表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
36/45

思惑と髪紐

「――楽にせよ。ライ・オルグレン将軍」

「はっ」

膝をつき、正式な騎士の礼をしたライの背後には、リドを含む数名の部下が静かに控えていた。


「先の盗賊団の討伐はご苦労だった。相も変わらぬ素晴らしい働きだ……父親に似たな。」


そう言って、皇帝はわずかに笑った。

かつて、帝国軍を率いた名将――ライの亡き父と、皇帝は戦場を共にした仲である。


「ラングスター辺境伯領のことは、既に耳に入っているな?」


「はい。小規模な衝突が続いていると……」


「兵も民も緊張が解けぬ状態が続いておる。火種が大きくならぬ内にお前に、鎮静を任せたい。」


ライは短くうなずいた。命令に背く理由はない。だが――何かが引っ掛かる。


「……伯爵家の兵力は、まだ悪くありません。先月の報告でも、まだ軍を投入する段階ではないとの事ですが――」


「信じられるのはお前だけだ。」


声色を変えた皇帝のその一言に、ライは口を閉ざし、下を向く。


皇帝は眉間のシワをほどくと、急に身を前に乗り出してきた。


「……ところでお前、その年になっても身を固めんのか?」


唐突な問いに、背後でリドがビクリと肩を揺らす。

ライは一瞬、眉を寄せた。

嫌な予感がジワリと大きくなる。

皇帝の目を真っ直ぐ見て、憮然とした表情のまま答える。


「政略結婚は、私はしません。」


「……ハハッ!お前ぐらいだ、私に向かってそんなことを言い切るのは。」


皇帝は高らかに笑ったが、ライの表情は固いままだ。

賢帝と呼ばれ、目の前にいる男。――時に狡猾に、時に非情に、思いのままに全てを操る。

その瞳の奥は誰にも読めない。


何かを明確に告げられたわけではない。だが、胸の奥に、妙な予感だけが残る。

謁見が終わり、皇帝の政務室を出ると、いつにない疲れがライを襲った。


***


王宮の廊下を抜け、軍に戻る途中、

見慣れぬ姿が視界の端をかすめた。


(……ミオ?)


軽い違和感に足を止める。

薬師のローブを着た一団が、会議室からゾロゾロと出てきた。ミオはポニーテールを揺らして何やら嬉しそうに話をしている。


「何だ?薬術院の人間がこっちにいるの珍しいな。」

ライの背後で、若い騎士達がチラチラ見ている。

「今日あれだろ?医術院との定例会…それよりさ、あの薬師の女の子、やっぱり可愛いよなあ。」


「ポニーテールの子だろ? ホラ、第一騎士団のアイツ、この前擦り傷位で薬術院に薬貰いに行ってさ――」


喉の奥でグッと音が鳴った。


(……やめろ)


苛立ちと焦燥がライの胸を黒く焦がす。


「おい!お前ら午後の鍛錬まだ残ってんだろ!!早く行くぞ!」

ライの殺気にいち早く気付いたリドが、若い騎士達を叱咤し、足早に連れ去っていった。


***


その頃、ライの視線の先――

王宮の会議室を出たミオとシアンは満面の笑みだった。

「シアン先輩!新薬の承認、思ったより早く下りましたね!嬉しい!」

ミオは満面の笑みだ。


ミオとシアンがここ数ヶ月試作と検証を重ねてきた薬草の配合が、呼吸器疾患に高い効果ありと見なされ、今日の会議でやっと認可がおりたのだ。

「まあね、僕等なら当たり前の結果だよ。これから量産体制を整えて――。忙しくなるよまた!」


シアンが丸眼鏡を光らせながら、興奮した面持ちで歩く。ミオは、その少し後ろを歩いていたのだが、


「え、ちょっ――」


急に背後から出てきた太い腕が、そっと口を塞ぐ。

驚く間もなくミオの姿はあっという間に廊下から消えた。


――バタン。


静けさに満ちた狭い軍の書庫の中、ミオが驚いた顔で振り返り、背後を見上げている。


「ラ、イ将軍!?」


返事をする前にライはミオを壁に押し付け唇を塞いだ。

柔らかく、けれど躊躇いのない口付け。


彼女の腰に手を回し、ミオの華奢な身体を思い切り抱きしめる。

――本当は、もっと 欲しい。

でもここではこれが限界。


自分の欲を抑えるように、一回、二回…熱を分けるように、ミオの唇を深く喰んだ。


やっと唇が離れたとき、ミオは耳まで赤くして、困惑と恥じらいが混ざる目で ライをじっと見つめていた。


「あの…ライ将軍…どうしたんですか?」

「……」

答えは無かった。

ミオの髪へと手を伸ばし、

ポニーテールを束ねる髪紐を、するりと抜き取る。


「えっ……? なに――」


「…もう、行け」


フワリと髪が肩に舞い落ちた。

驚いたように髪を押さえるミオの背中をそっと押し、何事も無かったかのように、人気のない廊下へと送り出す。


書庫の扉が閉まる寸前、視線が一瞬絡んだ。

あのアンバーの瞳に、今の自分がどう見えているのだろう。


自分でも、時折手に負えなくなるこの衝動。


手の中にあるミオから奪った髪紐を痛くなるほど、きつく握りしめ、ライはざわつく自分の心を何とか鎮めようとした――





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ