最後の晩餐
診療所の扉が 朝の風と共に開くと 待ってましたとばかりに人々が押し寄せてきた。
「ミオちゃん、うちの旦那みてやって!朝から腰が
痛いって言うのよ。」
「薬師さん うちの子、昨夜から咳と鼻水が止まらないの。診てもらえる?」
たちまち診療所の中は、人々の気配と薬草の香りに
包まれた。
「−−おじさん、腰の痛みにはこの湿布を貼ってね。
痛みが引かないようなら、また来てね!」
「ミオちゃん、いつも ありがとうな。」
ミオは患者と談笑しながら、不意に視界の端に映る
見慣れぬ“影”に気づき、くすっと笑みをこぼした。
大きな背、広い肩――
薬草棚の前で、無言のまま薬草を次々と取り出しているのはライだった。
そのすぐ近くでは、カミラが天秤ざおを手に、黙々と薬草の調合作業に集中している。
「そこの26番の棚の薬草を取っておくれ!
あと40番、32番も! 違う!上だよ上!!」
「……」
ライはひとことも言わず、無言でカミラの指示に従い、棚から薬草を取っては そっと差し出す。
その姿を、ミオは少し離れた場所から、おかしそうに見つめていた。
(帝国最強の将軍って言われてるのに…見た目はちょっと怖いけど 優しい人なんだわ…)
ミオの口角が自然と上がる。
−−診療所は一日じゅう、活気に満ちていた。
患者がひっきりなしに訪れ、夕暮れまで薬草の香りと人々の声が絶えなかった。
ようやく最後の診察を終えた頃、カミラは肩を叩きながら、帳簿を持っていつものように家路についた。
−−賑やかだった空間に、再び静寂が戻る−−
「お腹、空きましたよね。ご飯にしましょう」
ミオはそう言って、台所の奥へと姿を消した。
ライはその背中を黙って見ながら、昼間のカミラとの会話を思い出していた。
***
「…ミオの両親はねぇ、二人とも医者だったんだよ。夫婦で王都から移住してきてさ。でも、お高く
とまったとこなんか、全然無くて 薬草学にも興味津々でねぇ…」
カミラは懐かしそうに目を細める
「だからミオは診療所で遊びながら、両親の技術を自然に身に付けて、私が薬草つみに山に入る時も、うしろからぴょんぴょん着いてきてね。そりゃあ可愛かったさ。」
「……両親は…」
「10年前ぐらいか…伝染病が王都で流行ったろう…こっちも大変だった。患者が一人でも増えないよう、寝ずに対応して…。
その後、両親二人とも感染してね。手は尽くしたけど助からなかった…。」
「……」
*****
「−−はーい!お待たせしました!」
明るい声に、ハッとライは意識をもどした。
目の前には具が沢山入ったシチューが湯気を立てている。
「今日1日たくさん手伝ってもらっちゃって…ありがとうございました!」
「…」
ライは黙ってうなずいた。
「騎士さんも 夕食から少しずつ食べられるようになって来て、安心しました。」
ミオは瞳を輝かせて笑いかけた。
「……明日王都に戻る…朝迎えが来る」
「はい…。」
「……大変、世話になった。部下の命を救ってくれたこと…心より感謝する。薬師…」
ライはシチューを目前に 深々と頭を下げた。
ミオはびっくりして、固まっている。
「あ、頭をあげて下さい!」
あわあわと手を振り、ライに頭を上げるよう促す。
「…騎士様が元気になられて本当に良かったです。
こちらこそ、今日1日たくさん手伝ってもらっちゃって。カミラおばあちゃん、人遣いが荒いでしょ?」
その言葉に、ライはほんの一瞬だけ遠くを見ると
「…薪を一生…割らされると思った…」
ボソリとつぶやいた。
その一言に、ミオは堪えきれず、ぷっと吹き出す。
「ふふっ……すみません オルグレン将軍。カミラおばあちゃん、いつもああで…」
「…ライだ。ライでいい。…言いにくいだろ」
ミオの言葉を遮るようにライが真っ直ぐ目を、見て言う。
「あ、は、はい…ではあの 私のことはただのミオで!」
気まずい空気を振り払うように、ミオは自分を指差して カラリと笑った。
「……」返事が帰ってこない。
ライは目の前のシチューをひたすら見つめている。
「ライ将軍…?」
「……善処する…」
「練習してみます?」
「…遠慮する…」
(不思議な人…でも、やっぱり優しい人だな…)
目の前で黙々とシチューを食べる帝国最強の将軍。
ミオは この光景を一生忘れないだろうなと 心に刻み、優しく目を細めた。