嵐
――その知らせは嵐のように、いきなりやってきた
「ミオ・サイラス 、シアン・リンデル――
皇帝より命が下った!――直ちにラングスター領へ出発せよ!」
皇帝付きの伝令官が息を切らしながら伝える。
何事かと2人が顔を見合わせた。
ちょうどその瞬間、リドが血相を変えて薬術院に転がりこんできた。
「――ライが、オルグレン将軍が毒矢に倒れたっ!
昨夜、奇襲で放たれた矢がこれだ…!
何の毒か分かるかっ!?」
その言葉にミオの耳が、キーン…と高く鳴った。
目の前のリドの動きが、ゆっくりスローモーションのようになる。
声が、遠い―― 水の中にいるみたいな。
膝に力が入らない…。
「ーオ、ミオ!! ボサっとするな!!」
張り詰めたシアンの声に、ミオの意識が一気に現実に引き戻された。
2人は直ちに布に包まれた矢尻を確認した。
独特な金属臭、矢尻に付着している濃い緑色の粘液…
「なんてこと…マトバガエルだわ!!」
隣のシアンも同じ見解の様だ。
「ら、ライ将軍は…!!今は…!?」
そう言いながら、既にミオとシアンは既に動き出していた。解毒に必要な薬を次々に掴み、鞄に詰め込んでいる。
「分からん…!とにかく気を失う前に、薬師を呼べと!」
ミオとシアンはすぐに支度を整えると、息をつく間もなく、ライのいる領地へ早馬で向かった。
風を裂くように、早馬が力強く駆け抜ける。リドの背中にしがみつきながら、ただ将軍の無事を祈った。
王都を抜け、森を抜け、日が没し、星が瞬く頃、ラングスター侯爵の邸がミオ達の視界に見えて来た。
「もう少しだ!あそこだ!」
リドが、馬上でミオの方を振り返り、ホッとしたように叫ぶ。
だが、ミオは何も言えなかった。
毒に倒れて、1日近く……。
もしかしたら、もう将軍は…。
(駄目、そんな事考えたら――)
どうか、どうか、間に合って――!!
命の終わりの匂いを嗅ぐまいとするように、ミオは歯を食いしばり、前だけを見つめた。
---
***
「将軍……!」
3人は なだれ込むように、ライが滞在している部屋の扉を開けた。窓際の寝台にもたれかかるようにして、ライが力なく座っていた。汗に濡れた額、蒼白な頬、呼吸は浅く、右腕には、刺さったままの毒矢――部屋の中では、侯爵や地元の医師が成す術もなく、オロオロと立ち尽くしていた。
ミオとシアンは、すぐに処置へ取り掛かる。
シアンはライのもとへ駆け寄ると素早く脈をとり、胸に手を当て心拍を確認する。
「――将軍、将軍!!…生きてる!!
よく矢を抜かなかった…!!
脈が弱いが……まだ生きてる!」
シアンが信じられないと言うように何度も叫んだ。
そして、毒で赤黒く腫れ上がった右腕には、見覚えがある髪紐が、何重にも強く巻き付けられていた。
(――私の髪紐で…毒の回りを抑えたの?…私が言ったこと、…覚えてたの?)
ミオの頬に涙がツウッと、こぼれ落ちる。
息が詰まって肩が上がる。
毒矢を抜くな、水で洗うな、決して横になるな。
──そのすべてを、ライは守っていた。
苦しみに顔を歪めながらも、ひとつとして怠らずに。
「こんなに苦しかったのに……ちゃんと……」
手が震え、脚に力がはいらない。
けれど――
「ミオ!」
シアンが応急処置の手を緩めることなく、ミオに一喝
した。
「泣いてる時間なんて無い!早く解毒剤を飲ませろ!!」
「……はい!」
ミオは涙を拭い、震える手を抑え、深く息を吸った。
自分は薬師――
命を救う者として、ここにいる。
矢が刺さってから既に一日近くが経過している。
状況はかなり厳しいが、決して諦めない。
解毒剤はミオが口移しで、少しずつ慎重に飲ませた。嚥下を確認しながら、徐々に紐を緩め、解毒剤が効くスピードと毒が回るスピード、その均衡をギリギリの所で調整した。
腕は…動くようになるだろうか…。
ミオは矢が突き刺さったままの右腕をチラリと見た。
紐で縛り上げて丸一日。
壊死するには十分な時間だ。
そうなれば、剣はもう握れない…。
(今は…今は、命を救う事に集中するのよ!!)
ふたりの薬師が、必死で命の境界線を繋ぎ止めていた。
ただひたすら、この男に生きてほしいという
切なる願いだけが、そこにあった。




