01.夫にアレを奪われた1
『これは契約結婚だ。君を愛することはないだろう』
初夜に、夫からそう告げられたのは一年前のことだった。
私たちの結婚には愛がなかった。それは貴族同士の婚姻では珍しいことではない。
私の夫、カミル・リーベナウ侯爵は、若くして家を継いだ。
妻がいなければ体裁が悪いという理由で、家柄のよいヴァルトハイム伯爵家の次女である私、エーファが彼の妻となった。
私は都合のいい契約妻なのだ。
整った顔立ちに、すらりと高い背丈。銀の髪に太陽のような金色の瞳。
そんな美しい彼を見て、最初は少し期待してしまった。
こんなに素敵な人の妻になれるなら、たとえ契約結婚でも悪くないかもしれない。
……そう思っていたのに。
あの夜、緊張しながら迎えた初夜で冷たく言われた言葉に、私は結婚生活に期待するのをやめた。
それでも私たちは、毎晩同じ寝室で、同じベッドで眠っている。
広すぎるそのベッドで、彼と身体が触れ合うことなど一度もないけれど。
でも――。
私には、どうしても我慢ならないことがある。
今夜もまた……夫にアレを奪われたのだ。
「……どうして自分の毛布があるのに、私の毛布を取っていくのかしら」
そう、彼はなぜか、自分の毛布があるにもかかわらず、私の毛布を引っ張り、そして奪ってしまう。
その度、私は寒さに震えて目を覚ます。
奪い返そうとしても、寝ているくせに妙に力が強くて、彼は毛布を手放そうとしない。
だから、私は決めた。
この人と一緒に寝るのは、もうやめる。
*
「――もう僕と一緒に寝ないって、どういうことだ!?」
出張から戻ってきたカミル様は、寝室を見て何かを察したのか、転がるようにしてティータイム中の私のもとへやってきた。
そんなに慌てることかしら、と私は内心で首を傾げる。
彼がいない間、私は使用人に頼んで寝室を別にしてもらっていた。
この一週間の、なんと快適だったことか。
自由に寝返りを打てるし、毛布を奪われることもない。
ぐっすり眠れたのなんて、いつぶりだろう。どうして今まで我慢していたのか、不思議なくらいだ。
「どうもこうもありません。そもそもよく考えたら、私たちが今までずっと一緒に寝ていた理由がわかりません」
「そ、それは……僕たちは夫婦なのだから、当然だろう!」
「白い結婚の夫婦には、必要ありませんよね?」
「……っ」
意外だったのは、彼が本気で困った顔をしていることだった。
そんなに使用人の目が気になるのだろうか。
けれど、私たちの関係に愛がないことなど、屋敷中の誰もが知っているはずだ。今更取り繕う意味なんてない。
「……何がそんなに不満だったんだ。僕は君に手を出したことは一度もない。君が嫌がるようなことをしたつもりはないぞ?」
探るような目で私を見つめながら、彼がぽつりとそう言う。
私は一つ、溜め息をついた。
「自覚がないのでしょうね。あなたはいつも、ぐーぐー寝ていますものね」
「!? そ、それは……疲れているんだ……夜は寝るだろう……」
確かに、彼が忙しいのは知っている。
若くして侯爵を継ぎ、この一年、仕事に慣れようと、そして誰からも舐められないよう、必死だったのだろう。
でも。
「あなたは毎晩、私の毛布を奪っていくのです。自分の毛布がちゃんとあるのに! おかげで私は、何度風邪を引きかけたことか」
「……えっ?」
彼の目が見開かれる。
「そんなことで?」とでも言いたげなその反応に、じわりと怒りが湧いてくる。
でも、私にとっては些細なことではないのだ。
この一年、ずっとそれを我慢してきたのだから。
実際、何度か軽い風邪を引いたことがあったし、寒くて夜中に目を覚ましている。
……もう、本当に勘弁してほしい。
「そういうわけですので、あなたとはもう一緒に寝ません」
これは契約結婚。彼が私を愛することはないし、私もそれで構わない。
だから、何も問題ない。
彼が侯爵として地盤を固めた後は、白い結婚のまま静かに離婚する予定なのだから。
本当に、どうして今まで一緒に寝ることにこだわっていたのか、わからない。
「これであなたも、のびのびと寝られますよ。毛布も好きなだけ独り占めしてください」
「いや……、それは……」
にこりと笑顔で告げた私に、彼はやっぱり歯切れが悪い。
もしかすると、男のプライドというやつが邪魔をしているのだろうか。彼はまだ二十一歳。
まったく、若くして侯爵になった男は大変ね。
「では、話は以上ですね。私は失礼します」
これ以上話しても仕方がないと思い、私は椅子から立ち上がった。
けれど、そのとき。
「……待ってくれ!!」
突然、彼が私の腕を掴んだ。