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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
38/45

毒矢

その日は新月――

地上にある全ての物が、闇に溶ける漆黒の夜だった。

ラングスター領の国境沿いにある山中で、警備にあたるライ・オルグレン将軍の眼は、鋭く獣のように光っていた。

夜目が効くライは、少しの異変も見逃さぬよう、神経を集中させる…。


そんな時だった。

馬蹄の音が不意に闇を割り、何人もの人間が近づく気配。


「なんだ……!?」

思わず眉をひそめたライの横で、リドが呆れたように剣から手を離した。


「まさか……セレナ様!?」


煌びやかな馬車の中から現れたのは、セレナ嬢。後ろから従者やメイド達も姿を表す。


思わず頭を抱えるリド

「何考えてんだ。今日は新月だぞ…何で警備の前線に……!」


リドが狼狽を隠さず低く呟き、ライは何の感情も出さず、冷たい視線だけを場違いなセレナ達に向けた。


セレナは涼しい顔で、微笑んだ。後ろの従者たちが重そうに大きな食籠を抱えている。


「宴を断るんだもの、だから差し入れを持ってきてあげたの。大丈夫、すぐに帰るわ。

…オルグレン将軍、そんなに遠慮する必要は無いのよ? …いずれ、全てが貴方の物になるというのに―」


「はあ?」横で思わずリドが素頓狂な声を上げた。


――ラングスターが、俺のものに…?

そうか、そこまで仕組まれていたとは…。

胸の中に黒い靄が立ち込めて、ライはギリリと歯ぎしりした。



――その瞬間だった――

闇の彼方から――シュッ、と空気を切り裂く音がして――


「敵襲!」の声が闇に響いた


数本の矢が、次々と迷いなくセレナの方向へと飛来した。

ライは咄嗟に身を投げ出し、そのうち一本を自らの右腕で受け止める。鋭く突き刺さった痛みに構わず、即座に退却の指示を飛ばした。


「リド、私兵を下げろ! 陣形を整えろ!」

「セレナ嬢を馬車の中へ!!」


きゃあきゃあと、勘高い声で消えていく令嬢やメイド達。

「なんつー、はた迷惑な令嬢だよ…!!」


リドの呆れたボヤキが聞こえる。

ライは、あたりをもう一度ぐるりと見渡す。


矢の主を見つけぬまま、敵の気配は既に霧のように消えていた。

(――奇襲か…)


周囲が落ち着き、静寂が戻り始めた頃、ライは自分の腕に突き刺さったままの矢に視線を落とす。さほど深くは無い。


抜く――か?


そう思いかけたそのとき、ライの大きな身体がぐらりと傾き、方膝を地面についた。


(…しまった、毒矢か…?)


ライの傷口あたりから、独特な金属臭が漂う。


(なんだ、この匂い…)


脳裏に、ミオの柔らかい声が響く。


> 『神経毒はね、まわりが早いの…。…砂漠の民とか森の民は生き物の毒を使ったりして…

マトバガエルの毒は、鉄みたいな匂いがしたら注意してください――矢を抜いちゃ、絶対だめ…洗うのも、駄目…心臓に、毒が行かないように…縛り上げて…」


――ミオ…!!



「っ……!」


ライは矢を抜こうとしかけた手を止め、鞘に巻いた髪紐を震える指でほどき、口に加えた。

もう片方の手で自らの腕にきつく巻くと、痛みと痺れで顔が歪んだ。


心臓が激しく打ち、呼吸がうまくできない。何とか木の幹にもたれかかる。視界がぐらりぐらりと揺れ、目がまともに開けられない。冷や汗が背を伝う。


「リド……っ!」


苦悶の中、かすれた声を絞り出す。


「毒矢だ……王宮の薬師を………呼べ……

神経毒、に詳しい奴だ、っ……この矢、抜くな……洗うな……すまん……落ちる……っ」


「ライ…おい!!ライッ――!」


それだけ何とか言い切ると、ライは意識を手放した。木の幹にもたれかかったライの身体から、ダラリと力が、抜ける。


霞む視界には何も映さない。

新月の闇が、ライの身体を飲み込もうとしているかのようだった―



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