表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

13.あなたがいいと言ったので3

「私が買ったのは、エルセリオです」

「え……っ?」


 まっすぐに僕を見据えて告げられたその名は、伝説とも言われている超希少価値の高い宝石だった。


 火山と氷河が交わる伝説の聖域「ユルヴァの渓谷」でしか採れない天然鉱石。

 採掘には命の危険を伴ううえ、百年に一度しか地表に出てこないと言われている。

 更に採掘には一級魔導師の同行が義務付けられており、加工できるのは限られた凄腕の職人のみ。

 とにかく本当に貴重でコストがかかる宝石なのだ。


「な、なぜ、そんなものを……!?」


 さすがの僕も動揺した。

 エルセリオを買ったのなら、あの高額請求にも納得できる。


「私はカミル様に相談したかったのに……あなたは私の話を聞かずに行ってしまったので」

「それは……っ」

「好きなものを買っていいとおっしゃったので、この際だからうんと高価な宝石を選びました」

「……そう、か」


 反論できない。

 確かに好きに買えと言ったのは僕だし、彼女の話を最後まで聞かなかったのも僕だ。


 まぁあの値段でエルセリオが買えたのなら、むしろ安い買い物だったかもしれない。


 ……そう思うしかない。


「しかし、エルセリオなんてよく手に入ったな」

「すごく悩んだのですが……エルセリオの宝石言葉が好きなので」

「宝石言葉?」

「……それに、色もとても気に入りました」


 そう言って、彼女は手元の箱を開けた。


 中に入っていたのは、青と金が複雑に混じり合う、幻想的な輝きを放つ小さな宝石のネックレスだった。

 それも、チェーンが短めのものと長めのもの、二つ入っている。


「これは……」

「契約結婚とはいえ、私たちは指輪も作っていないじゃないですか」

「えっ……あ、ああ……そうだな」

「ですので、結婚の記念に、何か形に残るものをと思いまして」

「それで……これを?」

「はい。カミル様の瞳の色と、私の瞳の色に……よく似ていませんか?」


 少し照れ笑いを浮かべてそう口にしたエーファに、僕の胸がドキリと高鳴った。


「ちょうどエルセリオが入荷されたと聞いたので。……本当は、私の分だけにしようかとも思ったのですが、やっぱりせっかくなので、カミル様の分も」

「エーファ……」

「エルセリオをネックレスにしたのは、私ですよ? 初めてなので緊張しましたが、思ったよりよくできてるでしょう?」


 彼女のその言葉に、僕はネックレスをじっと見つめた。

 彼女が、わざわざ僕たちの結婚の記念に、このネックレスを作ってくれたのか。

 僕は、結婚指輪すら贈っていなかったというのに――。


「すまない……っ」

「私が欲しかっただけです」

「……エーファ」


 本当に、僕はどこまでも格好悪い男だ。

 こんなことでは、エーファに釣り合える男とは程遠い。


「まさか君がこんなものを用意してくれていたなんて、知らなくて――」


 また言い訳を口にして、ぐっと言葉を呑み込む。

 今は言い訳を並べている場合ではない。

 それよりも、目の前のことに感謝し、素直に気持ちを伝えよう。


「……ありがとう、エーファ。とても嬉しい。大切にするよ」

「ふふ……着けてくださいませんか?」

「もちろん!」


 優しく微笑んでくれる彼女の後ろに回り、チェーンが短いほうのネックレスを彼女の首に着ける。


 こうして近くで見るエーファの首筋はとても白くて、細くて、美しくて――。


 思わず息を呑んだ。


「……カミル様? まだでしょうか?」

「す、すまない……! ネックレスを着けるのは、結構難しいんだな」


 僕がもたもたしていると、エーファは小さく笑う。


「ゆっくりで大丈夫です」

「ああ、ありがとう」


 ようやく彼女の首にエルセリオのネックレスを着けることに成功すると、今度は彼女が僕の首にもう一つのネックレスを着けてくれた。


 ……なんとも、あっという間に。


「できましたよ」

「……お、おそろい……だな」

「ふふ、そうですね」


 侍女が持ってきてくれた鏡を覗き込んで、エーファとの距離が近いことにまた鼓動が跳ねる。

 鏡に映った僕の顔だけが真っ赤になっている。

 本当に格好がつかない……そう思うが、エーファは嬉しそうに笑ってくれた。



 いつか僕も必ず……エーファにおそろいの指輪を贈ろう。


 エルセリオの宝石言葉は、「未来の約束」。



 契約結婚をした僕たちにはとても似つかわしくないその意味に、なぜだか胸の奥があたたかくなった。


 エーファのことを、最初はただの契約相手だと割り切っていたはずなのに。

 今や僕は、彼女をそれ以上の存在として、心から慕うようになっていた。


 なのに、その気持ちを一言も伝えられず、ずっと彼女を一人にしてきたのだ。


 気づくのが、あまりにも遅すぎた。

 せめて、今からでも取り戻したい。今からでも、伝えておきたい――。



「エーファ……今更だが、僕に嫁いでくれてありがとう」

「本当に今更ですね。突然、どうしたのですか?」


 はっきり思ったことを口にしながらも、エーファは優しく微笑んでくれる。


「その……僕は自分の気持ちを口にするのが苦手だ」

「ええ、知っています」

「いくじなしで、格好悪くて……至らない点がたくさんあると思う」

「そうですねぇ」

「……それなのに、こんな僕に一年もついてきてくれて……本当にありがとう」


 ドキドキと鼓動が高鳴る。まるで全身が心臓になってしまったかのように、大きく脈打つ。


 本当は、怖い。

 エーファはこの一年、僕への不満をずっと我慢してくれていた。本当は嫌なのに、笑ってくれていた。


 もし、今もまだそうだったら――?

 それを思うと、恐怖で震えそうになる。


 しかし。それでも。

 僕は、今の気持ちを彼女に伝えた。


「僕は変わる。これまでの態度……初夜で君に言ってしまったこと、すべて謝罪させてほしい」

「え……?」


 エーファの瞳がそっと見開かれる。その瞳には、嘘がない。

 これまでも、彼女の目をちゃんと見ていれば、気づけたかもしれない。


「僕との結婚生活を、どうかやり直してくれないだろうか?」


 緊張で目が回りそうになりながらも、しっかりと地に足を付けて、言葉を繋いだ。

 彼女の目を見て、真剣に。


 するとエーファは、少しの間沈黙した後、ふっと口元に笑みを浮かべた。


「私の中ではもうとっくに、やり直しているつもりでしたよ?」

「……え?」

「これまでの、我慢ばかりの都合のいい契約妻はもう終わっています。私はもう、言いたいことははっきり言うと決めましたので」

「エーファ……」


 彼女のまっすぐな言葉に、僕の緊張が解れていく。

 エーファは本当に、どこまでも優しく、美しい人だと思った。


「ありがとう……! 君の愛に答えられる、立派な夫になるよ!」

「愛しているかは……まだわかりませんけどね?」

「えっ? そ、そうか……そうだな!」


 少し、調子に乗ってしまった。

 やはり僕はまだまだなのかもしれない。


 しかし、いつかエーファに夫として愛してもらえるよう、この気持ちをまっすぐ彼女に伝えていこう。



 彼女の隣に、きちんと向き合う夫として――もう一度、歩き始めたい。




お読みいただきありがとうございます。

次回は二人の過去です。お付き合いいただけますと幸いです!


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価を押して応援してもらえると励みになります!(ง •̀_•́)ง

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ