灰色の瞳
鳥のさえずりと新緑が眩しい山道に、二つの足音が響く。
ミオは自分の後ろをピッタリとついてくる、大きな影に意識を向けた。
「何て速いの……ひと一人を背負って、このスピード…。気を抜いたら追い抜かされてしまいそう。」
ミオは後ろをそっと振り返る。
(大きな人……わあ、銀色がかったグレーの瞳 オオカミみたい…。あ、額の傷、少し赤くなってる……古傷?暑さで炎症が出てるのかしら……)
その瞬間、男が顔を上げ ミオと目が合う。
「……なんだ」
(……しまった!ジロジロ見すぎちゃったわ…)
「いえっ…あっ! 村! 村が見えてきました!」
ミオは慌てて山道の先を指さす。
男は視線だけを動かし、村の方角を確認した。
すると、ミオの隣に並ぶようにして歩き始める。
しばしの沈黙。
「……薬師。名は?」
低く、深い声が隣から降ってくる。
「あっ、まだ言ってませんでしたね。ミオ・サイラスと申します。……あの、貴方のお名前をうかがっても?」
無言で、グレーの目がミオを見つめる。
「……あ、失礼でしたか?」
「……ライ・オルグレン」
「ライ・オルグレン様ですね! ん……? ラ、ライ……オルグレン……」
一拍、沈黙。
「……もしかして、ライ・オルグレン将軍……ですか?」
ミオの脳裏に浮かぶのは、山村でも噂に聞くその名前。
−−−ライ・オルグレン。巨大なヴァルディール帝国騎士団の頂点に立つ将軍−−−
剣一本で帝国を守り抜き、皇帝からの信頼も厚いという。
田舎の薬師ですら知っている、雲の上のような存在が
今、自分の隣を歩いているなんて……!
そして、思い出す。
「顔の怖い人!」
「ちょっと後にして!」発言。
ミオはガックリとうなだれた。
ああ……やってしまった。
治療になると周りが見えなくなる、この性格が恨めしい。ミオは自分の頬を、そっとつねった。
「……蜂は」
ライの声が、不意に落ちてきた。
「……はち…あ、蜂の話ですか?」
ミオが間の抜けた返事をすると、ライの眉がわずかに動いた。
「マヌガ蜂だが……この時期にはまだ活動しないはずだ…」
「あ、そうですね。でも、今年は暖かくなるのが早かったでしょう?
気まぐれに巣から飛び出す個体もいますし…。そういう個体は攻撃性が強いんです。黒い色に反応しますから、騎士様の服の色で興奮状態になったのでしょう。」
ライは無言で、自分の真っ黒な騎士服に目を落とした。
そして、ミオの方へ顔を向ける。
「……礼を言う」
「えっ?」
「薬師のおかげで……こいつは今、生きている」
ミオは一瞬ぽかんとすると、将軍のグレーの瞳を見上げた。視線が合うなり 将軍は ついと前を向く。
「……ありがとうございます オルグレン将軍…。あと少しで着きますから……」
心のなかに 温かな気配が満ちてくる。
ミオはそっと口角を上げて 真っ直ぐ前を見た。