2人の男
鳥のさえずりが聞こえる。
まどろみの中でも、その手は華奢で柔らかな彼女の身体をさがす。
自分の胸にピッタリとくっつき、無防備な顔で眠る愛しい女性。
柔らかな髪を撫でながら、思う。
これは都合の良い夢じゃないのかと――。
もっと、もっと欲しい。
宝物のような君のすべてが――欲しい。
この人生が終わる時まで、君と離れずに。
***
「ミオ!君の処方薬 本当に効くんだ。凄いよ…!今までどんな医者に見せても、駄目だったのに…!」
秋晴れの薬草園にフィルの弾んだ声が響いた。
「わあ、処方が身体に効いてきたみたいですね!良かった…!! でも 完治には時間がかかりますから、薬を飲み続けていただきたいんです。」
「いや、そのくらい何でもないよ。本当にありがとう!」
そう言って、フィルはミオの手を取りブンブンと振った。
「ああ…ローブなしで太陽の下を歩いたのなんて何年振りだろう。」
そう言って、フィルは空に顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。
「今までは、陽の光で肌が腫れて、息が出来なくなってたのに…。まだ夢みたいだ。」
ミオは目を細めて、陽射しに溶け込むフィルの姿を見つめた。
あれから文官のフィルとミオは、ちょくちょく薬草園で顔を合わせるようになっていた。
フィルの身体を診て、薬を渡し、少し話をしては、ふらりと去っていく。
そんな不思議な間柄だった。
今日もまた、フィルが語るユミル王国の未来像に、ミオは感心しきりだった。。
「ユミルでは、まだ薬術や医療が発展途上なんだ。ほとんどが民間療法に頼っている状態でね。
君のような人が来てくれて、その知見を広めてくれると、とても助かるんだけど」
「そんな……。私もまだ、勉強中の身なんです。
でも……フィル様はすごいですね。お若いのに、しっかりと未来を見据えていて」
「……趣味、みたいなものかもしれない」
フィルは少し照れたように笑ってから、真剣な表情に戻る。
「でも、ユミルでは今、高度な医療を受けるには多額の費用がかかるんだ。
僕は、誰もが当たり前に、必要な医療を受けられるような仕組みを作りたい。
――君が、僕の体を治してくれたみたいに」
そう言って、フィルはオリーブ色の瞳で、じっとミオを見つめた。
「そんな……。あの、そのことなんですが」
ミオは少し声をひそめた。
「フィル様のその症状、南方に生えるとても珍しい毒草を摂取したときに現れるものに、酷似しているんです。
子どもの頃からずっとだと聞きましたが……いったい、どうして?」
フィルはふと視線を落とし、わずかに顔を曇らせた。
返答に迷うような沈黙――その時だった。
「ミオ」
低く抑えた声が、自分の名を呼ぶ。
ライだ。軍の演習が思いのほか早く終わったのだろう。
いつもの軽装に身を包み、腰には剣一本。表情をほとんど動かす事なく、ミオの方へと真っ直ぐ歩いてくる。
「ライ将軍! お疲れ様です!」
ミオが振り返りながら声をかけると――フィルが、ゆっくりとライに視線を向けた。
そのオリーブ色の瞳は、どこか挑むようでもあり、静かでもあった。
(誰だ、文官か? 見たことのない顔だが…)
ライの視線が鋭さを帯びるのに気付いたミオは慌てて言葉をつなぐ。
「あっ、将軍。こちらは ユミル王国からの視察団の文官のフィル様です。少し診療を…」
「――こんにちは。お目にかかれて光栄です。ライ・オルグレン将軍」
ライの気配に動じる事なく、フィルという男は如才ない笑みをたたえて、優雅に頭を下げた。
「じゃあまたね、ミオ」
軽やかに背を向けて歩き出すフィルという男、
去り際、ライと視線がぶつかった。
その瞬間、将軍としての勘が警鐘を鳴らす。
――この男は普通の文官などではない。
この目つき、妙に洗練された立ち居振る舞い。
(こいつは一体、誰だ―?)
言いようのない不安がライの胸をよぎる。
無意識に、横にいるミオの肩をぎゅっと抱き寄せた。
彼女が自分の側にいることを確かめるように――




