夕立風
――その日は、風が強い日だった。
ラングスター領から王都に戻って来て数週間がたった頃、ミオはいつもの日常に戻っていた。
薬術院のすべての診察が終わり、診察室にはミオが1人残っている。
チラリと壁に貼ってある暦を見た。ライの帰還の日まであと僅かだ。
ミオは落ち着かない心を持て余し、薬草棚の整理に取りかかった。
薬瓶をひとつひとつ丁寧に拭いては、きっちり薬棚へ戻していく。
窓の外は時折、ゴウ、と風が吹き、青々した葉が激しく揺れている。
その時、背後で静かに扉が開いた。足音もなく、何かが迷いなく近づき、ミオの背後で、ピタリと止まる。
手元の薬瓶に意識を向けていたミオは、ふと気配に気づき、ハッと顔を上げた――
その瞬間。
大きな手が後ろからミオの身体を抱きすくめた。
「――ただいま」
「……」
「ミオ?」
のぞきこむように ミオの横顔に視線を向けた。
「…ふ、う、ううっ……!!」
ミオの目から安堵の涙が溢れ出す。
ライの胸に思い切りすがりつき、子供のように涙を流す。
ライは一瞬、 驚きに身を固くした後、しゃくりあげる彼女の背中をゆっくりさすった。自分の身を案じて涙を流すミオが愛しくて、気付けば、唇の端に喜びを浮かべ、華奢な背中を思い切り抱き寄せていた。
(会いたかった…長かった)
そしてそのまま、愛しいミオの顔中にキスを落としていった。
額に、ふっくらした頬に、そして――瑞々しい唇に。
そのすべてを 拒むことなく受け入れる様子に
ライの身体にジワリと熱がともった。
「将軍…ラ、ライ将軍!」
キスが深くなる直前、ミオがハッとしたようにライの胸から身を離した。
「なんだ」
「あの…身体は?腕は!?…その後どうですか!?」
ライからの返答はなかった。
心配そうに、自分を見つめ続けるミオ。
「…いつ何時でも、薬師だな」
そう言って苦笑するライ。
「…?」
そのきょとんとした顔ですら愛しく、ライはもう一度、ミオの目元に優しくキスを落とした。
★★★
「うん!腫れも完全に引いてますね。指を動かした時に痺れはありますか?」
久しぶりのライの自室。
ミオの丁寧な診察が終わった。
今や完全に、毒矢に倒れる前とそん色変わらぬ回復を見せたライに、ミオも感心しきりだ。
「大丈夫だ。まったく問題ない。」
この言葉に、ミオは安心したように息を吐くと、薬箱を片付け、帰り支度を始めた。
そのミオの華奢な手首をライがそっとつかんだ。
「帰るのか?」
「…?あ、はい。夜も遅くなりましたし。移動でお疲れでしょう?」
「……」
ライは、視線を落としたまま、そっとミオの手首を握りつづけていた。
――まだ、いてくれ。そう願うように。
「……あ、えと…」
ミオは顔を赤くして黙ってしまった。自分もいい年だ。その意味もさすがにわかる。
戸惑うミオに、ライはポツリ、ポツリと言葉を続ける。
「俺は…この人生に執着したことは一回も無かった…。死ぬなら、それまでだと…。
でも今回は違った…ミオにもう一度会いたくて、
…気付いたら…生きようとしてた…。」
ライのあまりにも切実な独白に、ミオの目から再び涙がこぼれる。初めて心の内を語る彼の目の色が濃くなって、どんな人生を歩んできたか分かったから――
ミオはライの首に手を伸ばし、ぎゅっと抱きついた。
(私でいいのなら 隣にいさせてください――)
そう、思いながら。
***
大きなベッドの上、ライの唇がミオの柔らかな唇を何度も喰む
ゴツゴツとした指先が、ミオの柔らかな体の曲線をそっとたどると、ミオはふるりと震えた。
「…大事に、抱く」
ぼそりとつぶやいたライが愛おしい。
やがて白い背中と 古傷だらけの逞しい背中が重なり、一つの影になった。
「…怖いか?」
「……」
ミオはライの目をまっすぐ見て、ふるふると首を横に振った。ベッドの上で絡めた指に力が入った。
二人の熱い吐息は 外の風の音に甘く消えていった。




