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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
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残香


ライが毒矢に倒れてから1週間、ラングスター邸にある、将軍に割り当てられた豪奢な一室には、ミオやシアンだけでなく、王都から呼んだ医者や、ラングスター侯爵の姿もあった。

縛り上げていた右腕は 壊死の危険すらあったが 髪紐の伸縮性のおかげだろうか 最悪を免れた。

いや、最悪どころか―― 全員が目を見張るほど、

ライの身体は驚異的な回復を見せていた。


医者が注意深く脈を取りながら、信じられない、という表情を浮かべて言った。


「素晴らしい回復です将軍。痛みや痺れが残っていたりはどうですかな?呼吸がしづらいなどの症状は…」


「…ない。身体の感覚はほとんど戻っている。」


ライが手をゆっくり動かし、指を曲げたりしながら感覚を確かめる。

背後で見守っていたミオやシアン、ラングスター侯爵も揃ってホッと息をついた。


「やあ、これは奇跡ですよ。

命が助かっても、この手の神経毒は何かしら後遺症が残ります。

やはり、日頃から鍛えてらっしゃる方は違いますなあ…。 」


医者は感慨深そうに何度もうなずき、ベッドのそばを離れた。


「いや、娘の愚行で将軍や軍に大変な迷惑をかけた。まことに申し訳ない」

汗をかきながら侯爵は何度も頭を下げる。


「侯爵、皇帝からの命令だ。月末には兵を撤収させる。一部の兵を置いていく。国境に変化がないか、引き続き報告してくれ。」


ライは目線を下に落としたまま、有無を言わせぬ空気で伝えた。


「はい、そのように。それで……あの。娘が、ぜひ将軍に会って謝罪がしたいと申しておりまして…」


ライが、横目で鋭く睨んだ。

殺気が部屋全体に走る。そのひと睨みだけで全てを察した侯爵は、青い顔をして黙り込んだ。


「……少し休む。薬師、昼の薬の時間だろう。あとは下がっていい。」


ぞろぞろと皆が部屋から退出し、ライとミオの二人きりになった部屋に静寂がおとずれた。

ミオは、無言のままライの枕元にある小さな椅子にちょこんと座り、下を向いている。


ライは俯いたままのミオを見て「…ミオ?」と言い、顔を覗き込んだら驚いた。また泣いている。

涙腺が壊れてしまったかのように涙が止まらない。

ライは苦笑しながら大きな手で頬を包み、涙をぬぐってやった。


「本当にもう大丈夫だ。…何回言えば分かる?」


「……本当に、本当に!…怖かったんです。」


そう言って、また涙をポロリとこぼしながら、

未だ腫れが残るライの右腕に消炎作用のある軟膏を丁寧に塗っていく。


(――ミオが側にいてくれるなら、刺されても、切られても…何だっていい…)


それを言ったら、きっとミオに怒られる気がして…

その言葉は、口に出さないでおいた。


***


「それでは、将軍。 私、自室に戻りますね。」


軟膏を塗り終え、矢傷の消毒が一段落すると、ミオはそう言って立ち上がった。


それと同時に、ライの指がミオの手首をそっと押さえ込む。


ほんのすこし視線が下がって、口元が不器用に引き結ばれる。帰るな と言うのを我慢するかのように。


(……ああ、また)


そんな顔をされたら、そばを離れるのが辛くなる。

ミオはくすりと笑った。


「……また明日の朝、来ますから」

「…分かった」

そう言うとミオは今度こそ立ち上がる。


ライの喉がわずかに動き、ミオの動きに合わせて灰色の瞳が搖れた。

まるで大きな狼が森に置いてけぼりにされたみたいだ。


(可愛いって言ったら、不謹慎よね…。命を落としかけた人に。…でもそんな顔、しないで)


ミオはキョロキョロと周りを見渡し、誰もいないのを確認すると、よしっ!とライに向き合う。

そして――少し屈んでライの唇に軽くキスを落とした。小鳥が啄むような軽いキス。


「っ……」


一瞬、ライの身体が強張った。


触れた唇の感触。

あたたかくて、やわらかくて、甘くて

胸がまた、熱くなる。

ああ、この一ヶ月ずっとこれが欲しかった――


「……ミオ」


低く、震えた声。


視線がそっとミオを見上げた。後頭部を優しく引き寄せる。


2人の唇が、さきほどより、深く重なる。


やさしく、けれど、深く。唇を何度も合わせる。互いの舌先が軽く触れて、好きの気持ちが、溢れ出すような1ヶ月ぶりのキス。


やがて、名残惜しく互いの唇が離れた瞬間。


「か、……帰ります!あの、また明日!お大事に…」


ミオは真っ赤な顔で飛びのいて、パタパタと走り去っていった。

まるで何かから逃げるように。


ライはしばらく扉の方を見つめていた。

(戻ってきたらいいのに)

と思いながら。


ミオからのキスが、嬉しくて

それが、あまりに愛しくて。

どうしても、止められなかった。


頭では分かっている。

自分の全てを見せたら、彼女は絶対にいなくなる。

だから焦ってはいけない。自分の気持ちを押し付けてはいけない。

注意深く、逃げられないように。


けれど――


胸の奥で、疼くような欲が、静かに燃えていた。


ライは深く息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。


部屋の中に、ミオの残り香が、まだうっすらと残っていた。



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