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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
37/45

ラングスター領にて

ラングスター領に来て、三週間が経った。


 川面を渡る風に、夏の陽射しが照りつける。水面がキラキラと黄金色に輝き、ライの目を細めた。

青い麦の穂が風に揺れる様は、どこか懐かしい香りがした。

 だが、どれほど風景が穏やかでも、ここは国境に近い警戒地。気を抜けば、すぐに均衡が崩れる。


任務を淡々とこなす毎日――

それでも夜になると、無意識に視線が手元へ落ちる。


鞘に巻かれた、一本の紐――愛する人の髪紐

淡い藤色の布地は、何度も手の中で握りしめられ、わずかに柔らかくなっていた。


あの日、長期の遠征を告げたとき、

ミオは泣かなかった。


少しだけ視線を落としたまま微笑んで、

 「……気をつけてくださいね」と、それだけを言った。

その反応を見て、泣いて寂しがって欲しい、とすら思ってしまった自分に、嫌気がさす。――何と自分は欲深いのか、いつもミオに笑顔でいて欲しいと願っているくせに。


彼女が自分の部屋に戻る時、

「髪紐、返してください」

そう言われたが、――却下だ、とだけ答えた。

その時の頰を膨らました、あの可愛い顔が忘れられない。


早く王都へ――ミオがいる場所へ帰りたい。

実際、ラングスター領の兵力は、崩れているわけでも、疲弊しているという程でもない。


(なぜ、皇帝は自分をここに送ったのか?)


生ぬるい不安が胸をよぎり、気付けば鞘に巻いてある髪紐を何度も触ってしまう。


 「それ、ミオ嬢のやつだろ?」


 唐突に隣から声がした。


 焚き火の向こう、リドがにやりと笑っていた。


 「お前が鞘にそんなもん巻いてるの、初めて見た。」


 「……。」


ライは黙って、目の前の揺れる火だけを見つめている。


「なあ、変だよな。ラングスター領に来て数週間。軍を投入する程か?侯爵家の私兵でも十分やりくり出来るだろ。まあ、兵力を強化したい気持ちは分かるが…」


その時、場所に削ぐわない甲高い声が背後から響いた。


「――お二人方とも、警備、お疲れ様ですわ」


振り返ると、豪奢なレースの裾を翻して、セレナ・ラングスター令嬢が立っていた。

揺れる金色の巻き髪、むせ返るようなバラの香りの香水をまとい、飾りのついた扇子を手に優雅な所作で近づいて来る。


「オルグレン将軍、お父様もあなたの働きに心から感謝しておりますの。ですから週末は軍の皆様をねぎらって宴を開こうかと。是非、皆様出席なさって!」


「……任務で来ておりますので。宴はお断りします。」


ライは憮然とした表情で静かに答えた。


「……まあ、遠慮深いのね将軍は。もう宴の設えも整えていますし、楽団も呼びますから。約束ですよ。」


微笑むセレナの顔に、悪気はない。だが話の通じなさに溜息が出てしまう。


リドが「危ないですから」と、何とかセレナをなだめて、屋敷の中に導いて行く。


既にライは、ほの暗い灰色の目をして、思考の中からセレナの存在を消していた。


ライの頭の中にあるのは、ミオのアンバーの瞳だけだだ。

(早く会いたい、抱きしめて、あの、ひなたのような薬草の香りをまとう彼女を――手の中に感じたい。)


目の前の炎がパチパチと揺れ、突風にあおられボウ、と大きく燃え上がった。

ライの心に渦巻く不安が、現実味をおびていくかのようだった。



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