14.未来の約束1
エーファの父親視点です。
「カミル君とは、うまくやっているか?」
定期的に訪れる娘のもとで、定期的に問いかけているいつもの質問。
それは父親が娘と交わす、何気ない日常会話にすぎない。
案の定、娘――エーファは、いつものように眉をひそめて肩をすくめた。
「おかしなお父様。契約結婚なのに、〝うまくやってる〟も何もないでしょう?」
「ははは、それもそうだな」
「カミル様は、毎日お忙しいのよ」
いつもの答えに、私はいつものように笑ったが、それでも気になってしまうのだ。
今日もただ、エーファの顔を見に立ち寄っただけだった。
娘の夫となったカミルは、まだ仕事中のようで姿は見えない。
「夫に放っておかれて、寂しくはないか?」
「そうでもないわ」
そう言いながらも、エーファはそっと紅茶のカップを揺らした。
強がっているようにも見える。だが、それでいてエーファは本当に強い子なのだ。
この一年、私は何かと理由をつけてはエーファの様子を見に、この家へ立ち寄ってきた。
たとえ嫁いでも、私にとっては変わらず、かけがえのない可愛い娘だ。
長女は十六で幼馴染と恋愛結婚し、すぐに子供を授かった。
双子の妹、イーファは相変わらずボーイフレンドが多く、いずれは自分で結婚相手を選びたいと言っている。
末っ子は今年十六で、魔法学に夢中だ。学びたいことがたくさんあるらしい。
――そしてエーファには、恋をしている様子も、やりたいことも、特にないようだった。
だからこそ、カミルとの縁談を持ちかけたとき、彼女はほとんど迷うことなく、静かに頷いたのだ。
おそらくエーファは、思ったのだろう。
〝姉妹の中で自分が一番まともで、侯爵夫人として都合がいいから、選ばれた〟と。
そしてその立場にも、きちんと収まることができると。
エーファは昔から、賢い子だ。
貴族同士の結婚というのは、政略的なものが多い。
それを考えると、カミルは理想的な結婚相手だった。
カミル・リーベナウは若くして侯爵位を継いだ有望な男。
容姿もよく、知的で真面目だ。それでいて、特別な関係を持つ女性もいなかった。
何せ彼は、人と関わるのが苦手だから。
少しばかり頼りない面もあるが――〝愛のない結婚〟だと割り切ってしまえば、大きな問題ではない。
それでも。
もしエーファが望むのなら、数年後に離婚したって構わない。
子供の幸せを第一に考えるのが、親というものだから――。
「――でも」
ふと、エーファが口を開いた。
「ん?」
「……思っていたよりは、うまくいっているかもしれないわ」
「そうなのか?」
いつもとは違う回答に、思わず身を乗り出した。
エーファは湯気の立つカップを両手で包んだまま、その視線を落とす。
「お父様。私たち、数年後には〝白い結婚〟として離婚するのよね?」
「エーファがそうしたいのなら、そうだな」
「……それじゃあ、もしも。離婚したくなくなったら……離婚しない、という選択肢もあるのかしら?」
一瞬、言葉に詰まった。
それでも、胸に湧き上がった喜びを抑えながら、ゆっくりと頷く。
「……もちろんだ。それが一番、望ましい」
「そう……」
ぽつりとそう呟いたエーファの横顔を、私はじっと見つめた。
紅茶の香りが漂う中、彼女の瞳にはほんのわずかな揺らぎがあった。
「……離婚するのは、やめたのか? カミル君と、本当の夫婦になると?」
緊張しながら聞いた質問に、エーファは紅茶を一口飲んでから、静かに息を吐いて言った。
「都合のいい契約妻は、もう終わったの」
「――え?」
エーファがそんなことを言うなんて……。
本当に、思っていたよりうまくやっているのかもしれない。
微笑みを浮かべるエーファの胸元には、この間まではなかった、エルセリオのネックレスが輝いている。
エルセリオの宝石言葉は、〝未来の約束〟。
その宝石を見て、私の脳裏には親友の最期の言葉が蘇った。
エーファが知るはずもない、親友との約束――。
カミルの父――ゲルハルト・リーベナウが亡くなったとき。
……いや、それよりもうんと前から。
私はエーファをカミルに嫁がせることを決めていた。
それが、親友との約束だったから。
パパ視点、続きます。よろしくお願いいたします!




