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10.その席、あなたのじゃなかったみたいですね2

 ――そして、一年が過ぎた。


 王宮で開かれた盛大な夜会に参加したわたくしは、一人でいるカミル様にそっと近づいた。


「お久しぶりですね、カミル様。最近はあまり舞踏会ではお見かけしませんが、今宵はお会いできて嬉しいですわ」


 淑やかに微笑むわたくしに、カミル様は軽く頷くだけだった。


 ……まぁ、もともと愛想のある方ではないものね。大丈夫、これはいつものこと。焦る必要はない。


「ところで……奥様はご一緒ではなくて?」


 さりげなく、けれど確信めいて問いかけると、彼の視線がふとホールの入り口へ向けられた。


「もちろんエーファも来ている。今少し外しているだけだ」

「まあ……そうでしたか」


 エーファって……呼び捨て?

 なんだか、思っていたより親しげな響きね。

 ……いえ、これはただの演技、建前かもしれないわ。


「では、今宵は奥様とダンスを?」


 カミル様が妻と踊らないことなど知っている。だから、あえて問いかけた。きっと否定するから、そしたらわたくしがお誘いしよう。


 ――そう思ったのに、彼は平然と答えた。


「もちろんだ。彼女のドレス姿は誰よりも美しい……」

「……え?」


 その言葉は、彼の胸から自然にあふれ出たようだった。

 何かを思い出すように遠くを見ながら頬を赤らめるカミル様。


 ……冗談でしょう?

 彼が、こんな顔をするなんて……演技にしては、上手すぎる気が……。


 頬が引きつったのが、自分でもわかる。


 そのとき、会場の空気がふっと変わった。

 ざわつく人々。そしてカミル様の視線の先。

 そこには、誰よりも気品ある美しいドレスに身を包んだ女性――エーファがいた。


 淡いピンクがかったベージュの髪、宝石のような碧眼。


 彼女は控えめな笑みを浮かべて、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 姿勢も、所作も、雰囲気も……なんだか余裕があって、わたくしの中の印象とはまるで別人の品がある……。



「エーファ!」


 その瞬間、カミル様がまるで少年のように頬をほころばせて彼女の名前を呼んだ。


 ――嘘でしょう?

 あのカミル様が、こんなふうに笑うなんて。

 わたくしが長年見てきた、あの冷静沈着で無表情の彼が……。


「支度に手間取ってしまって……でも、カミル様に見ていただきたくて、髪を結ってきました」

「ああ、ありがとう! もちろん下ろしていても美しいが、今宵のドレスにはアップスタイルのほうが、より似合うと思ったんだ」


 甘く、とろけるような声音。

 カミル様の視界には、もうエーファしか映っていない。


 あの……今、わたくしと話している最中だったんですけど……?


「カミル様――」

「……なんだ?」


 わたくしの呼びかけに、思い出したようにカミル様が振り向いてくれた。


「あの……契約妻である奥様のことは、いつもエスコートしていなかったはずでは……」


 恐る恐る問いかけた言葉に、カミル様はとても不快そうに短く「ああ」と言い、答えた。


「僕はこれまで、彼女を誤解していた。そして自分のプライドを優先して、傷つけてきたんだ」

「え?」

「だが、もうそんなことはしない。これからはエーファの夫として、僕は彼女の隣に立つと決めた」

「…………はあ」


 何があったのか、わたくしにはさっぱりわからない。

 けれどカミル様は、改めて何かを決心したように誇らしい顔をして、隣にいる妻を見つめている。


「僕の希望に応えてわざわざ髪型を直してくれるなんて……君はなんて優しいんだ」

「それくらい、構いませんよ」

「ああ……エーファ。今宵は二人で楽しもう」

「ええ」


 そうして、カミル様は妻の手を取り、そのままホール中央へと足を進めていった。


 わたくしは一人、ただその場に取り残される。

 まるで最初から存在していなかったように。


 周囲が二人の美しい姿に見惚れているのがわかる。

 エーファのドレスが揺れる度、視線がそちらへ引き寄せられていく。


 誰も、わたくしのことなど見ていない。


 ……どうして?

 予定では、わたくしがカミル様の隣にいるはずだったのに……。

 あの女は契約妻なんでしょう? どうして、あんな目で見つめているの……?


 ダンスの途中、カミル様はエーファの腰に手を添えながら、優しく何かを囁いた。

 彼女はその言葉にそっと微笑み、頷く。


 その目に宿るのは、明らかに〝愛〟だった。


 ……まさか。

 まさか、本気で、カミル様があの女を?


「信じられない……!」


 この一年で、一体何があったの? ただの契約妻だから、どうせすぐに離婚するんじゃなかったの!?


 くすぶる嫉妬と焦燥に、わたくしは拳をぎゅっと握りしめる。歯を食いしばり、視線を逸らそうとした、その瞬間だった。


 ふと、エーファがこちらに目を向けた。


 視線が交錯する。


 でもその瞳には、憐みも、勝ち誇りもなかった。


 ただ静かに、確かに……わたくしに向けられた無言の言葉があった。



『その席、あなたのじゃなかったみたいですね――』



「……!」


 ――そう。それは、一年ほど前にわたくしが彼女に言った言葉。


 その言葉は、エーファじゃなく、わたくし自身が告げた言葉。


 この一年で、あの〝契約妻〟は、いつの間にか本物の〝侯爵夫人〟になっていた。



 そしてあの席は……最初からわたくしのものではなかった――。





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頑張ります(ง •̀_•́)ง

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