別れの朝
山から吹きおろす風が、軍馬たちのたてがみを優しく揺らす。
乾いた蹄の音が、とある診療所の前でピタリと止まった。
「ライ!準備できてるか?」
扉を叩きながら、がっしりとした体格の垂れ目の男が、大きな声で言う。
……ギィ……と音を立てて、ゆっくりと診療所の扉が開いた。
「おっ、迎えに来たぞ。あいつの容体はどうだ?」
「心配ない。王都までは戻れる」
ライは短くそう告げ、診療所の中に視線を向けた。
ミオが、慌ただしくパタパタと動き回っている。
「あっ、お迎えの方ですか?……ちょっと待ってくださいね!水筒に、薬がこれと、これと……あとこれ!
お昼に食べてください、サンドイッチです!」
ライに、ポンポンと荷を渡していくミオ。
その様子を、将軍の腹心であるリド・ノーマンはニヤリと眺めていた。
「ほぉ〜……」
その空気に気づいたライが、眉間にシワを寄せてじろりと睨む。
毒に伏していた騎士が、ミオと共に診療所の扉から現れた。
彼は小さく頭を下げて言う。
「薬師様、本当にありがとうございました。命を救われました……」
「まだ無理はしないでくださいね。王都に着いたら、すぐ薬を飲んで、横になってください」
ミオは優しくそう告げると、心配そうにライの顔をちらりと見た。
「……約束する。無理はさせん」
ライの低い声に、ミオはほっとしたように微笑み、そっと頷いた。
やがて、一行が馬にまたがる。
「どうぞ、お気をつけて! ライ将軍!」
ミオが元気よく手を振ると、ライは一言も発さず、静かに頷いて馬に跨がった。
そのときだった。
「世話になった。……ミオ」
ミオの手が ふいに止まる。
低く呼ばれた自分の名前に 驚いて目を見開く…。
だが、ライは振り向かないまま 黒馬を静かに走らせていった。
山から朝日が顔を出し、背後から騎士たちの制服をまばゆい金色に染めている。
ミオは、馬上の後ろ姿が見えなくなるまで 小さく手を振りながら 静かに微笑んでいた。
(皆さん王都まで、無事に戻られますように…。
さあ…!今日も一日頑張るか!! )
ミオは うーんと伸びをすると、ポニーテールを揺らしながら 蔦が絡まる診療所へ足取り軽く戻って行った。
−−薬師の日常が今日も始まろうとしていた−−
第二章へ続きます☆