17.未来の約束4
それから数年後。
カミルは徐々に本来の言葉と聡明さを取り戻し、未来の侯爵としての自責を背負い始めた。
父の跡を継ぐべく、日々勉強と領地経営に真摯に向き合い、少しずつ成長していった。
二人とも、当時のことは覚えていない。
カミルが悲しい過去を思い出すきっかけになるのを恐れ、ゲルもあえてエーファの名を出すことはしなかったらしい。
私も、もしエーファに好きな相手ができたときの枷にならないよう、カミルの名は出さなかった。
――しかし、カミルが二十歳になったとき。
ゲルが、不慮の馬車事故に巻き込まれ、重傷を負ったと報せが届いた。
駆けつけた私に、彼はもはや起き上がることもできぬまま、私の腕を掴んだ。
「私が死んだら……カミルが……また塞ぎ込んでしまうかもしれない……」
弱々しく、しかし確かに、ゲルは言った。
「……まだ、エーファちゃんを幸せにできる技量があるかはわからないが……どうか――」
『どうか、カミルを頼む』
それが、親友ゲルハルト・リーベナウの、最期の言葉だった。
誰よりも強く、誇り高かった男。
多くの辛い経験を重ねてきた彼が亡くなるには、あまりに早かった。
そんな彼が最後に託した願い――。
それは他の誰でもない、息子の未来だった。
だから私は――あの約束を、守った。
十数年の時を経て、私はエーファをカミルのもとへ送り出した。
カミルは立派な青年に成長していたが、二人はあのときのことを覚えていない。
大人になった二人は、もうあの頃とは違う。
記憶がなくても、カミルの心には今も深い傷が確かに残っているはずだ。
人を簡単には近づけず、人の心の奥を見ようとはしないところがある。
恋や情に結びつくには、時間がかかるかもしれない。
だからこそ、今は契約結婚としてでも、ただ〝隣にいること〟から始めさせたい。
そう思った。
きっとエーファなら、無理をせず自然な形で彼に向き合えるだろう。
それでも――実際は、想像以上にうまくいっているのかもしれない。
まだまだ不満はあるようだが、互いに本音を語り合い、ぶつかりながらも前に進んでいるように見える。
昔のことは覚えていないのに、エーファはカミルのことが放っておけないようだ。
それは愛でも、記憶でもなく――。
ただ〝心〟だけが、あの頃からずっと、彼らを結びつけていたのだろう。
今なら、そう思える。
「――我が心の友、ゲルハルトよ」
私はそっと目を閉じ、亡き友へと語りかけた。
「どうやら、私たちの子供たちは……少なくとも、もうしばらくは一緒にやっていくようだぞ」
胸の奥にあたたかなものが灯る。
いつかあの世で、親友と昔のように酒を酌み交わすときが来たら――。
カミルとエーファの話を、たくさんしてやろう。
カミルに毛布を奪われて風邪を引きかけたから、寝室を分けようとしたら――カミルが慌てて謝ってきたという話は笑えたな。
エーファは不満を言うように話していたが、なんだかんだ言いながら今でも一緒に寝ているらしい。
エスコートが上手にできないカミルに見せつけるため、我が孫のルイを社交界に連れて行ったという話も傑作だった。
ルイはまだ十五だぞ?
勉強ばかりさせていたせいで、カミルは女性の扱い方をまるで知らないな。
……ゲルの代わりに私が教えてやってもいいが……どうやらエーファが指導しているらしいから、今のところ私の出る幕はなさそうだ。
ああ、そうそう。カミルが自らチョコケーキを作ったこともあったらしいぞ。
……チョコケーキ。あのときの記憶はないというのに、エーファは毎週カミルにお菓子を作っているらしい。
これを聞いたら、おまえは驚くのだろうな。
……やはりエーファなら、自然にカミルに寄り添える。
そしてカミルも、エーファには寄り添おうとしているのがわかる。
いつか再び親友に会えるそのときまで、私は静かに二人を見守るつもりだ。
お読みいただきありがとうございます。
エーファパパと一緒に二人の未来をあたたかい目で見守っていただけると嬉しいです。m(*_ _)m
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追記:
感想などとても嬉しかったので、こっそりおまけの番外編を書きました……!(次へ!)




