09.その席、あなたのじゃなかったみたいですね1
新キャラ登場。新キャラ視点です!
カミル様は、わたくしの憧れだった。
カミル様の妻――侯爵夫人の座は、わたくし、マリーネ・エッセンバッハのために空いていたはずだった。
ずっと、そう思っていた。
カミル・リーベナウ様は社交界でも注目の貴公子。
その端正な顔立ちとすらりとした体躯に卓越した知性、輝く銀色の髪と、太陽のような金色の瞳は、いつだって貴族令嬢たちの話題をさらっていた。
けれど彼には婚約者がいなかった。
誰かと特別親しくしているという噂を聞いたことも、見たこともなかった。
真面目で硬派なカミル様……。
うちは裕福とは言えない男爵家だけれど、わたくしのような慎ましやかな女性こそ、彼に相応しい。
いつかカミル様が真実の愛に気づいて、わたくしを妻にしてくれる。
ずっと、そう思っていた。
それなのに――。
一年前、突然の事故で父親を亡くし、二十歳にして侯爵位を継いだカミル様は、何の前触れもなく、いきなり結婚した。
お相手は、ヴァルトハイム伯爵家の次女。名前は……エーファだったか、イーファだったか。
まぁ、どちらでもいいわ。重要なのは、〝その女〟がわたくしではなかったという事実。
わたくしはその知らせを聞いて、ただ静かに笑った。
――どうせ契約結婚でしょう?
ヴァルトハイム伯爵家は、家柄だけはいい。
でもあの女は確か、社交界で派手に遊びまくっている、どうしようもない女。
そんな女を、真面目なカミル様が本気で愛するわけがない。
だからどうせ、すぐに離婚するに決まっている。
事実、結婚式は内々で済まされたと聞いた。
祝賀会もなければ、披露宴もない。夫婦仲がいいという話も、一切聞かない。
むしろ、これはチャンスかもしれないとすら思った。
〝契約妻〟という立場で表向きはカミル様の隣にいても、心が離れているなら問題ない。
どうしようもない悪妻に傷つき、疲弊したカミル様を、わたくしが優しく癒して差し上げればいい。
きっと彼は目を覚まし、わたくしの誠実さに気づいてくれる。わたくしを好きになってくれるに違いない。
あの席は本来――わたくしのために空いていたはずなのだから。
ある日の舞踏会で、わたくしは見た。
その日、カミル様は他の貴族と談笑しながら、一人で会場にいた。
その美しい立ち姿は、遠目に見てもひときわ目を引く。けれど、隣には誰の姿もなかった。
――もちろん、奥様の姿も。
ふふ、当然よね。あんな女、所詮ただの契約妻で、形式だけの存在でしかないのだから。
そう思いながら遠くからカミル様を眺めていたそのとき――彼女が現れた。
ドレスの裾を手で持ち上げ、少し慌てたように、でも必死にカミル様のもとへ駆け寄っていく。
その途中、他の男に何度も話しかけられていた。
何を話しているのかまでは聞こえなかったけれど……やっぱり、男遊びが激しいという噂は本当だったのでしょうね。
……ふふ、そうだ。
わたくしはにっこりと微笑んで、優雅に彼女の前に立ちはだかった。
「まあ、奥様。いらしていたのですか? カミル様の隣にいなくてよろしいの?」
「……ええ、その、カミル様は足が速くて」
「あらあ! もしかして、カミル様に置いていかれたのかしら?」
「……まぁ、そんなところです」
あらまあ、まあ、まあ!! なんて惨めなの!
目を逸らして気まずそうに呟いた彼女に、心の中で大笑いしたいのを必死で堪える。
「早く追いつかないといけませんので、失礼します」
そう言ってすぐに立ち去ろうとしたけれど、わたくしは一歩前に出て彼女の進路をそっと塞ぐ。
「こんなことを申し上げるのもどうかと思うのですけれど――」
そして、声のトーンを落としつつ、けれどしっかりと彼女に届くように、囁いた。
「その席、あなたのじゃなかったみたいですわね?」
「……」
ぴくりと、わずかにこの女の指先が震えた。
ああ……効いた。やっぱり心のどこかで、自分はカミル様の妻の席に相応しくないと、そう思っていたのね。
その証拠に、彼女は何も言い返さない。
ただかすかに目を伏せ、小さく会釈をすると、そそくさとわたくしの前を通り過ぎていった。
「……つまんない。何か言いなさいよ」
でも、これでいいの。わたくしはカミル様の近くで、〝優しい女〟として振る舞うだけで、あなたの心に棘を刺せるのだから。
黙っていても、勝つのはわたくしよ。
そう、だってあの女はただの〝都合がいい契約妻〟だから。
その席はいずれ、わたくしのものになるわ。