいる。


「だって、四年前に王太子殿下とセーレナ様の婚約が発表されてから、ずっとお会いするのを夢見ていたんですもの! どんなグラスアクセサリーがお似合いになるんだろうって」


 話に乗ったはいいが、予想をはるかに超えてクリスが浮かれてしまって、マイヤはどうこの事態を収拾していいか分からなくなってしまった。


「はいはい。お静かに。アンバーブロウさん、ラティオさんは素敵な方だから憧れるのは解りますけど、今は授業中ですよ」


 クリスの背後からおっとりした物言いで現れたのは、先代コルデラ侯爵夫人のルイズ・ギルランドだ。クリスの大伯母にあたり、『芸術』部門から派遣されている刺繍の担当教師だ。

 クリスの天敵、イブリン・ギルランドが授業中何も手出しして来ないのは、ひとえにこの教師がいるからだ。


「あ、ルイズ大伯母様、いえ、ギルランド先生。申し訳ございません」


「先程のね、ロペスさんへの助言はとても面白かったわ。『医療』の方に興味を持っていただくのに良い選択だと思いました。わたくしには思い浮かばなかったわ」


 ルイズはそのまま他の生徒達へ顔を向けて続けた。


「刺繍は淑女の嗜みとして教えられるものです。苦手な方もいらっしゃるでしょう。これからの人生で必要のないものだと思う方もいらっしゃるでしょう。でもね、ほんのちょっとで良いんです。覚えておくと何かに役に立つかも知れません。アンバーブロウさんとロペスさんが仲良くなる手伝いをしたように、貴女方がいつか産まれてくるお子様とのコミュニケーションに使えたり、大好きな方への思いの丈を込めたプレゼントになるかも知れません。やってみる価値はあるとわたくしは思いますよ」


 生徒達は「大好きな方に」のくだりを聞いてきゃあきゃあと頬を染めた。


 ルイズはそんな様子を微笑ましく見ながら

「どうにも駄目だと思う方は、課題提出で点数を取ることだけ考えてください」

 さらっと言い放った。


 あまりの潔さに生徒一同、心が一つになった。


(必ず提出しよう)




 先生の登場でその場は収まったが、マイヤは頑張り屋のクリスが心配だ。生徒会に『内務』の先輩がいると聞いた時には胸騒ぎを感じた。


 数年前、一度だけクリスがマイヤに弱音を吐いたことがあった。

 とある劇場の改修工事のために『建築』と『芸術』が合同で作業にあたった。

 マイヤとクリスはそれぞれ親と共に現場の打ち合わせに赴いた。当時すでに親交のあった二人は親が現場の職人たちと話し合う姿を見ていた。


「マイヤのお母様、格好いいわね」


「そう?」


 その日は祖母のフォンス侯爵ではなく、次期侯爵であるマイヤの母が現場に来ていた。マイヤと同じく背が高くキビキビ動く様は、職人たちの受けも良かった。


「⋯⋯いいなあ、私もお母様に会いたい」


 ほんの小さな声で吐露したクリス。小柄な身体がさらに小さく見えた。


 作業を終えクリスと別れ家路につく途中、マイヤは母にクリスの母は何故いないのかと問う。


「王妃陛下のもとで働いているそうだよ。とてもいい人だったんだ。⋯⋯マイヤ、『内務』には近づかないようにしなさい。何だかキナ臭い噂がある。いいね?」


 母は真剣な顔でマイヤに告げた。その後はすぐに先程までいた現場の構造や、嵌め込まれる色ガラスについて怒涛の如く解説を受けた。

 話を反らしたい程『内務』は危ない存在なのだろう。話の流れを考えれば、王妃陛下のもとで働いているクリスの母はおそらく『内務』出身なのだ。


 そんなクリスが役員となった生徒会には『内務』のマールム公爵令息がいる。気が気ではない。

 明るく振る舞うクリスをマイヤは案じるばかりだった。

なかなか本編が進まないので出せなかったんですが、ようやく載せられました。

縫合と刺繍は全く違うというのは理解してます。

あくまでとっかかりとして軽く考えてください。

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