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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
44/45

正体


「あれ、私の名前が…」

ミオは壁に張り出された名簿を見て首をひねった。。

山中での軍事演習の同行員として立候補していた自分の名前が消されていた。

そもそも誰も行きたがらない任務なのに…。


(まさか、いやきっと、そうだ…。)

思い当たる原因はただ一つ。


最近ライは、ミオの安全に関して、敏感になる事が増えた。いつも自分を大事にしてくれて、守ってくれる。言葉にはしないものの、彼からの愛は十分に感じている。だからこそ、しばしの間ミオは考えこんだ。


***

夜の帳が降りた頃――


いつものように、ミオはライの自室の扉を開けた。

次の瞬間――ミオの身体は、すっぽりとライの広い胸元へと抱き込まれていた。


驚くほど静かな動き。

けれど、そこには逃さないという確かな意思が宿っていた。


「……遅かったな」


低く静かな声とともに、ミオに向けられた眼差しはとても優しい。


ミオは一瞬、声を失いながらも、彼の胸に頬が触れる距離でそっと口を開いた。


「……あの、今度の軍事演習……私の名前が名簿から、消されていて…。何かご存じですか…?」


ライは数秒沈黙すると、視線をそらし、静かな声で答える。


「前回の演習を忘れたのか?…あの時は、本当に肝が冷えた…。二度と危険な目に合わせたくない。」


ミオの頰をゴツゴツした指がそっと撫でた。

ミオはその手をぎゅっと握り、灰色の目をまっすぐ見て伝える。


「心配してくださるのは、有り難いんです。

でも私は、薬師としてまだまだ勉強中の身です。どんどん経験値をつんで成長したいんです。役に経ちたいんです」


薬師としての真っ直ぐな志に、ライは言葉を失った。

だがそれでも、心のどこかで「行かせたくない」と叫んでいる自分がいる。


「……今回は、もう決まったことだ」


「…わかりました」


表情は薄く微笑んでいるが、いつものミオの声と違う、少し悲しげな響き。

彼女は一礼して、部屋を出て行った。


ライは閉じられた扉を見つめたまま、自分を納得させるように、これでいい。と何回も繰り返した。


***


夜の薬草園――月明かりがしんと静まった葉を照らしている。


ミオは、先ほどの会話を思い出すと胸がモヤモヤしてきて、深い息を吐いた。


(私の事を大事にしてくれるのは嬉しい…でも…)


「こんばんは。」

「ぎゃっ!」

音もなく後ろにフィルが立っていて、ミオは飛び跳ねた。


「なんか元気ないね。大丈夫?」

「何でも…ないです。」


「ねえ、ミオ。今丁度、医療体制の新しいアイデアを思いついたんだけど、聞いてくれる?

そう言うやいなや、手にした紙の束をバサバサとミオに見せてくる。


(…いつも神出鬼没で、本当に不思議な人だな…)

クスリとミオは笑った。


「あの、フィル様。こんな大事な国の構想を、私が聞いてしまっていいんでしょうか?」


「だってミオが僕にこの元気な体をくれたでしょう、だから君に一番に聞いてもらいたいんだよ。」


と、さも当然な表情で言ってくる。


「せっかく君と友人になれたのに。もうすぐ視察も終わりだ…。国に戻らなきゃ。

ユミル王国へは船で1週間だ、ミオは海を見たことあるかい?」


「いいえ、私は山育ちだから…。航海って響きだけで胸がときめくます。」


ミオのその言葉に、フィルがオリーブの瞳をパッと輝かせた。


「――じゃあ、一緒に行く…?広い海を見せて上げる。」

ミオが戸惑い、言葉を失った瞬間――


「――王子」


ライの低い声が薬草園に響いた。

ミオを探して、走って来たのだろうか。ライの額はうっすら汗ばんでいた。



「えっ!ライ将軍!?…王子?って誰が?」

驚いたミオが、自分の側に立つ2人の男の顔を見比べる。


「ミオ、こちらの方は 文官などではない。ユミル王国の第二王子 フィリクス様だ――」


「……」

ミオは驚きの余り、言葉が出てこない。


殿下と呼ばれたフィルは少し遠い目をしながら、呟いた。

「ああ、もうばれちゃったのか…残念だな。」


「申し訳ありません…。調べさせていただきました。王子が文官の格好で伴も付けず夜の薬草園になど。

…どうかご自覚下さいますよう。」


ライの、牽制ともとれる静かな声があたりに響く。


フィリクスは肩を落としてため息をつくと、ミオの肩にそっと手を置いた。


「ミオ、ごめんよ。嘘をついた。君とは普通の友人のように話をしたかったから…。今回の事、また説明させて。今夜はおとなしく部屋に戻るよ」


「あ、はい…フィル…じゃなくて、フィリクス様」


そう呼んだ瞬間、フィリクスの顔がほんの一瞬曇った。


「部屋までお送りします。」

ライの低い声が 割り込む。


「いや、大丈夫…お疲れ様。オルグレン将軍」


ライに、視線を戻したその瞬間 ――

フィリクスのオリーブの瞳から、ふっと微笑みが消えた。


いつもの穏やかな文官の面影は、そこになかった。


――まぎれもなく、王国の血を引く者の眼差しだった。



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