02.夫にアレを奪われた2
切羽詰まったような、必死な声だった。
「……何か?」
「…………すまなかった」
「はい?」
小さな声で、俯きがちに、彼は言った。
「君の毛布を奪っていたなんて……知らなかったんだ」
「……はあ」
申し訳なさそうに視線を落としながら謝られても、正直反応に困る。
「別に謝罪はいりませんよ。もう寝室を分けたので、解決しています」
「でも……、君に寒い思いをさせていたなんて……本当に、すまなかった」
「ですから、もういいんですって」
プライドの高い彼が、ただの契約妻にこんなふうに謝罪するなんて、意外だ。
けれど私は、謝ってほしかったわけじゃない。
ただ、自分の睡眠と健康を守りたかっただけ。もう一緒に寝なければ済む話で、それはもう解決したのだ。
これは相談ではなく、報告だった。
だというのに、なぜか彼はいつまで経っても私の手を離してくれない。
「あの、カミル様?」
「……僕は、君と寝室を分けるのは…………嫌だ」
「…………はい?」
なんて? 今、なんて言ったの?
「すまない!! これからは毛布をもっと用意する! もし僕が君の毛布を奪ったら、僕を引っ叩いて起こしてくれ! だからどうか……これからも一緒に寝てほしい!!」
「…………」
私は今、いったい何を頼まれているのだろう?
あまりに真剣で、必死なその姿に、ただ戸惑ってしまう。
「あの……なぜそこまでして私と一緒に寝たいのでしょう?」
静かに問いかけると、彼はわずかに視線を逸らしながら答える。
「それは……僕たちは、夫婦だから……」
「でも、夫婦らしいことなんて、何一つしていませんよね?」
「……それはそうだが……それでも僕は、君と一緒に……いたいんだ」
最後の言葉は、かすれてよく聞き取れないくらい小さな声だったけれど。
確かに彼はそう言った。
「でもカミル様、私のことは〝愛さない〟って」
「そのことも、謝りたい。僕は、君のことを誤解していたんだ」
我がヴァルトハイム伯爵家は四人姉妹で、それぞれに個性が強い。
中でも私の双子の妹、イーファは、社交界で派手に振る舞い、若い貴族男性たちと華やかに遊びまくっている。
顔も名前も似ているから、時々私と妹を間違えられることもあったけど……もしかして、カミル様も妹の噂を私と勘違いしていたのかもしれない。
「姉妹の中で一番まともだから、父が私をカミル様の結婚相手に選んだんですよ」
「そうだな……そうなのだが……当時の僕は侯爵になりたてで、余裕がなくて……」
彼は少し自嘲するように笑って続けた。
「こんなのは言い訳だな、本当にすまなかった」
そう言ってもう一度頭を下げる彼の姿に、私は思わずくすりと笑ってしまう。
「まぁ、そんなに寝室を分けるのが嫌なら……戻してもいいですよ」
「本当か!?」
「ええ。でも、もしまた私の毛布を奪ったら……容赦なく叩き起こしますからね?」
「……もちろん。そのときは素直に謝るよ」
「まあ」
彼は安堵したように、大きく息を吐いた。そして小さく、嬉しそうにつぶやく。
「よかった……」
その顔が、どこか子供のように素直で、思わず胸があたたかくなる。
「……それに、私も」
「ん?」
「あなたのこと、全然知らなかったみたいですから」
まさか彼に、こんな不器用で素直な一面があるなんて思わなかった。
いつも余裕のない、怖い顔で、仕事ばかりしているから。
「これからは少しずつ……あなたのことを知っていきたいと思います」
「……エーファ」
名前を呼ばれて、ふわりと胸がくすぐったくなる。
こんなふうに穏やかに話せるのなら、もっと早く伝え合っていればよかったのかもしれない。
私も少し、我慢しすぎていたようね。
そう思ったとき、彼がぽつりと、けれど真剣な顔で言った。
「もし寒かったら……僕にくっついてきても、いい……んだぞ?」
「……それは考えておきます」
「そ、そうか……そうだな……!」
耳まで赤くしながらそう言う彼を見て、私はそっと微笑んだ。
――今夜は、あたたかく眠れそうだ。
シリーズ化の連載版にしましたm(*_ _)m
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