蔦の診療所
帝国の王都から南西。
そこに、ミオが暮らすクルス村はある。
華やかさはないが、王宮の建築にも使われる上質な石と
豊かな森に支えられ、村は小さいながらも堅実に栄えてきた。
その村の中央に、蔦に覆われた白煉瓦のミオの診療所が、
朝日に照らされて立っている。
「ミオや、起きてるかい!?」
ドン、ドンッ。
診療所の静寂を切り裂くようなノック音が響いた。
ミオは奥で解毒剤を煎じ中だ。
ライは音のする方へ向かい、そっと扉を開ける。
「はいっ、おはようさん!」
白髪まじりの老女が、勢いよく中へ入ってきた。
手に持った籠からは、香ばしい匂いが漂っている。
「ミオ、朝食のもろこしパンとスープ、ここに置いとくよ!」
「はーい」
診療所の奥から、のんびりとしたミオの声が返る。
老女はテーブルに朝食を置くと、ライの顔を見上げて、ニヤリと笑う。
「あんたが噂の将軍様かい? えらい男前をミオは捕まえたもんだね…! ガハハッ!」
たじろぐライ。
「……いや、私は――」
「で? マヌガ蜂の患者はどこだい。見せてみな」
表情が一変した老女は、話をさえぎるように ツカツカと奥へ進む。
ベッドの側で騎士の脈を取り、患部を確認する。
「刺されたのは昨日だって? 随分落ち着いてるじゃないか」
感心したように頷く。
ミオが、解毒薬を手に嬉しそうに戻ってきた。
「そうでしょう? 山で応急処置できたのが効いたみたい!」
そのやりとりを、黙って見つめるライ。
(……なんだ、この老女は)
その空気に気づいたのだろうか、ミオが慌てて口を開く。
「あっ、オルグレン将軍!こちらは村長のカミラおばあちゃんです。私の薬草の師匠でもあるんです」
「はいよ どうも。」
老女――カミラが、面倒くさそうにくるりと振り返る。
「そうなのか……。ライ・オルグレンだ。
私の部下が、大変世話になっている。感謝する」
カミラは、「ほう」という顔を一瞬貼り付けると、ライをじぃ~~っと全身舐めるように見つめる――
「……合格っ!!」
「もう、おばあちゃんっ!!」
ライはミオを横目でそっと見た。
老女とライの顔を見比べて、ミオはあたふたと視線を揺らしている。
やがてライと視線が合うと、ミオはふっと眉を下げ、小さく笑った。
気まずさと、どこか温かさが滲むような、控えめな苦笑いだった。
なぜだかライは、そのミオの表情から目を離せなかった。
「さあさあ、早く朝食食べちまいな!今日も忙しくなるよ!」
時を動かすように、カミラの張りのある声が診療所に響く。
朝の光が、ミオの頬をやさしく照らす。
ライは言いようのない感情を抑えるように、拳をギュッと握った。